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103/105

秋晴れ


103


台風の過ぎ去った後は、おそろしく静かだった……。空は雲ひとつない青空だった。爽やかな秋晴れだ。


こんなにも、静かになるなんて……。


今思えば、避難する前の二人の挨拶は…………本当に今生の別れの挨拶だった。そうとわかっていれば……もっと言いたい事は他にもあったのに……。


ルン、ポロ、俺の所へ来てくれて、ありがとう。葵の元に連れて来てくれて……ありがとう。


葵は動揺して、警察に通報しようとしていた。俺はそれを止めた。

「探してもらおう……」

俺は受話器のボタンを押した。

「紅葉君は納得できるの?」

また葵は電話をかけようとした。俺はまた受話器のボタンを押した。今度は携帯を取り出した。いや、だから…………


写真に映らない子供を誰がどう探せるんだ?


俺は、葵の持っていた携帯の上に前足を乗せて、首を降った。すると、葵はまた泣き出した。二人を失ったダメージは…………意外にも、俺より葵の方が大きかった。ルンポロロスで、葵は何も手につかない様子だった。


何も手につかない葵は、二人とよく一緒に寝たダブルベッドに、天井を仰いで寝転んでいた。子供部屋には、ダブルベッド以外何も無かった。葵の手から携帯がこぼれ落ちて、ゴトンと音を立ててベッドの下に落ちた。

「葵、携帯落ちた。」

俺は携帯を咥えて、葵に戻そうとするが……葵はなかなか受け取ってくれなかった。そして、葵は力なく手をひらひらと振った。

「いらない。どうせ、携帯に二人の写真、入ってないし…………。」

俺は携帯をそのまま、ベッド上にそっと置いた。そして、ベッドに頭を乗せて床に座った。


「みんな……私を置いて行くんだね……。全部消えるなら……記憶まで消してくれればいいのに……。」

俺はそうは思わない。記憶だけは消えなくて良かった。


二人が初めて来た時の事を思い出した。あの頃はまだ幼児で……頼りない二人だった。自由でワガママで…………苦労の連続だったけど…………楽しかった。二人がいてくれて…………良かった。


「紅葉君!!紅葉!!」

葵の、必死に呼ぶ声が聞こえた。

どうした?葵…………?そんな顔して…………


どうかしてるのは…………俺の方だ。


気がつくと、俺はベッドの上に乗っていた。ベッドの葵の上に…………馬乗りになり、牙を見せて涎を垂らしていた。驚愕した。これは…………こんなにも早く…………


自分が、自分じゃなくなるなんて…………。


俺は一刻も早く山に行かなければと、子供部屋のドアをカリカリした。そうだ…………。もう、ドアをカリカリしても、開けてくれる小さな手はない。笑い声を響かせながら、葵に伝えてくれる声はない。二人は…………もういない。


早く…………早く…………ここを出て、葵から離れなければ!!


今は、ルンとポロの笑顔が思い出せなかった。葵の……怯えた顔が…………頭からずっと離れない。


しばらくカチャカチャやると、ドアが開いた。出よう!出るんだ!ドアが開いたのに、足が出なかった。足が石のように重く、その場から動く事ができなかった。


俺は、ドアノブに手をかけたまま…………涙を溢して立っていた。

「待って!!紅葉君待って!!」

葵は俺に後ろからタオルケットをかけて、すぐに俺に抱きついた。


俺は、人間に戻っている事にも気づかず…………葵を抱き締めて、キスをした。


これがきっと……最後だ。


最後のキスは…………塩辛い味がした。

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