押しの強い美形相手に勝ち目はない
「ビアンカ、紅茶のおかわりはいかがですか?」
「いいいいいただきます!」
あれからしばらく放心状態になっていたビアンカもなんとか挨拶を済ませ、2人のお茶会はスタートした。
美少年ことアズールの横に並んでいた男性はなんとこの国の王様だったらしく、今なおアズールとビアンカのやり取りを微笑ましげに見つめている。
かくいう私はそんなビアンカが何かをやらかしたらいつでもフォローに入れるようにと、ある程度の距離を保ってお茶会を見守っていた。
最初は国王様もアズールもビアンカもお茶会への参加を勧めてくれたが、私の立場はあくまでビアンカのお供。
彼らよりも幾分か下の立場の私がお茶会に参加するわけにもいかないため、そこは丁重にお断りをした。
「カヴァリエ。君もよかったらどうだい?本当に良質な茶葉なんだ。ぜひとも味わってみるべきだと思うよ」
「…いえ。私はあくまでビアンカの護衛。本来であれば、この茶会に同席することさえ許されぬ立場ですので…」
(アズール・リ・ワンドゥ。次期国王にして私が将来仕えるべき相手…つまりは、私が王国騎士団長になると見越してるってことか。)
ビアンカから話を聞いたアズールルートの中でも確かに、アズールはカヴァリエを優良な駒として捉えている節がある。
つまるところ今のうちからビアンカ共々手中に取り込んでおこうという考えなのだろうか。幼いながらに末恐ろしい考え方だ。
「そう言わずに、君もこちらにおいで。紅茶もクッキーも僕らだけでは余らせてしまうよ。それに、君の噂だってかねがね聞いているからね。僕らはよき友人になれると思うんだ。」
無理に断ることもしにくい立場のために、私は視線でビアンカに助けを求める。
しかしビアンカは私の方なんか見ておらず、恋する乙女モードでアズールのことを見つめていた。
(ビアンカーーーー!!)
私がアズールの誘いに答えあぐねていると、後ろで穏やかに微笑んでいた国王様が口を開く。
「私もそう思うよ、カヴァリエくん。…あぁ、それならついでにグレイシュも呼ぼうか。」
国王様は言うが早いが、少し離れた場所で控えていたメイドさんに何やら声をかける。
そのメイドさんは軽く頭を下げるとパタパタと小走りで屋内へと消えていった。
(クラシックなタイプのメイド服。…いいセンスだな。)
もうお茶会に参加するという流れから逃げられないことはわかったため、私は軽く現実逃避をしながらメイドさんが消えていって方向を見ていると、先程のメイドさんが戻ってくる。
そしてそのメイドさんの後ろには、どことなくアズールに似た顔立ちの美少女が立っていた。
(うっわ。かっわいい…)
星をちりばめたかのようにキラキラときらめくブロンドの髪はアズールと違って長く伸ばされているために、天の川を彷彿とさせる美しさ。
鮮やかな緑色の瞳はアズールと同様だが、髪と同じ色の長いまつ毛はくるりとカールを描き、可愛らしさを醸している。
白く滑らかな肌にほんのりと赤く染まった頬に、摘みたてのクランベリーのようにみずみずしい唇。
彼女の美しさを際立たせるために仕立てられたのであろう白一色のドレスがまた彼女によく似合っていた。
「はじめまして。私は、グレイシュ・リ・ワンドゥと申します。そちらにおりますアズール・リ・ワンドゥの双子の姉でございます。どうか以後、よろしくお願いいたします。」
「…は、はじめまして。ビアンカ・ネヴェリダと申します。本日はお招きいただき誠にありがとうございます。」
見た目とは少しギャップのある凛とした声は、確かにアズールとよく似ている。
ビアンカとグレイシュ様はお互いに挨拶をしたあとはポツリポツリと会話をしながら紅茶を楽しんでいた。
