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台風一過


102


雨も風も強く、全く弱まる気配は無かった。

「あ~!」

外を見ると、ルンが思い出したように声をあげた。

「こんな事ならナツメの実、全部取っておくんだった!」

こんな時まで食べ物の事か!!


夕飯を食べ終えると、一度停電した。

「暗いよぉ~!!」

ポロはすぐに泣きそうになった。さすがのルンも、葵にしがみついていた。

「大丈夫。大丈夫。ソーラーで発電してるから、多少は電気使えるから。」

「ちょっと設定変えて来る。」


俺は携帯の灯りを頼りに、ブレーカーのある廊下まで来た。ソーラーのブレーカーを下げると、灯りがついた。明るくなってホッとしたのもつかの間、避難勧告の放送が入った。


「ルン、ポロ、支度して。」

「どこ行くの?」

「小学校の体育館に避難だって。」

「これから?」

ルンとポロはもうパジャマ姿だった。葵は二人の服を用意すると、着替えるように言った。そして、お茶やお握りやおやつを用意して、玄関に置いた。


「紅葉君は…………」

葵は俺の姿に気がつくと…………愕然としていた。それは、俺が…………このタイミングで、狼の姿になってしまったからだ。

「俺はここに残るよ。」

着替え終わったルンが言った。

「紅葉、ここに残るの?」

「ダメだよ。避難って放送があったでしょ?」

でも、この姿じゃ……


「今までずっと犬になりすましてたんだから、犬のふりくらいできるでしょ?体育館に入れないなら、車の中にいればいい。一緒に行こう、紅葉君。」

そう言って葵は車の鍵を持った。


それでも、俺は首を横に降った。

「俺は行かない。それより、小学校まで行くのが大変な、じーさんばーさんを一人でも多く乗せて行ってくれ。」

「あーちゃん、紅葉が行かないって。それより、おじいちゃんおばあちゃんを連れて行って欲しいって。」

葵は少し黙った後、車の鍵を握りしめて言った。


「もう、紅葉君なんて知らない!!車出して来るから、ルン、ポロ、お隣のおばあちゃん家行って一緒に車に乗るように声かけて。」

そう言って、葵は家を出た。


葵が玄関を閉めるのを見た後、ルンは俺に抱きついた。

「紅葉、今までありがとうね。」

おいおい、死亡フラグか?今度はポロが抱きついて来た。

「紅葉、ずっと一緒にいたかった。」

いや、だから、今生の別れじゃないから。俺死なないから。大袈裟だよ。ただの避難だ。台風が過ぎ去った明日の朝には帰って来られるはずだ。


山は川のむこう側だから、土砂崩れがあっても、ここまで被害が来た事なんて一度もないし……万が一川の水が氾濫したって床下浸水くらいなものだ。それも、今まで一度もない。


ルンは俺から離れると、目に涙をためて言った。

「ルン、あーちゃんと紅葉の子供で良かった。」

「僕も!僕もだよ。紅葉、僕、犬になっても平気だよ。ルンもあーちゃんも、いいよ、いいよ。それでもいいよ。って言ってくれる。だから、僕はあーちゃんと紅葉の子供に生まれて良かった。」

ポロ、そんな事言うなよ……。泣かすつもりか?


「ルン……ポロ……元気でな。」

何、俺まで一生の別れみたいな台詞言ってんだよ……。

「ほら、急いで隣のばあさんの所に行けって。二人とも、葵に手を貸してやってくれ。」

「うん!わかった!じゃあね、紅葉!」

「バイバイ!」

そう言うと、二人は長靴を履いて、玄関を出て行った。


俺は玄関で、一人で二人の姿を見送った。


その晩は……雨と風の音で、少しも眠れなかった。


それでも、当然というか、やっぱりというか、家は全然大丈夫だった。何の被害もない。明け方になると、雨も風もすっかり止んで、正に台風一過だ。それでも、何かが変な気がした。


何の被害も無いはずなのに、俺はこの家に何か違和感を感じた。


俺はまだ知らなかった。台風が何を奪い去って行ったのか。明け方、葵が血相を変えて帰って来るまでは…………何も知らなかった。


「紅葉君!!」

「葵!無事だったか!」


「ルンとポロ、帰って来てる?」

葵は急いで部屋を探し始めた。また二人とはぐれたのか?先に帰って来てはないぞ?それでも、葵は探し続けた。

「葵、何を探してるんだ?」

「無い…………。」

葵は、子供部屋のドアの前に座りこんでしまった。

「全部無い…………。」

は?全部無いって、何を言ってるんだ?


「私、二人と昨日一晩中ずっと一緒にいたの。ずっと一緒だよって約束して、ずっと二人と抱き合ってた。大丈夫だからね。私がついてるからね。私が……守るからって…………そう言ったの…………。確かにいたのに。側に…………ずっと…………いたのに……。」

そう言って葵は泣き崩れた。

「どうしたんだ?葵……。」

俺は葵に鼻をすり付けて言った。


葵は泣きながら、俺にもっと事情を話した。

「ルンとポロがいないって探したのに、誰も二人の事知らないって……。」

見つからなくて帰って来たのか……?だから家に帰って探したのか。


「知らないわけないじゃない!ずっと側にいたのに……!あんなに可愛がってくれたのに……!それでも……知らないって……。」

知らない……?

「それで、急いで家に帰って……家にもいない……どこにも何も……」

どこにも…………?


じゃあ、二人はどこへ行った?


俺は、やっと、葵の全部無いの意味を理解した。明け方から感じていた違和感の理由と同じだ。


ここには、何も無かった。ルンとポロのいた形跡が…………何も無かった。


ルンとポロの使っていたランドセルも洋服も、ドアに貼ってあった絵も、脱ぎっぱなしのパジャマも……食べかけのお菓子の袋も……柱に書かれたイタズラ書きも、棚に張ってあったシールも、障子に空いた穴をふさいだ熊の絵も…………何もかも、全部消えていた。


当然、玄関の水槽も、ドジョ子もキンタも何も無かった。


まるで、キツネに化かされた。台風で一気に夢から覚めたみたいだ。


気づけば、全て消えていた。消えずに残ったのは、俺と葵の記憶だけだった。


記憶だけは…………消えなかった。


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