嘘も方便
13
「中に誰かいてくれれば、インターホン押して開けてもらえるんだけどなぁ……。」
自動ドアの前に来て俺が呟いていると、ポロが言った。
「ここ、紅葉1人で住んでるの?」
「え?そりゃあ、まぁ……。」
見ればわかるだろ。他に人がいないなら独り暮らしだ。
「すごい!こんなにお部屋あるのに、全部紅葉の部屋なの?!」
あ、そっち!?そうゆう意味!?
「違う違う。他の部屋には他の人が住んでるの。」
「なんだ~紅葉のお城なのかと思った~!誰が住んでるの?中にいるの?」
誰が…………住んでる?そうか!他の住人に開けてもらえばいいんだ!
ルンは背中で寝ていた。疲れたんだな。ルンを床に置いて、俺はポロに言った。
「ポロ、俺の背中に乗って、数字のボタン押せるか?」
「うん!僕、数字押せるよ!」
そう言ってポロは俺の背中に乗った。
「じゃあ、今から言う数字を押して、誰か出たら、鍵を忘れて入れないから開けてくださいって言うんだ。言えるか?」
それを聞いて、ポロは不安そうに言った。
「誰かって誰?知らない人?僕、怖いよ……。」
「怖いかもしれないけど…………誰かに、助けてくれって言う勇気が必要なんだ。」
そうだ……。このままじゃ、ルンも風邪を引く。みんな空腹のまま外にいなきゃいけなくなる。
「僕…………頑張る。」
「よし、偉いぞ!じゃあ、まずはお隣さんから。603を押してみよう。」
「6、0、3!」
隣は…………留守か。じゃ、逆側のお隣さん…………こっちも留守。じゃあ…………何件も何件も試した。この時間じゃ、まだみんな帰宅していないのか?それとも、無視か?
「701」
「出た!」
と、思ったらすぐにインターホンが切れた。無視かよ!
…………待てよ?下の階で子供の声がしてた気が……。下の階を押してみよう。
「ポロ、元気を出せ。もう少しだけ。もう少し頑張ろう!502押してみよう。」
家の真下の部屋に…………賭けてみよう。
ポロは502を押した。
…………どうだ?出るか?頼む!!頼む!!
…………出た!
ポロは泣きそうな声で言った。
「ぼ、僕……僕……鍵忘れちゃって…………入れなくて…………」
「僕、どこの子?」
「…………602……号室……。」
ポロはちゃんと知らない人に受け答えをしていた。泣き虫だけど、やる時はやれる男だ。
「お家の人は?」
「ここにいる。」
いやいや、ポロ、俺はノーカウントで!
「え?は?」
「今は、紅葉とルンと三人なの。」
「ええっ!」
ちょ、ちょっと!この複雑な状況は説明できないだろ?
「ポロ、お家の人は留守って言うんだ。」
「え?どうして?」
「いいから!」
ポロは少し迷って言った。
「お家の人は留守。」
「…………そっか。じゃ、次は気をつけてね。」
インターホン越しの人がそう言うと、自動ドアが開いた。
開いたー!!
「ポロ、お礼、代わりに言ってくれ。」
「あ、ありがとう!!ありがとう!!うわぁあああああん。」
ポロは二回ありがとうを言った。泣いてないで早く入るぞ!!またすぐ閉まる!!
ありがとう!!下の階の人!助かった~!これで帰れる!!
ルンを背中に乗せて、エレベーターを待っていると、ポロの様子が変だった。元気がない。
「ポロ、大丈夫か?疲れたか?」
ポロはまた、泣きそうな顔で言った。
「…………紅葉、嘘つきはいけないんだよ?僕、嘘つきになっちゃったよ……。」
「ポロ……。」
そうだよな…………。俺が人間の姿だったら……こんな嘘つかせる事もなかったのにな…………。
「ごめんな……。でも、嘘も方便。嘘つかなきゃ解決しない事もあるんだよ。」
そう言ってエレベーターに乗った。
「ホーベンって何?」
「さぁ?役立つって事かな?嘘も時には使っていいって事。」
「そっか。じゃあ……ぽっけに鍵あったよ!」
…………は?鍵……あった?
うおいっ!!
それ、それは違う!嘘とかじゃない!!そのミスはダメ!!ダメなやつ!!
以前の俺なら絶対キレてた。いや、今でもキレてるよ……。
でも…………一番頑張っていたのはポロだ。勇気を出して、知らない人と話をして……。
部屋に入ると、二人とも安心した様子で、少し笑顔を見せていた。
「お部屋、暖かいね。」
「うん。ルン、大丈夫?」
「うん。ポロ、大丈夫?」
すると、ポロは俺に抱きついて来た。
「なんだよ。甘えたいのか?」
「違うよ。あのね、紅葉、ありがとう。」
「え…………?」
何を…………突然……。
「僕の事…………探してくれて、ありがとう。」
「そんなの、当たり前だろ?」
そんな当たり前の事になんでお礼なんか……。
「当たり前の事に、当たり前に『ありがとう』って言える大人になってね。ってママが言ってたんだ。」
そうか…………。お前達のママはきっと、いい人なんだな。
俺は…………当たり前に、『ありがとう』と、当たり前に言えない大人だ……。誰かの手を借りなければ生きられない体になって、ようやくその事に気がついた。俺も…………勇気を出して、助けてって言ってみる。そして、助けてもらった人に、当たり前に『ありがとう』が言えるようになりたい。
「ギャー!!痛い痛い!首の毛持ってぶら下がらないでー!ハゲる!ハゲるから!逆プードル嫌だから!」
「逆プードル?あ、毛抜けちゃった。……ばっちぃ。」
「人の毛ぇ抜いといて汚物扱い止めて!」
もう…………泣きそう…………。
「紅葉~!お腹空いた~!」
「はいはい。何か食べ物…………」
「ルン、お皿出す~!」
あ、ちょっと待って…………
ガッチャーン!
だから…………
「うわぁあああああん!!」
もう…………泣きそうだけど…………
泣いてはいられない。