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祖母と思い出

 実家というものは私にはない。それは随分昔になくなった。

 むしろ祖父母の家で育った私たち姉妹には、祖父母の家が実家という認識だった。

 それも父親がFC事業を撤退して後妻と移り住んできて、後妻とぎくしゃくしてしまった祖母が離れてしまうとそこは実家ではなくなった。


 現在では姉夫婦が暮らすマンションの和室が祖母の居室としてなっている。

 元々、足腰が弱っていたのが、住処を変えてしまったことで加速していく一方だったようだ。杖かカートを押さないと不安定になる歩に嫌気がさしてしまい、最低限の行動しかしなくなった祖母。


 祖父が健在だったころは、二人して散歩に行ったりちょっとした食料を買いに出かける日々が心身の健康を担っていたのだろう。

 何を話すわけでもなく、ただ歩く二人を見ていると、運命の人(赤い糸)魂の片割れ(ソウルメイト)はなくとも、己の選ぶ道で決めていく相手だと思えた。



「缶詰やなくて、ほんまもんの果物が食べたい」


 

 ぽつりとつぶやく祖母の目の前には写真でしか目にかかれなくなった果物の缶詰がある。

 懐かしさゆえに思い出の中で祖母が切ってくれていた、旬の果物の缶詰を手に見舞いにきた。

 これを夕食のフルーツに出してもらうようにお願いするつもりだった。

 規定では、夕食時にだけフルーツを出せる仕組みがあり、訪問者が持参したものでも可能だった。特別病棟及び送りケア病棟では患者と家族との密着を目的としてはいる。その取り組みの一つだった。

 けれども、義務のように感じてしまう人も中にはいる。昨年のニッポン映画の一つが海外でずっと取り上げられていた内容にもそのことが登場していた。



「おばあちゃんが昔、食後に剥いてくれたよなあ。ほんまおいしかった」


「あんたらに剥かしたら、半分の大きさに変わってしまって。わたし、大笑いしてしもうたわ」


「せやったわあ。ぐちゃぐちゃに泣いて、こんなんやないって癇癪おこしたん、覚えてるわ。忘れたいけど」


「あんたはよお泣く子やったもんなあ。泣いてるからいつも腫れぼったい顔してて、可愛い顔が半分になってるでって言うたらまた泣いてなあ」


 祖母の顔がおかしそうに笑う。そこにあるのは慈愛だけで、いつも傍で見上げていた顔だった。


「缶詰はどこまで進化していくんやろね。最近、また魚の缶詰の新商品が発表されたで」



 ニッポンが生き残るためにけしかけた戦略は、缶詰だった。

 果物であれば、シロップ漬け以外のものにも目を向けて、後継者不足を違った方向に持っていった。

 他の面では遅れ気味や輸入に頼っているものの、加工会社は大学や研究所などと提携し、様々な方面を支えている点で国からの補助金も一番多いと聞く。

 果物以外にも魚や野菜、肉に目を向けて固定概念を取り去れるのか、また従来の加工の仕方以外を日夜研究している。

 世界で缶詰と言えば、ニッポン。

 世界のスーパーマーケットでお目掛かるものの大半はニッポン製。

 そのせいで私はよく、どんな研究をしているのかなどと質問攻めに合いもしている。国民が全員、その加工をしているかのように思っているかもしれない。または学校で習うとか。



「わたし、缶詰は好かん。ふつうやったけど、ずっとずうっと缶詰ばっかり、どこに行っても目にしてるわ。あの子、新商品出たら買うてくるやろ? 嬉々としてるから、こっちもたのしくなるけどな……ひさしぶりに新鮮な、それこそお刺身が食べたいわ」


「ほんならはよ退院してお寿司食べに行こうや。うお鮮の回転すしでもカウンターでも出前でもなんでも言うてや。私、一応稼ぎあんねんから」


「ええかいなぁ。あんたかてお金、いるんやから」



 祖母の笑顔を見て、無性に泣きわめきたくなった。

 いつだって陽だまりのような存在で、大樹のように羽を休めたりただ、腰を下ろして一息つく瞬間をくれた。何も変わらない笑みだからこそ、際立つ小ささと呼吸がここでは合わなくなっていると感じる。


「おばばちゃん。私、グレイシーを選んで──」


「そんなん言うたらあかん。あんたは何のために生きてるんや? おばあちゃんやお姉ちゃんのためか? ちゃうやろ。自分の人生やからやろ。なんや、そのうじうじした顔は。おばあちゃんの孫やったらガハハハッって笑ってしあわせになりなさい」


 震えが止まらない手が力強く手を握ってくる。指先が冷えているのに、手のひらから伝わる温度が生を懸命に訴える。



「ほんまや。私はおばあちゃんの孫やもん」




× × ×



 ずっと目を逸らしてきた。

 そうすれば自分だって傷ついているのだと思えたから。

 だからと言って、頭の片隅からは離れてはくれなかった。

 でも帰国すると引き寄せられて、ずっと使っていなかった“か”行のアドレス帳を引っ張り出した。

 喉がごくりと音が鳴るのが聞こえてきた。

 何を打てばいいのか。どう切り出せばいいのか。

 無数に迷うものの、これはただ自分がすっきりしたい行為なのだと納得する。送られた方はたまったもんじゃない。自分だったら、たぶん、無視をして情け容赦なくなかったことにするだろう。なんだっていまさら、と。

 それでも良いと思う。

 自分が納得して切られるなら──これが縁の結び仕舞い方だ。



週明けと言いながら遅くなりました。

さて次回は金曜日を予定しております。ストックが切れてしまい、書いては投稿になりそうです。

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