山の中
26
たまに、ルンとポロが寝た後、伊沢さんと二人で飲んだ。
「なぁ、あーちゃん。言ってもいい?」
「ぷっ!何?クータン?」
「…………この梅酒旨い!」
それは、葵が去年漬けた梅酒だった。
「ヤバい!里梨君の冗談が違和感ありすぎて鳥肌立つ。」
「はぁ?冗談くらい言うっつーの!みんな俺の事何だと思ってるんだよ。」
「あはははは!だって、里梨君、高校の時何て言われてたか知ってる?知らないでしょ?」
何て言われてたか?そんな事、聞いた事がない。
「自殺志願者。」
「はぁ?」
「死にたいって顔してるってみんな言ってたんだよ?」
何だよそれ!まぁ…………あながち間違ってはいないけど…………。
高校の頃、自分が狼男だと気がついて、絶望した。一生、狼の姿になる事に怯えて生きるのかと思ったら、死にたくなった。
「だから、子供連れて実家帰って来て、子供の服買わなきゃって聞いた時、里梨君はちゃんと生きようとしてるんだって思った。だから、私嬉しくなって、この前みんなを呼んじゃったの。」
そんな風に周りに気を使わせていたなんて知らなかった。
「高校の時、里梨君の事ちょっといいなって思ってんだよ?」
「え……。」
「それなのに、どこの誰との子かわからない子供連れて帰って来るなんて……。このやろ~!」
えぇええええ!何その逆ギレ~!
「誰?どこの誰との子なの?」
伊沢さんはグラスを持ったまま迫って来た。だいぶ酔っぱらってるな……。
「それは…………」
「それは?」
「…………伊沢さん?」
どう答えていいかわからず、思わずそう答えた。
「はぁ?」
そりゃそうだ。その反応が正解だ。
「…………だったらいいんだけどな~!」
本当に…………そうだったらいいのに……。
「あはははは!何それ!私の子だったらルンとポロなんて犬みたいな名前つけないよ?」
「あーそれは二人が自分達でつけたあだ名らしいぞ?」
いつもルンルン気分のルン。ポロポロ涙の泣き虫ポロ。
「ねぇクータン。」
「何?あーちゃん。」
「あははははははは!」
そうやって、酒を飲んでは、二人で笑った。
「里梨君は、本当はなんて呼ばれたい?」
「伊沢さんは?なんて呼ばれたい?」
「質問返しはずるいよ~!」
何だか楽しかった。その時、自分が親だとか、狼男だとか、全部忘れられた。
「葵…………かな?」
「葵……。…………葵。」
「…………何?」
…………葵。
俺はどんどん山の奥へ進む葵を止めようと必死だった。
「葵!!葵!!もう行くな!それ以上は危ない!!」
声が…………聞こえないのか?
「葵!!葵!!」
声が…………全然届かない……。どうしてだ?ルンやポロには聞こえるのに……。どうして……。
「ダメだ!そっちは崖になって……」
「きゃああああ!!」
葵は崖から足を滑らせて落ちた。どうして…………どうして伝わらないんだ!!
「葵!!大丈夫か?」
「痛……。」
葵は足をさすっていた。足をくじいたか?
陽が暮れた。もうすぐ冬だ。もう、陽が暮れてから暗くなるのが早い。俺は崖を降りて、葵の隣に座った。
「あっちへ行って!!」
その顔は……どんどん暗くなっていく周りと、俺の獣の姿に怯えていた。それでも、俺は…………葵の隣を離れられなかった。
「…………どこ行っちゃったんだろう……紅葉君。お前、知ってる?」
…………知ってる。
「気づいた時は電車の動いてる時間じゃなかったし、車も置いてあるし……誰に聞いても知らないって……。」
だからって山にいるとは限らないだろ?向こう側に学校もあるし、川もある。
「…………私、紅葉君にとって何だったのかな?本当に…………ただの同居人だったのかな? 」
ごめん…………葵。俺はここにいる。ここにいるんだよ……。死のうともしてないし、ずっと側にいたいとも思ってる。
だけど……。
雨が降って来た。