乙女ゲームが顔を出してきた!
あれから、イーシュと呼ぶだけでなく敬語もやめるようにと要求されたのだが、それだけは丁重に断らせていただいた。
最初は不満げだったグレイシュ様あらためイーシュちゃんは、「それでももう少しだけフランクになるよう努力はしてちょうだいね。」と口を尖らせながらも渋々納得してくれたようだ。
その時の美少女がちょっぴり拗ねたような表情は可愛かったなぁ…とその時の光景を脳内再生しながら歩いていると、イーシュちゃんが「そういえば」と口を開く。
「あのお嬢さん…ビアンカさんだっけ?すごくかわいいわよね。」
「?…えぇ、そうですね。」
「……私とビアンカさん。どっちが可愛いと思う?」
そう言って小首をかしげてこちらを見てくるイーシュちゃんの表情は、まさしく小悪魔の微笑み。
思わず中庭へ向かう足を止めてイーシュちゃんの方を見るが、イーシュちゃんは「ねえ、どっち?」とどこか楽しげにこちらを見つめてくる。
コレまでの会話の内容と今の表情からなんとなくわかったが、どうにもイーシュちゃんは見た目の割にいたずら好きがすぎるようだ。
美少女だからこそ許されるそんな性格は下手すれば我儘なご令嬢に成長しかねないだろう。
きっと今のこの年齢ならば周りも「可愛らしいいたずらっ娘」で済ませてくれるかもしれないが、そのまま成長してしまえばこの子が悪役令嬢のような性格になってしまうかもしれない。
(それはまずい。この世界で悪役令嬢の人権はあって無いようなものだ。…なら、私が少しでも正してあげないといけないか。友人として)
「……可愛らしさで言えばビアンカですかね。」
満面の笑みで私が答えると、イーシュちゃんはいたずらが成功した喜びでニヤつく口元を抑えながらこちらを見た。
「ひどいわ、カヴァリエ。私と一緒にいるのに他の女の子を褒めるなんて…」
イーシュちゃんを褒めていたら褒めていたところで「自分の守るべき女の子がいるのに私を褒めるなんて、騎士としてどうなのかしら…」とか言われていたのだろう。
目に見えていた返事に慌てるほど私も単純では無いので、笑顔を崩さないままに私は「でも…」と言ってイーシュちゃんの方に歩み寄った。
そのままイーシュちゃんの両足の間に右足を差し込んで片足を払い、倒れかけた腰に右腕を添え、左手を壁について極力上体を倒し、イーシュちゃんを見下ろす体勢をとる。
そんな一連の動作を流れるように行ったために虚を疲れたらしいイーシュちゃんは、先程までのニヤニヤがどこに行ったのか、きょとんとこちらを見上げてきた。
そんな表情が年相応で可愛らしいために思わず笑みをこぼしてから、鼻が触れそうな距離まで顔を近づける。
「こうやって不意打ちで驚かせて、きょとんとした表情にキスをしてやりたいと思ういたずらっ娘はイーシュの方かな?」
それから額にふれるだけのキスをして元の体勢に戻った私は、裾が乱れてしまったイーシュちゃんのドレスを手でなんとかなおしていく。
「あんまりいたずらがすぎるようなら、今度は額以外のところにキスだからね」
驚いた様子のままのイーシュちゃんの手を握って声をかけると、イーシュちゃんは面白いように顔を赤くして私の肩をバシバシと叩き始めた。
たとえ友達であろうが、いきなり騎士団長の息子にあんなことをされればイーシュちゃんが怒るのは当然のことだろう。
だからこそ先程のような行為をされないためにも、イーシュちゃんはきっといたずらを控えてくれるはずだ。
「…ほら。中庭に戻りましょう。」
「ぅ…うぅ~…バカ!カヴァリエのバカ!!」
「はは、許して下さいよイーシュ。私達は友達なんでしょう?」
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顔を赤くしたまま怒っている様子のイーシュちゃんを宥めながら中庭に戻ることになった私。
なにやらまだ戻りたくなさそうな様子のイーシュちゃんには悪いけど、これ以上ビアンカとアズールを2人にしておくわけにもいかないだろう。
そういう思いもあって足早に中庭に戻ったのが幸か不幸か。
「ビアンカ。僕の婚約者になってくれませんか?」
私達はちょうど、アズールがビアンカの前に膝をついてプロポーズをしている現場に出くわしてしまった。
アズールの言葉に顔を真っ赤にして固まっているビアンカと、どこか緊張した様子でビアンカを見上げているアズールという光景に思わず私も固まりかけるが、これはいわゆるターニングポイントというやつだ。
ここでビアンカがOKするかどうかで今後が大きく変わる。
断ってさえしまえばゲームのような末路をたどる可能性は一切なくなるが、今の様子ならOKしてもまだチャンスはあるだろう。
それらの状況判断を踏まえ、冷静に返事をすることがビアンカには求められているのだが、どうにも今の状態で冷静な判断は難しそうだ。
(なら、少しだけ頭を冷やす時間をもらって、そこで作戦会議を…)
そう思ってビアンカに声をかけようとしたのだが、そんな私の行動よりもビアンカの方が少しだけ早かった。
「……ひゃ…ひゃい。」
(あのバカッ!?)
