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夏の終わり


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華やかなお盆飾りが、目映い。午後の爽やかな風が、線香の香りを運んだ。暗くならないはずのお盆は…………まるで葬式のように暗かった。


あの後、葵に病院に連れて行かれて、噛まれた傷を診てもらった。当然、命に別状は無い。本気で噛まれていたら、もっと出血していただろうとの事だった。今思えば……どうして頭じゃなくて肩だったんだろう……。今となってはどうでもいい事だ。今さらそれががわかった所で、晋さんが家に戻って来るわけじゃない。


山の入り口付近に、小屋を建てる事にした。晋さんが入れるくらいの大きさで、小屋の入り口は、中からも外からも軽く鍵のかかる仕掛けをつけよう。中には、快適に眠れるようにマットレスと毛布、ちょっとした甘い物や、雑誌を置こう。殺風景にならないように、ルンとポロに絵を書いてもらって……。まるで、山に秘密基地を作るように、夏休みの残りはルンとポロと毎日のように山へ通った。


そして、夏休みはあっという間に終わり、ルンとポロはまた学校へ行き始める。

「夏の終わりって何だか寂しいよね……。」

二人の学校の準備をしながら、葵が粒やいた。

「ルンとポロは明日からまた学校か……。」

「新学期って、嬉しいような寂しいような、複雑な気分。」


新学期が始まり、二人は学校から帰ると、俺と一緒に山に行った。そして、日が暮れる頃に帰る。日が暮れるのが、どんどん早くなって来ている。暑さもぐっと和らいで、朝晩の風が冷たくなってきた。夏の終わり、秋の訪れだ。夕陽に染まる山の稜線を見ながら、変わりゆく季節を感じていた。


「お帰り。」

山から帰ると、葵がいつもの笑顔で出迎えてくれた。

「ただいま。」

「あーちゃん、ただいま~!」

「二人ともお帰り。夕御飯にしよう。手、洗って来て~!」

「あーちゃんこれお土産!紅葉が食べられるって!」

ルンとポロは葵に山で取ったアケビを渡していた。

「アケビ?ありがとう!」

ポロは嬉しそうに葵に言った。

「これね、秘密基地の中にあったんだ!」

「秘密基地の中に?……そっか。良かったね!」


秘密基地はまだ完成していない。どこかの猿の、ルンが置いて来た栗のお礼かもしれない。それでも、心のどこかで、晋さんが置いて行ってくれたんじゃないかと考えずにはいられなかった。


夕食後、居間でみんなで梨を食べていると、ルンが珍しい事を言い出した。

「ねぇ、明日も明後日も学校に行かなきゃダメ?」

「どうしたの?」

学校大好きなルンがそんな事を言い出すのは珍しい……。

「学校で何かあったのか?」

「うんん。もっとお家にいたいと思っただけ……。」

「ずっと夏休みでお家にいたから、学校に慣れないのかもね。大丈夫だよ。すぐに慣れて楽しくなるよ。」


ルンは葵にそう言われると、持っていたフォークを置いて、黙って俺の膝に乗ってきた。

「うわ~重くなったな~!」

「紅葉!女子に重いとか言っちゃいけないんだよ!?」

ルンはそう言っても俺の膝から退こうとしない。悪態ついていても、甘えたいんだろう……。

「僕も!僕も!」

ポロも梨を口にほおばって、膝に乗って来た。左右の膝に二人がそれぞれ乗って、俺の膝は子供で混みあっていた。そのまま後ろに倒れると、二人は俺をくすぐって来た。


「ちょ!や、やめて~!」

「きゃはははははは!!」

俺がやり返すと二人は、ゲラゲラ笑っていた。

「きゃはははははは!やめて~!やめないで~!」

「きゃはははははは!やり返しのやり返しだ~!」

「の、やり返し~!」

俺達がじゃれあう姿を、葵が嬉しそうに見ていた。俺が葵の脇腹をくすぐると、二人も葵をくすぐった。

「くすぐったい~!やり返すよ~!」

そう言って、葵も参戦した。


秋も深まるにつれ、俺は気持ちが固まりつつあった。


ルンとポロが寝た後、縁側で二人で梅酒を飲んだ。月がうっすら白い雲をまとっていた。外は半袖じゃもう肌寒いくらいだった。でも、梅酒で体は全然寒くは無かった。


「やっぱり美味しい。」

「去年のやつ、熟成されてもっと美味しくなってるね。晋さんはもっと甘い方がいいって言うから、今年のはもっと甘いと思う。」

「俺はもう少し、甘さ控えめの方が好みだな。でも、来年からは……葵の好みで漬ければいいよ。」

今年の梅酒は晋さん好みに甘く漬けてある。


来年、俺は晋さん好みに漬けられた梅酒が飲めるかどうか……。その先の、葵好みに漬けた梅酒も飲めればいいのにな……。


俺は梅酒の中の氷を見つめて、言った。

「葵、やっぱり結婚はやめよう。」

「は…………?」

葵の方を向けなかった。それでも、葵の笑顔が、崩れていくのがわかった。


ごめん……。


「どうして?」

その問いには答えられなかった。晋さんを目の当たりにして、俺はどうしても…………あんなふうに葵を傷つけたくはない。

「私、ルンに婚姻届100枚書くって約束しちゃったのに……。」

「俺はもう、1枚も書かない。次に狼になったら…………山に行く。」

「私を置いて行くの?」


ごめん……。


「あの秘密基地、晋さんにじゃなくて、自分のため?もう、準備してたんだ……。」

「覚えて無いか?葵、初めて山で狼の姿の俺を見た時、怖いって思っただろ?この先、俺が俺じゃ無くなったら……。葵の事を傷つけるかもしれない。殺すかもしれない。それだけは…………どうしても避けたい。」


葵は、持っていたコップを置いて言った。

「紅葉君、やっぱり心配性だね。晋さんに襲われて怖かったんだよね……。だけど、私、たとえ殺されても、ずっと紅葉君の側にいたいよ。」

葵はもう一度コップを持って梅酒を飲んだ。


「紅葉君のその、確実を目指す所、完璧主義は嫌いじゃないけど、息苦しくなる。」

「何を言ってるんだ?命に関わる事だぞ!?」

「正論を勝手に押し付けられたら息苦しいよ。私が欲しいのは安心や安全じゃない!勝手に決めないでよ!!」


葵はわかってない…………。獣に襲われる恐怖を…………大切に思っていた人に、気持ちが通じない絶望感を…………。


こんな想いを…………葵に味あわせたくなんかない。


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