腐女子と厨ニ病
中庭にあるおしゃれなベンチにハンカチを敷いてビアンカちゃんを座らせてから、私はその横にそっと腰掛ける。
先程のビアンカちゃんの発言以降気まずくて言葉を発することができない私は、無言でビアンカちゃんの方を見た。
ビアンカちゃんは難しそうに腕を組んでから、意を決したように口を開く。
「…私は乙女ゲーム大好きなクソヲタ腐女子だったの。小さいときは変身して戦う女の子戦士にメタモルフォーゼしてたし、男子バスケ部の恋愛に思いを馳せていたし、歌をうたう王子様たちのATMになったりしてたわ。」
美少女の口から出るには破壊力がありすぎる言葉だった。
思わず咳き込むが、彼女の話を遮るわけにもいかないために続きを促す。
「そしてもちろんこの世界が舞台のゲーム。さっきあなたが言ったティアラモルテもプレイしたわ。インフルエンザと戦いながら、隠しキャラまで全スチル解放するくらいにね。」
「…そうですか」
軽く胃が痛くなってきたため、どうやら私は父様の血を色濃くついているようだ。
痛む胃を手で抑えながら、私も自分の事情を話さなければと口を開く。
「私は、ファンタジー大好きな中二病RPG厨だったよ。子供のときはライダーに変身して世界の平和を守っていたし、選ばれし勇者になったり水滸伝になぞらえた星を集めたりしてた。」
自分で言うのも何だけど、私ははかなり痛い子だった。
高校生として生活していたときは私も林檎もやばい奴ではあったものの、無駄にテンションが高かったから周りにもそういうキャラだと受け入れられていた気がする。
「そう。…あなた、結構やばい子だったのね。」
「そういう君もなかなかやばいと思うよ。」
そこまで話したところで緊張がほぐれたのか、体の奥からこそばゆい笑いがこみ上げた。
まるで久しぶりに友人と話をした時のような楽しさと嬉しさと照れくささが入り混じったような感覚。
「ははっ。…こうして話してみるとなんだか、かつての親友と話しているような感覚だよ。」
「あら、奇遇ね。私もそう思ってたの。RPGとファンタジーが大好きな剣道少女の親友がいたの。あなたまさか、明日騎だったりしないわよねー」
きっと彼女は冗談のつもりで言ったのだろう。
だけどまさかも何も、私は明日騎という名前だった。しかもなかなかに珍しい名前だったということも自負している。
「…え、待って。まさか林檎なの!?」
「へ?…え、ちょ…嘘。…はぁ?本当に明日騎なの!?」
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お互いがかつての親友だったことに喜び感動していたが、まず必要なのはお互いの状況把握だ。
「つまり林檎も私と同じ位の時期に記憶が戻ったってこと?」
「うん。インフルエンザで寝込んでいたっていう記憶が、ちょっと前の流行病の時に蘇ってきたの。」
転生する前。私達の通っていた高校では確かにインフルエンザが流行っていた。
風邪なんてほとんどひかない私でさえもインフルエンザの毒牙にやられるくらい猛威を奮っていたのは覚えている。
「…はぁー、マジかー。よくある悪役令嬢に転生しました的な流れの上に、親友が攻略対象に転生してるとは思わなかったわー。でもよかった。父様にラロンド家に行くよって言われたときは、ビアンカ破滅ルートへの第一歩だと思って絶望したから。カヴァリエの中身が明日騎なら少しは安心ね。」
「やっぱりビアンカって悪役令嬢か。ゲームの情報あんまり覚えてなかったからなー、林檎がいてくれて助かったー。……って待って。攻略対象?私が??」
聞き捨てならない言葉に思わず真顔になって林檎に詰め寄ると、林檎は困惑した表情を浮かべた。
これがかつての林檎の姿だったら何も思わないけど今は将来確約美少女の姿のため、ものすごく罪悪感に駆られる。
「明日騎、このゲームのこと覚えてないの?」
「えっと…主人公の女の子が可愛いってことは覚えてるよ。あ、もちろんビアンカちゃんもかわいいなって思ってた!」
「ほぼ覚えてないのね。…じゃあ、ビアンカに付き添ってた騎士が居たのは覚えてない?攻略対象だったんだけど。」
「え?…………あぁー…いた。そう言えば居たわ!緑系統の服着てた騎士!テクニックが高いわりにパワー低そうで、初心者には扱いにくそうな剣士みたいなキャラ………あれ?」
そこまで言ったところで思い出すというのはいささか遅かったかもしれない。
確かに言われてみるとその騎士のキャラクターはこげ茶色の髪と緑の瞳だったし、今のこの姿が成長したらこうなるであろうイメージにぴったりだ。
母様が「カヴァリエには緑色の服がよく似合うわ」と言ってよく緑系統の服を仕立ててくれているため、服は緑系統が非常に多い。
「そうよ。明日騎は…いいえ、カヴァリエ・ラロンドはティアラモルテの攻略対象の1人。敬語クーデレキャラでもある、悪役令嬢・ビアンカの騎士なのよ。」
「敬語クーデレキャラ?私が!?」
敬語はともかくクーデレキャラだって!?
