気づまりな晩餐
和やかな晩餐になるべく生み出された一品が丸い大きなテーブルに腰を落ち着けている。
格式ばったレストランではなく、新たな創作料理を発揮させているシェフがいるレストラン。
その特徴は、家庭の温かな雰囲気が一番のスパイスであり、そこから生み出される会話がお互いの存在を認め合うきっかけになるようにと願い、込められたコース料理が存在することだ。
そのコースを頼むには、最低でも一か月前にはしないといけない。値段や席の都合、飛ぶ鳥を落とす勢いのシェフだからというわけではない。
たしかに、それもあるけれど、一番はなぜそのコースを予約するのか? という理由と出席者たちとの関係性にはじまり、思い出の料理までカウンセリングが必要だから。
それを聞いた瞬間、私は「さすが、日本出身なだけある」と思った。カウンセリングや関係性などの点は、欧米が一番得意とするだろう。
だったらなぜか? 料理屋に家庭料理だとか関係性の見直しに力を貸したい──一昔前にあったキャラ文芸やラノベものに多かったものだから。
シェフの経歴が気になって調べれば、やはりその時代に親しんだであろうものだった。世代問わずのものだが、日本にその時居ないと分かりにくい問診がある。問診内容の項目を記入している背中から眺めて、合間に口を挟んだりと結構楽しかったし、それが関係性の見直しの一環でもあるかなとこのレストランが人気でもある理由を発見した。
ぴんと張った空気の中で、私が自らの御機嫌取りをして表情筋を整えていることが気に食わなかった人物がいる。
「ねえ? どうしてこの人が居るのよ?」
メインデッシュが運ばれてきても、和やかな雰囲気に一切なることのない席上で、自分との会話をひたすらに交わしていると一人の少女が声を上げた。
席上に居る誰もが私に視線を向けてくる。そうすることで、すべての責任を押し付けられると信じているかのような顔つきだった。
「ハルはわたしの恋人だからよ。エイヴィ」
言外にこれ以上この話題を掘り下げないように要求しているグレイシーの声は、この席を設けたことの失敗を実感している。
エイヴィとグレイシーが呼んだことが気に入らなかったようだ。その原因は私にあると言うかのようにエイヴィリーは睨みつけてくる。
ほんとうは蹴散らかして出て行きたいが、ここは公衆の場でグレイシーとその姉夫婦と弟がいるから我慢しているようだった。
「ところで──ここのシェフも同じ国の方のなのよ? ハル、カントウはご存知?」
ご存知も何も、首都がある場所で国外からも出て行くにもいちいちそこからではないと入出国できない。
「ケーラ、カントウにはトウキョウがあるし出入国の際には必ず通るわ。無理に会話をしなくてかまわないわ」
グレイシーは苛立ちと悔しさが過分にあった。だが、グレイシーと共に生活するということはそういうことなのだと理解しつつあるので、ケーラとの会話をしようと試みる。
「関東に一、二度だけ短期間暮らした経験はありますが、それ以外は友人や観光に行くぐらいでした。私が暮らしていた関西も結構恵まれていて、まあ……Los AngelesかNew Yorkかを選ぶかになるような、ならないような。いや、ちょっと語弊がありますね」
住まう人々からしたら大いにあると背中と首元にきらりと光るものをチラつかせられるだろう。
笑う要素など一つもなかったにも関わらず、グレイシーの愛息子であるパトリツォがけらけらと笑っている──たぶん、私が道化じみた表情と大げさな身振りをしたからかもしれない。
彼は笑い上戸で、エイヴィリーが言うには、生音声でのオーディエンスの笑いで将来、生計を立てられる類まれな天才らしい。
だが、あまりにもそぐわない場合で笑うことが多い。今夜は誰も彼もが無視をするということで団結心を示せている。
悲しいことにこれが今夜、唯一の成功だろう。
「ええと……ハルは、その現在の状況は望む形でないと表明しているってことかな」
ケーラの夫であるニコラスが問うた内容、望む望まないって? と傾げかけているとグレイシーが発音を意味するかのようなジェスチャーをしていた。
「ニッポンは漢字を辞めたでしょ? 発音にもこだわり過ぎているし、狂気的に。いまどき、小学生でもこの話題は知っているし」
エイヴィリーにいたっては、刺々しさを油と蝋燭で抱きしめてくれるみたいにアシストしてくれた。
「ああ、そうでした。別に使い慣れた発音が勝手に出てきただけなので。その、繊細な話題に繋がるところでした」
政治、経済、宗教、世界情勢は時と場所を必要とする。
世界はいま、緊張状態でもある。そして、何度かの小規模──世界単位、客観的に見て──の戦争があって、各国間でも冷戦だとか条約を交わしたりとしている。
そこに日本の話題をこの国でするのは、それらをまとめた全ての話をするようなもの。災いを引き寄せて、それを念じて飛ばしていく行動はこの国の住人は好まない。世界で第二の完全中立国として興国されてから、貧富差問わずに皆が皆、嫌気をさしている話題にどうして触れていこうとするのだろうか。
「ご歓談中、失礼致します。ミズ・スペランツァ」
これまた、古き良き時代の所作を身に着けた初老のスタッフがグレイシーに耳打ちをして立ち去った。
「ごめんなさい、少し問い合わせの連絡があったみたいなの。今日はしないでくれって言っていたんだけれど」
そう言って立ち去る背中には、場から離れられて少なからずの嬉しさが滲んでいた。置いて行かれたという恨めしさよりも諦めが先だっていた。
「ママっていっつもそう」
空中に浮かんで漂ったままのエイヴィリーの言葉には反応せずに、ケーラやニコラスがパトリツォと懸命に会話をしようとしていた。だから、続く言葉は私以外には耳に入ってもきちんと消化されなかったのだと思う。咎める者があらず、また私も表情一つ変えることなくその言葉に力なく頷いただけだった。
「あなたがそこの席に座らなければ良かったのに」
私にはエイヴィリーの感情がわかるような気もした。だから──日本を飛び出したのだ。世界が変わると思って。