坂道
思いつきで二時間かからずで仕上げました。
短いお話です。
春には、たんぽぽや桜が咲き、花の匂いに囲まれたこの坂道を晃と二人、自転車に乗って下って行く。
ポカポカ暖かくて心地良くて風が髪を掠めて行く。
夏は暑くて大変だけど、この坂道を下って行く時だけは風になれた気分になる。
爽快なひと時…。
秋は赤や黄色の葉っぱの絨毯の上を清々しい虫の音と共に涼やかに駆け抜ける。
冬は寒くて辛いけど、ひんやりとした空気が青空の下でキラキラ輝いている様な気がして意外と好きだったりもする。
私達二人は一年間、この坂道を通って来た。
いろんな事があった…。
そして、また春がやって来た。
「あのさ〜俺、美樹子ちゃんとクラス離れちゃった。別々になったんだ…」
晃がつぶやいた。
「そっかぁ〜晃、美樹子ちゃんの事好きだったもんね。ちょっと寂しいね」
私は自転車をこぎながら言った。
「いいんだ。美樹子ちゃんは裕二の事が好きだから…だから…いいんだ。」
なんて言ったらいいのか判らなかった。
”私は晃の事、大好きだからね。” なんて言ったって晃は嬉しくないんだろうな…そんな風に思った。
晃、頑張ってたもんね…心の中でつぶやいた。
いつも美樹子ちゃんの話する時、笑ってたもんね。切ないよね…。悲しいよね…。
だけど、それが恋なんだよ…。
「…美樹子ちゃんの事、諦めちゃうの?」
私は真っ直ぐ前だけを見ていた。
暫く沈黙の後、吐き捨てる様に晃は、つぶやいた。
「だって…仕方ないじゃん。」
晃は少し寂しそうに笑った。
痛々しいと言うか、切ないと言うか、初々しいと言うか…こんな表情するんだなぁと改めて思った。
晃が少し、大人に見てた。
ちょっとだけ寂しくなった。私の晃が、また一つ大人になって行く…。
私の知らない晃になって行く…。
「ねぇ…晃…」
そこから言葉が出なかった。
「……美樹子ちゃん、裕二と手つないでた」
春の様に穏やかに駆け抜けて来た気がしていた。
でも実際、晃は夏の様に熱く恋をして秋の様に切なく、冬の様に寂しく辛い思いを胸に秘めていた。
「そっか………」
私の方が泣きそうになった。
初恋で君は何を学んだのかな?いつも楽しそうに話してた美樹子ちゃんの話、最近しなくなったと思ったら、それが原因だったんだね…。
「俺、裕二と友達だから美樹子ちゃんは譲るよ…」
強がって涙を必死に堪えながら言った。
晃の背中を私は微笑ましく眺めていた。
「晃は偉いね。年長さんになって、お兄ちゃんになったね。これからも裕二君と美樹子ちゃんとも仲良くするんだよ。」
ためらう事なく晃は ”うん!!” と言った。
「あったり前じゃん。」
笑ってピースサインを出す息子の晃に私は言った。
「春の次は必ず夏が来るんだよ。秋も冬も来るけど、そうやって少しづつ大人になって行くんだよ。だから大丈夫。ゆっくりでいいんだよ。」
ビュッと風が大きく吹いた。
「ママー!よくわかんない。」
「わかんないか…」
いつか、わかる時が来るんだよ。
これからいっぱい人を好きになって、甘酸っぱくて、切なくて、楽しくて、苦しく、甘い恋も苦い恋も沢山経験して、大人になって行くんだね。
春の日差しが心地よい午後の陽だまりの中を、私は一気に坂道を下って行く。
晃を自転車の子供用の補助席に乗せて…。
自転車の子供用の椅子の事なんて言うんでしょう?わからず表現が乏しいですが、最後まで読んでいただきありがとうございます。