満月の夜
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どうして…………涙が出るんだろう。
死んでゆく自分を嘆いて泣いてるのか?それとも、自分はまだ生きてると確認したくて泣いてるのか?
どっちにしろ…………泣くことが出きるのは、生きているからだ。
葵の話では、こうゆう事は以前から何度かあったらしい。それに自覚していなかっただけだ。以前、晋さんに訊かれた事がある。
『君は自分が自分でなくなる時があるかい?』
あれは……晋さんの話だけじゃなくて、俺に自覚があるかどうかの話だったんだ……。
俺達は秘密基地の様子を見るために、山へ向かっていた。
「どうして…………教えてくれなかったんだ?」
俺は無意識に、大切な人を襲っていた事になる。
「教えたら…………紅葉君が悩むと思って…………ごめんなさい。」
葵は、木の枝や、落ち葉の散乱する道を、下を向いて歩いた。
「それでも、俺といたいか?俺が怖く…………ないのか?」
葵の足が止まった。思わず、そんな愚問を投げかけてしまった。俺がそんな事訊くなんて馬鹿げてる。
そんなの…………怖いに決まってる。
秘密基地が見えた。外から見た感じは…………何ともなっていない。周りの木々に守られたのか、建物は無事だった。
ただ…………ルンとポロの絵が無い。全ての絵が消えていた。木目の壁は、あちこち濡れた跡でシミだらけになっていた。
「ここにも…………無いね。」
二人で、二人の描かれていた場所の前に立った。ここには、家族の絵があったはずだ。
「歪んだ顔の紅葉君、気に入ってたのに……。」
「俺も、少しだけ本物の方が可愛い葵の絵が気に入ってた。」
でも、これで良かったんだ……。ここに家族の絵があったら、一人で絵を見て、みんなを思い出してきっと辛くなる。
でもそれは、俺が…………俺でいられればの話だ。
「紅葉君、やっぱり…………私を里梨葵にしてよ。」
「それはできない……。」
葵は、コスモスの花を摘んで、俺に差し出した。
「紅葉君、前に言ったよね?私に全部くれるって。だから、全部ちょうだい!!紅葉君の時間も、お金も、妻と名乗る権利も、子供も、探す理由も。引き止める権利も…………全部!!」
そんな…………無茶苦茶な!!そんな逆プロポーズあり?ありなの?
「葵…………。」
「なんか…………私、すっごく必死に紅葉君引き止めて……すっごくダサい。もういいよ。紅葉君が嫌ならいい。あ~あ。このまま一生結婚しないなら、一度くらい薬指に指輪してみたかったな……。」
葵にそこまで言わせて、ダメとは言えなかった。
俺は葵にもらったコスモスを、葵の左の薬指に結んだ。
「わかったよ。葵が欲しい物、全部あげるよ。」
こうして、葵と交わした契約で、葵は、伊沢葵から、里梨葵になった。
それは、きっと…………ルンの願いでもあったからだ。
葵はルンに、婚姻届を100枚書くと約束した。100枚書く勢いで書いたけど、やっぱり1枚が限界だった。100枚分だと思って1枚を書いた。証人は、織部と堀田にお願いした。
これで1つ、未来が変わった。
こうやって未来を変えていけば……何かが変わる気がした。本当は何も変わっていなくても、自分の意志で、今を生きていると感じられる気がした。
それからしばらく、狼になれば山で、人間になれば人里で、山と人里の両方で暮らした。
季節はどんどん巡り、七夕の日に、男の子と女の子の双子が産まれた。
人間の姿でなければ、会えない家族に思いを馳せた。どんどん狼の姿でいる時間が長くなるのを感じながら、満月の夜に月を見て…………涙した。
涙が出るのは生きているからだ。生きているから、家族に会える。
泣いてもいい。泣いても会いたい。
いいよ、いいよ。それでもいいよと言ってくれる、あの人に…………会いたい。