イガイガ戦争
21
山に入ると、異様な静けさが、妙に恐ろしくなる。手付かずの自然を前に、自分はこの自然に生かされている事に気づかされる。山はまるで、生と死が混在する世界だ。この厳しい世界で俺は、狼として、この世界で生きてゆく事になるんだろうか……。できれば、このまま人間として大事な人達と…………
「痛っ!」
背中に何かが当たった。後ろを向くと、ポロがトングで栗のイガを投げようとしていた。
「あ……。」
「コラ~!イガはリアルに痛い!人に向かって投げたらダメ!ダメ絶対!」
イガイガ戦争とか言って、イガ投げ合うとかエグいだろ!マジで痛かったんだけど!俺がポロに詰め寄ると、ポロはルンの方を見て言った。
「僕じゃないよ~!」
ルンの方を見ると、ルンはしれっと伊沢さんに栗の取り方を習っていた。
「トングで栗の真ん中押さえて、足でイガの左右を踏んでごらん。そしたら開くから。」
「難しい……」
すると、ルンの足がイガから外れ、栗が飛んできた。
「危なっ!」
あ、意図的に飛ばしてる訳じゃないのか……。と思って、ふと後ろを振り向くと……ルンがトングでイガを持って振りかぶっていた。
「あ……。」
あ…………?ルンが見つかった!という顔をした。
え?今投げようとしたよね?こっちに向かって投げようとしたよね?俺…………狙われてる!?イガ投げの的!?的なの?!
「沢山取れたね。そろそろ日が暮れるから帰ろうか。」
「ルン、ポロ!帰るぞ~!」
「見て見て!また、まつボッくり見つけた~!」
まつぼっくり、まだいるのか?ポロはぽっけがモコモコしていた。
「どんぐりも見つけたよ~!」
みんなで山を降りていると、遠くでキー!という声が聞こえた。
「今の何?」
「サル?」
「サル!?僕、サルに会いたい!」
いやいや、野生のサルは凶暴で危ないから。
「おサルさんももうお家に帰る時間。みんなも帰ろう。」
すると、ポロが歌い出した。
「ツチノコ見ていたかくれんぼ♪」
ツチノコ!?
「お尻を出した子1等賞♪夕焼けこやけでまた明日♪また明日~♪」
その歌詞にツチノコ出てきたっけ?それ、ツチノコの歌だっけ?
もうすぐ山を降りるという所で、ルンは山の向こうを見て、立ち止まった。
「どうした?ルン。」
ルンはしゃがんで、道に栗を1つ置いて言った。
「さっき鳴いたおサルさんの分。」
そう言って、また歩き出した。
山に来る前、サツマイモの入ったコンテナボックスを、家の近くの倉庫に置いて来た。
その時、ルンはお気に入りのサツマイモを離さなかった。
「ほら、伊沢さんとポロはもう先に行ってるぞ?追いかけよう。」
「これ、ずっと持ってる。」
「山に持って行ったらサルに取られるぞ?」
サルという言葉にルンが興味を示した。
「サル?山にはサルがいるの?」
サル山じゃないけど、サルくらい普通にいると思う。
「これ、サルにあげる。」
「ダメだよルン。餌をあげたらサルが人里に降りて来ちゃうんだ。」
「降りて来ちゃダメなの?」
そうか……。動物園とかのサルしか見た事が無いから、獣害の感覚はないのか……。
「サルは野生だから、人間のルールは守れないんだ。だから、人間と喧嘩しないように離れて暮らさなきゃいけない。」
「紅葉も野生になる?」
「ならないよ!俺は人間だよ。」
ルンはサツマイモを箱に戻して言った。
「約束だよ?置いて行かないでね……?」
「置いて行かない。ほら、山に栗、分けてもらいに行こう。」
俺が手を差し出すと、ルンは俺の手を繋いだ。
その手は……とても小さかった。
俺は初めて、人間の手で、ルンと手を繋いだ。