そんな2人のやり取りを見ながらそう考えていると、いつの間に私の近くに来ていたのか、アズールにいきなり手首を掴まれて2人の眼の前まで連れて行かれる。
「ほら、君も混ざるんだよ。…グレイシュ、ビアンカ。2人だけでお茶を楽しんでないで、僕とカヴァリエも混ぜてよ」
「!?…い、いえ!そういうわけにはいきません!私のような身分のものが…っ!」
「仕方ないなぁ。…カヴァリエ、僕の命令が聞けないの?」
「命令ですかっ!?」
必死に抵抗するのだがどうにもアズールは私より力が強いようで、抵抗虚しく2人…とくにグレイシュ様の近くに引っ張り出された私は、仕方なくそちらに向き直った。
「…わ、私はそちらにおりますビアンカ嬢の警護兼付き添いとして参りました。カヴァリエ・ラロンドというものです。本来ならばこのような高貴な方々と食事をともにしていいような立場のものでは無いのですが…その…」
ビアンカと違ってそこまで挨拶などを仕込まれているわけではない私は、何を言えばいいのかわからなくなってしまう。
つい無意識に服の裾を握りしめていると、そっとグレイシュ様の手が重ねられた。
「!?」
「そこまで緊張する必要はないわ。」
そう言ってこちらを安心させようと微笑むグレイシュ様。
同性だとわかっていても赤面してしまう程の美しさに、私は思わず視線をそらしてしまう。
私が見ることで美しい彼女を汚してしまうんじゃないかという気持ちさえ湧き出てきて、私は直視ができなかった。
「…も、申し訳ありません、グレイシュ様。」
「謝る必要なんて何もないわ。でもそこまで緊張していてはせっかくのお茶会を楽しめないわね…どうしようかしら。」
そこまで言ったところでグレイシュ様は私の手から自らの手を離すと、「そうだわ!」と言って今度は私の腕を掴む。
「緊張がほぐれるように屋敷内を散歩してみるのはどうかしら?」
「「えっ!?」」
そんなグレイシュ様の提案に驚いたのは私だけでなく、グレイシュ様の横に居たビアンカも目を見開いてグレイシュ様の方を見ていた。
その顔色が先程よりもすぐれないことから、ビアンカは私がグレイシュ様の誘いに乗るのを望んでいないんだろう。
「で、ですがグレイシュ様…っ!?」
やんわりと断ろうとしたところでグレイシュ様が私の腕を少し強めの力でグイッと引き寄せた。
振り払えそうな強さではあるもののこんな美少女の手を振り払うわけにもいかずにされるがままになっていると、グレイシュ様は私の耳元に唇を寄せ、私にだけ聞こえるような声でささやく。
「私はあなたのためを思って言ってるの。あなた、あのお嬢様がアズールに口説き落とされる一部始終を見ていたいの?それなら無理にとは言わないけど…」
「え…」
「それとも阻止したかったとか?…諦めなさい。すでに彼女は蜘蛛の巣に捉えられた蝶でしかないのよ。」
「……ぁー」
私とグレイシュ様が何を話しているか聞き取れないのだろう。ビアンカはこちらを伺うように見てくるが、その背後にいるアズールの笑顔からはなんとも言えない圧を感じた。
(ビアンカを助けるために…アズールルートを根本から阻止するためにはここに残るべきなのは分かる。でも、恋する乙女モードのビアンカを見てしまうと、むしろアズールと親交を深めてもらったほうがいい気もしてくる。…なにより、ビアンカ破滅の原因であるプライドの高さなんて、中身的にありえないし…)
少しだけ考えてから、私の腕にまわされているグレイシュ様の腕をそっと外す。
そしてそのまま片方の手を下から添えるように持ち、片膝をつく。
「…このような身分で大変恐縮なのですが不肖カヴァリエ・ラロンド。ぜひともグレイシュ様と共にお屋敷の散歩をさせていただけないでしょうか。」