ホットケーキ
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「あーちゃん、こっちこっち~!!」
「待って!どこ?」
「こっちこっち!!中も見て~!」
ルンとポロは葵を秘密基地に連れて来た。
秘密基地の仕上げには、ルンとポロに頼んで、壁に絵を描いてもらった。二人は家の中に、等身大くらいの俺と葵と、ルンとポロの絵を描いた。外はコスモスと、食べ物の絵だった。ルンとポロは、葵を秘密基地の隅々まで案内した。
「凄いね……。特に、中の家族の絵、きっと寂しくないね。」
そうか…………?俺はきっとこの絵を見たら、絶対に寂しくなって帰りたくなる。この絵が出来上がった時に、晋さんになんて残酷な事をしているんだろうと迷った。ルンとポロの手前、消すわけにもいかない。この絵はこのままここに飾られる事になった。
壁の絵を見ていた葵の隣に立って話しかけてみた。
「もう少し本物はカッコいいと思うんだけどな~?そう思わない?」
「そう?そっくりだよ?特に顔が歪んでる所とか、性格が巧く表現されてるよ。」
刺さる!刺さる!!あの晩から、葵はずっと怒っていた。
「葵も、絵より本物の方が少しだけ可愛いな~」
「少しなんだ。少しでも可愛いとか思うんだ……。」
「あ、そうゆう意味じゃなくて…………」
俺が弁解に困っていると、葵は俺の隣から、彼岸花の咲いている方へ行った。
「もう彼岸花が咲いてる。」
葵が彼岸花を見ていると、その様子を見たルンが訊いた。
「じゃあ、もうすぐお彼岸?」
「そうだね。もうすぐお彼岸だね。おはぎ作ってお墓参り行こうね。」
「秘密基地に置いて行ってもいい?」
葵は少し黙ると、立ち上がってルンに言った。
「作るの手伝ってくれる?」
「うん!ルン、手伝う!」
「僕も!僕も手伝う!」
そう言って三人は山を降りて行った。俺は最後に、ドアを閉めて、仕掛けで鍵をかけた。
それから数日後、お彼岸の前日。
「台風18号の接近により、お彼岸は大荒れの天気になるでしょう。今後の情報に注意してください。」
テレビのニュースは大型台風の情報でもちきりだった。
「野菜や稲…………大丈夫かな?」
テレビの音を聞きながら、食器を片付けていた葵が、ニュースを聞いて台風を心配していた。俺は、山に建てた秘密基地が心配だった。ついこの前、仕上げにルンとポロがペンキで絵を描いたばかりだった。雨や風でダメにならないといいんだが……。
「ビニールシートとか、かけた方がいいかな?」
「ビニールシートは意味ないんじゃない?一応、暴風ネットは設置してみたけど……ここまで大きい台風は初めてだから心配……。」
葵と、あちこちの場所に暴風ネットを張りに行っていて、一度も秘密基地には行けていない。
それにしても珍しい……。心配性の俺より、葵が不安そうにしている。
明け方に台風が上陸する。今夜は大荒れになりそうだ。
「ルンとポロが不安にならないように、今日は早く寝よう。」
「そうだね。ポロはもう不安そうにしてたよ。」
ルンとポロは台風の影響で、学校を早めに帰って来た。
「何の音?ゴロゴロいってる。雷?」
「いや、多分、川の石が流される音だ。」
「石?」
川が雨の影響で増水して、大きな石をも押し流す濁流になる。台風の時は川が近いせいか、ゴロゴロ音が聞こえて来る。それが、ポロには不安になるらしい。
「ルン、ポロ、今日はおやつにホットケーキ作ろうか?」
「作る~!」
「僕も!僕も!」
ルンは嬉しそうに自分のエプロンをつけていた。葵とお揃いの、ウサギのエプロンだ。ポロもすぐに椅子を用意して、手を洗っていた。
葵は子供達の不安を消すために、おやつ作りを始めた。
「卵はルンが割る!」
「ルンだと殻が入るから僕がやる!」
「できるもん!あーちゃんにやり方ちゃんと教わったもん!」
すぐに不安なんて忘れて、二人で喧嘩していた。
「あ!ほら~!」
どうやらルンは卵を割るのを失敗してしまったようだ。
「いいよ、いいよ。少し殻入っちゃったけど、これくらいなら取れるから。」
しばらくすると、ホットケーキの甘い香りが家中に広かった。その匂いは何だか安心した。ホットケーキの匂いって…………幸せを感じるんだな……。
外はバケツをひっくり返したような大雨だった。
それでも、家の中は、幸せの匂いでいっぱいだった。