私の性格的にちょっと難しいのだけど、本当にクーデレキャラなのか。
「ちなみにファン投票での人気ランキングは2位だったわ。」
「思ったよりも人気キャラじゃん!…でも少し待って。こんな見た目や格好をしているけど、実際私は女だし…」
「え!?男の子じゃなかったの!?」
「うん。ちょっと前にあったパーティーの時に、女の子の盾になる形で傷を負ったんだけど、その傷が大きすぎて女の子としては生きにくいから、男として生活してるんだけど…」
「…いや、そうか。…確かにカヴァリエのスチル、全然露出なかったわ。」
「は?」
「海イベでみんな水着なのにカヴァリエだけパーカーだったし、乙女ゲームによくあるちょっとアレなシーンもカヴァリエだけなかった。そこが清廉潔白な感じでいい!って評判だったし。男装でも全然通る!」
つまるところ、私が女であろうとも攻略対象という運命からは逃れられないということか。
自分が乙女ゲームの攻略対象になるなんて思ってもなかったが、女である私が間違っても主人公と結ばれるなんてことはあってはならない。とにかく主人公と関わらないようにすればいいのだろう。
「まあでもビアンカは主人公がバッドエンドで死ぬルート以外だとほぼ全てで死んじゃうし、カヴァリエルートに至ってはどのルートでも死ぬし。…それに比べればまだまともじゃない?」
「なにそれ。林檎が死ぬのはほぼ確実ってこと!?」
聞き捨てならない言葉に思わず声を上げると、林檎は苦笑いを浮かべてから私を落ち着かせるようにと肩を軽く叩く。
「ティアラモルテは割と主要キャラが結構な確率で死ぬゲームだったからね。…まあ、とりあえず落ち着きなさいよ。まず、この世界での私はもう林檎じゃなくてビアンカよ。今の両親がつけてくれた名前を…たとえゲームのキャラクターの名前だとしても大切にしたいの。だから、ビアンカって呼んで頂戴。私ももう明日騎とは呼ばない。カヴァリエって呼ぶから。」
「…うん。」
バツの悪さをごまかすために手で髪をいじりながら林檎…ビアンカの方を見ると、ビアンカは華奢な腕を組んで自信満々な表情をしてから私の方を見た。
「それから、私がそう簡単に死ぬと思う?これまで、数多の乙女ゲームを攻略してきた私が!」
「え?」
「あのゲームの舞台である学園に編入するまではあと5年。それまでにいくつかのフラグをへし折ることはできるはずだし、ルートさえ知ってれば私の死だって回避できる。」
「……なるほど。」
「それに、全ルート制覇した私の知識があれば、主人公ちゃんだって死なずにいけるかもしれない!」
「なるほど!」
そこまで言ってテンションがあがったのか、ピョンッと勢いよくベンチから立ち上がったビアンカはドレスの裾を翻し、悪役令嬢らしい笑みを浮かべて私の方を振り向く。
「私は誰も死なないルートを目指すわ!協力しなさい、カヴァリエ!!」
「…任せてよ、ビアンカ!」