火刑の道の婚約者ルート
ネヴェリダ家から来た迎えの馬車に乗り込むと、そこには緊張した表情で座っているビアンカの姿がある。
以前よりも成長したその姿は着実に美女へと近づいていた。
ルビーをあしらった髪飾りでまとめられた黒髪は驚くほどに艷やかで、深紅のドレスから伸びる腕は白くほっそりとしている。
長いまつげに縁取られた瞳は相変わらず美しく、ほんのり赤く染められた頬は食べごろの果実のようにみずみずしい。
そんなビアンカと少し距離を開けて隣に腰をおろすと、ビアンカはどこか浮かない顔のままこちらに視線を向けた。
「…今から会いに行くのは、ティアラモルテのメインキャラであるアズールよ。正統派イケメンだと最後まで思わせておきながらも、最後の最後に腹黒であったことが判明する恐ろしいイケメン。アズールルートだとビアンカは生きながらに焼かれて死ぬのよ。」
絶望した!と表情で語るビアンカをなだめながらアズールルートについてを聞くと、ビアンカは2,3枚の紙を私に手渡す。
「聞かれると思ったからアズールルートについてまとめておいたわ。あと、この前のカヴァリエルートも、説明省略してた細かいルート覚えてるだけ書き出しといたから。…とりあえず、お城に着くまでには読み切れないと思うから、概要は今から私が説明するわ。」
馬車に揺られること数十分。
その間でビアンカからはアズールルートについての説明をしてもらった。
そもそもアズール…アズール・リ・ワンドゥは言わずもがなティアラモルテの攻略対象であり、アニメ版ではアズールルートで話が進行するいわゆる主役級の攻略対象であるという。そしてアズールもこの世界特有の混血種というものらしく、中でも最強ランクと謳われる竜族の血が入っているというのだ。
そしてそんなアズールとビアンカは幼少期に婚約関係を結ぶのだが、成長するにあたってビアンカのプライドの高さを煩わしく思ったアズールは婚約破棄を望むようになる。
ただし、そのまま婚約破棄だけをすると、アズール側にも非があったのではないかという疑念が生まれる可能性もあり、またビアンカと婚約したことで手に入れた騎士団長の息子という優良な駒を安々と捨てることになってしまう。
それを避けたいアズールは、私達が将来通うことになる学園、アガードナに編入してきた主人公に惚れたふりをしてビアンカを煽って犯罪者へと成り下げ、犯罪者となったビアンカを切り捨てる作戦を思いつくのだ。
最終的にはその過程で主人公に本気で思いを寄せるようになるというが、そうなってからのビアンカの扱いは本当にひどいものだという。
とうとう耐えきれなくなったビアンカが主人公に詰め寄ったところに駆けつけたアズールは、怒りのままにビアンカを焼き殺す。そして生きたままその身を焼かれることになったビアンカが身悶えているところに、アズールは婚約破棄をするためにビアンカを煽っていたことを囁き、最後の最後に絶望を与えて殺すという。
それはまさに悪魔の所業。
ノーマルエンドでもグッドエンドでもそこまでは変わらないのだが、ノーマルエンドではカヴァリエと同様にアズールにも何かしらのペナルティがあるらしい。
その点については今回はそこまで知っておかなくても大丈夫だということで、家に帰ったら紙にまとめてある内容を読んで把握することになった。
(そんな相手に林檎を…ビアンカを守りきれるんだろうか…。)
無意識のうちに力を込めていたらしい拳をほどいてから窓の外に視線を向けて、流れていく景色に思いを馳せながら自分はどうするべきかを考える。
本来はビアンカとアズールを婚約させないのがベストなんだろうけど、今の立場として私が妨害するのは危険だろう。…私の人生がどうなるか分からないし、あまりにもルートから外れすぎた時の対処が分からない。
それに、アズールが嫌ったのはゲームの中の性格のビアンカであって、今のビアンカを嫌うとは限らないはずだ。
むしろこの麗しい見た目に反して、中身が「三度の飯よりホモが好き!!」と昼休みに大声で叫んでクラスをドン引きさせていたあの林檎…もといビアンカなのだから、アズールがビアンカを嫌うことになった高すぎるプライドというものはなくなる。…まあ、腐女子過ぎて引かれるかもしれないけど。
「…って、話題がずれた。」
「話題?」
「いや、こっちの話。」
兎にも角にも、私のすべきことはビアンカが先程言っていたルートを辿らないようにすること。
婚約するしないはビアンカの手腕に任せるとして、それ以降ビアンカがアズールに殺されることがないように守り切るのが使命だろう。
ここ数年の訓練でわかったのだが、私の体は狼族の血のおかげか普通の人よりも圧倒的に身体能力が高い。
それでもあくまで比較対象は普通の人。アズールのように狼族より上位の血である竜族の混血種相手にどこまで戦えるのかはわからないのだ。
(竜といいつつも所詮は爬虫類。きっと寒さに弱いはず。………戦うときは寒い場所で戦えばいいのかもしれない。)