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満月の夜


104


どうして…………涙が出るんだろう。


死んでゆく自分を嘆いて泣いてるのか?それとも、自分はまだ生きてると確認したくて泣いてるのか?


どっちにしろ…………泣くことが出きるのは、生きているからだ。



葵の話では、こうゆう事は以前から何度かあったらしい。それに自覚していなかっただけだ。以前、晋さんに訊かれた事がある。

『君は自分が自分でなくなる時があるかい?』

あれは……晋さんの話だけじゃなくて、俺に自覚があるかどうかの話だったんだ……。


俺達は秘密基地の様子を見るために、山へ向かっていた。

「どうして…………教えてくれなかったんだ?」

俺は無意識に、大切な人を襲っていた事になる。


「教えたら…………紅葉君が悩むと思って…………ごめんなさい。」

葵は、木の枝や、落ち葉の散乱する道を、下を向いて歩いた。

「それでも、俺といたいか?俺が怖く…………ないのか?」

葵の足が止まった。思わず、そんな愚問を投げかけてしまった。俺がそんな事訊くなんて馬鹿げてる。


そんなの…………怖いに決まってる。


秘密基地が見えた。外から見た感じは…………何ともなっていない。周りの木々に守られたのか、建物は無事だった。


ただ…………ルンとポロの絵が無い。全ての絵が消えていた。木目の壁は、あちこち濡れた跡でシミだらけになっていた。

「ここにも…………無いね。」


二人で、二人の描かれていた場所の前に立った。ここには、家族の絵があったはずだ。

「歪んだ顔の紅葉君、気に入ってたのに……。」

「俺も、少しだけ本物の方が可愛い葵の絵が気に入ってた。」


でも、これで良かったんだ……。ここに家族の絵があったら、一人で絵を見て、みんなを思い出してきっと辛くなる。


でもそれは、俺が…………俺でいられればの話だ。


「紅葉君、やっぱり…………私を里梨葵にしてよ。」

「それはできない……。」

葵は、コスモスの花を摘んで、俺に差し出した。

「紅葉君、前に言ったよね?私に全部くれるって。だから、全部ちょうだい!!紅葉君の時間も、お金も、妻と名乗る権利も、子供も、探す理由も。引き止める権利も…………全部!!」

そんな…………無茶苦茶な!!そんな逆プロポーズあり?ありなの?


「葵…………。」

「なんか…………私、すっごく必死に紅葉君引き止めて……すっごくダサい。もういいよ。紅葉君が嫌ならいい。あ~あ。このまま一生結婚しないなら、一度くらい薬指に指輪してみたかったな……。」

葵にそこまで言わせて、ダメとは言えなかった。


俺は葵にもらったコスモスを、葵の左の薬指に結んだ。

「わかったよ。葵が欲しい物、全部あげるよ。」


こうして、葵と交わした契約で、葵は、伊沢葵から、里梨葵になった。


それは、きっと…………ルンの願いでもあったからだ。


葵はルンに、婚姻届を100枚書くと約束した。100枚書く勢いで書いたけど、やっぱり1枚が限界だった。100枚分だと思って1枚を書いた。証人は、織部と堀田にお願いした。


これで1つ、未来が変わった。


こうやって未来を変えていけば……何かが変わる気がした。本当は何も変わっていなくても、自分の意志で、今を生きていると感じられる気がした。


それからしばらく、狼になれば山で、人間になれば人里で、山と人里の両方で暮らした。


季節はどんどん巡り、七夕の日に、男の子と女の子の双子が産まれた。


人間の姿でなければ、会えない家族に思いを馳せた。どんどん狼の姿でいる時間が長くなるのを感じながら、満月の夜に月を見て…………涙した。


涙が出るのは生きているからだ。生きているから、家族に会える。

泣いてもいい。泣いても会いたい。


いいよ、いいよ。それでもいいよと言ってくれる、あの人に…………会いたい。


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