目の前のイケメンに絆されたらしく、夢見心地な顔で返事をしているビアンカ。
あまりにも危機感がなさすぎて殺意にも似た感情を抱いてしまったが、なんとかその気持ちを抑え込んで私はビアンカとアズールの間に割り込む。
「御二方で盛り上がっているところ恐縮なのですが。…まずはビアンカ!あなたはまず冷静になって、その惚けた顔をどうにかするべきです。それからアズール様!あなたもあなたです。本日は顔合わせといった位置づけのお茶会だと思っておりましたが、なにもそんな場でいきなりプロポーズをしなくてもいいでしょう!まずは、幾度か顔を合わせて関係を築いた上でのプロポーズが主流ではないでしょうか?いささか早急すぎると思うのですが。」
とっさによくここまでの言葉が出せたな、と自分を褒め称えたい気持ちでいっぱいになりながら2人の様子を見ていると、遅れてイーシュちゃんが割り込んできた。
「私もカヴァリエの意見に概ね同意ね。あなた達2人はそれでいいかもしれないけど、私やカヴァリエみたいな周囲の人間だってお互いを知る機会が欲しいはずよ。」
「そうですそうです。私はビアンカ側の護衛ですので、アズール様とビアンカが婚約する場合には関わることもあるわけです。だから…」
イーシュちゃんの言葉に激しくうなずくと、アズールは「なるほどね。そういうことか…」と言ってゆっくりと立ち上がる。
そしてフラフラと私の方に近づいてくると、ガシッと強めに両肩を掴んだ。
「ビアンカと婚約関係になりたければ、俺と剣で語れということだね!ビアンカを守る力も無いような弱い男はビアンカの相手として認めないと!そう言いたいんだね!?」
「……はいっ!!??」
(そうは言ってないでしょーーーー!!!!)
顔が引きつっているのが自分でもよくわかったが、アズールは興奮気味に「なるほどね!それは確かに納得できる!逆に、そういうところが本当に彼女の騎士として素晴らしい男だなと尊敬さえできるさ!」とどんどん突っ走っていく。
これにはイーシュちゃんもビアンカも驚いた様子でこちらを見ているが、見ているくらいなら正直助けてほしかった。
「…あ、あの…」
「よし!今すぐ準備をさせよう!僕が勝ったら今日からビアンカは婚約者だ!」
「アズール様!?」
言うが早いが少し離れた場所に控えていた使用人たちに何かを命じたアズールは、そのまま「動きやすい服に着替えてくるから少しだけ待っていてくれ」といって屋内に戻っていく。
それについていくように「私も準備を手伝ってくるわ。…面倒かけてごめんねカヴァリエ」とイーシュちゃんも屋内に姿を消した。
残っているのは呆然とした私とビアンカの2人だけ。
私がゆっくりと視線をビアンカの方にうつすと、ビアンカは怯えたような表情で私の方を見る。
しかしもうこの気持ちは止まらない。止められない。
そのままビアンカの方に近づくと、そのまろやかな両頬をぐいっと思いっきり引っ張った。
「ビーアーンーカーッ!!君ってやつは…!君ってやつはぁ!!」
「いひゃい~~~!?」
「何考えも無しに婚約OKしようとしてくれちゃってんの!?もう少し冷静に判断してくれる!?イケメンマジックにやられてるんじゃないよ!このままバッドエンド直行してもいいわけ?これで私が負けたら、もう婚約者になるんだよ!分かる!?バッドエンド回避の可能性が狭まるってことなんだからねぇ!?」
そこまでを一息で叫んだ私は息を荒げつつもビアンカの頬から手を離し、大きく息を吐いてからもう一度目の前に立つビアンカを睨む。
「ごめんカヴァリエーーー!」
「もういいよ。……で?このあとどうすんの。私は勝てばいい?」
「…か、勝てるの?」
「知らないけど。ゲームではどうだったの?」
王族でありなおかつ竜の混血種であることから相当な強さであることは想像できるものの、正直に言ってしまうとアズールの実力は未知数だ。
ゲームの中でのアズールについてどうだったのか私は知らないのでビアンカに聞くと、ビアンカは困ったような表情で私の質問に答える。
「強かったわよ、すごく。…舞台となる学園では、一番の実力者と言われてたわよ。」
「そうか。…勝てるかなぁ」
私でも覚えているゲームの舞台である学園「アガートナ」
何かしら秀でたものがある人材もしくは多額の援助を出せるお家柄の人間しか入学できないと言われている学園。
そんな学園の中でも一番の実力者となれば相当な強さだろう。
転生前に剣道をやっていたことやここ最近の教育のおかげでそれなりに剣技に自信はあったのだが、少し不安になってきた。
「……まあ、カヴァリエは学園で裏ボスとか真の実力者って言われてたからどっちもどっちよね(小声)」
「なに?何か言った?」
「ううん。何も。」