スローライフ
(追放の件ってフロイン達が豹変し過ぎてなかった?)
(話を進めるのに性格がぶれぶれなのはお約束さ)
(駄目でしょ……。何かに取り憑かれてるのかと思ったわ)
(ふむ。その手で縒りを戻させるのもありかな)
(雑ね)
(よせやい。照れるじゃないか)
(褒めてないわよ!)
ナーシュはガイドブックを見ながらとある岩壁に立っていた。スローライフの名所だ。
(のっけからガイドブックって何!? 時代考証は!?)
(細かいことを気にすると禿げるよ?)
(は……はげっ!?)
「早まってはいかーん!」
どごーん。
年寄りの叫び声がした瞬間、ナーシュは突き飛ばされた。
「おわっ!」
浮遊感の中、すんでの所でがけの縁を掴んでぶら下がる。岩壁の下には何の因果か漆黒の混沌が渦巻いている。
「早まってはいかんのじゃーっ!」
げしげしげしと年寄りがナーシュの手を足で踏んづける。
「止めろ! 糞爺!」
「早まってはいかんのじゃーっ!」
ナーシュの声が耳に入っていないかのように、年寄りは尚もげしげしとナーシュの手を踏んづける。
ナーシュはがけの上に這い上がろうと腕に力を籠める。ところがナーシュの身体には混沌に引き摺り込もうとするかのような力が働いていて思うように上がれない。
幸運なのは崖が崩れないことだ。ナーシュの力でも砕けない岩とは恐るべき耐久力である。
「早まってんのはてめぇだ!」
ナーシュは毒突きながら年寄りが蹴り下ろす瞬間を見計らってその足を掴み、年寄りが動きを止めたところでどうにか片足を崖に引っ掛けて這い上がった。
「爺……、よくもやってくれたな。覚悟は出来てるんだろうな?」
指の関節を鳴らしながらナーシュは凄むが、年寄りはツンと澄まし顔。
「わしはお前を助けてやったのじゃ!」
「助けただあ!? どう見ても殺しに来てただろうが!」
「ここに来る者は命を投げ捨てるために来るのじゃ! だからわしが突き飛ばしてやっているのじゃ!」
「いいことをしたように言うんじゃねぇよ!」
「ここで自ら命を投げ捨てれば永遠に混沌を彷徨うことになるのじゃ! 他人の手によるなら新たな生命に生まれ変わるのじゃ」
「俺は命を投げ捨てるつもりなんてねぇ!」
ナーシュは年寄りの胸ぐらを掴んで吊し上げる。
「だいたい彷徨うだの生まれ変わるだの、何を根拠に言ってやがる!?」
「わしの脳内理論は完璧じゃ!」
「妄想じゃねぇかあああ!」
ぼごーん。
ナーシュは思わず年寄りの腹へと拳を振り上げた。
「ぐええっ」
ひゅるるるる~ん。
「あ……」
勢いが付きすぎていたために年寄りはナーシュの背後へと飛び、混沌の渦へと落ちていった。
「し、知ーらねっと」
そそくさとその場を後にするナーシュであった。
(で、スローライフはどうしたの?)
(入ってるでしょ。「命を投げ捨てる」「ライフをスローする」ほら)
(意味が違うわ、ぼけぇぇぇ!)




