美人確約系美少女と出会いました
部屋の扉をノックすると中から「入りなさい」と声が聞こえたため、扉を開いてから深く頭を下げる。
「失礼します。」
普段からここまで礼儀正しくとしつけられているわけではないが、父様の知り合い…つまり客人の前で無作法をするわけにはいかない。
きっちり3秒ほど頭を下げてからゆっくりと顔をあげると、そこには父様と同世代と思わしき男性と私と同世代と思わしき少女がいた。
母さまが大切に集めている陶磁のティーカップより白くつややかな肌に、夜空で染めた錦糸で編んだかのようにつややかな黒髪。
赤く色づいた唇にほんのりと上品に染められた頬。純度の高いルビーをちらしたかのように鮮やかな色をした瞳は大きく、若干釣り気味ではあるものの長いまつげで覆われておりその釣り具合すらも彼女を引き立てる要因だ。
つまるところ美少女なのだ。しかも将来は絶対美人になるタイプ。美人確約系美少女だ。
思わずその美少女に見とれてしまっていたのだが、彼女は私の方を見るとその美しい表情を驚愕に染めてからサッと視線をそらしてしまう。
何か彼女を驚かせる要素があっただろうかと考えて思い当たったのは狼の耳と尻尾。
慌てて手で耳を抑えるが正直今更だろう。助け舟を求めて父様の方を見ると、父様は苦笑いを浮かべながら自分の隣をポンッと叩いて座ることを促す。
それに従ってソファに座り、正面に座っている前述の2人を見据える形になった。
美少女の方は私と絶対視線を合わせないという意志の現れなのか、うちのメイドさんが用意したのであろう紅茶のカップをずっと見つめている。
(ううう…。きっと狼の耳が怖かったんだろなぁ。でも、まだうまく耳も尻尾も隠せないんだよね。)
これまで耳と尻尾が隠せなくても不便を感じたことがなかったために気にしていなかったが、これは本格的に隠す練習をしないといけないかもしれない。
心の中で決死の特訓を覚悟していると、父様が小さく1つ咳払いをする。
「ネヴェリダ氏。この子がうちの長子であるカヴァリエです。…カヴァリエ、この人はアローワ・ネヴェリダ氏。私が騎士団長に就任してから知り合った友人だよ。なんでも私とカヴァリエに頼みたいことがあるらしくてね。」
「は…はじめまして。カヴァリエ・ラロンドと言います。」
父様に紹介された男性…アローワさんの方を見ると、人の良さそうな笑顔が私に向けられていた。
「はじめまして、カヴァリエくん。私はアローワ・ネヴェリダ。君の父上と母上の恋のキューピッドになった男さ。そしてこっちがうちの娘のビアンカ。カヴァリエくんより1つ年上の11歳だ。ぜひ仲良くしてくれ。」
もちろん私としては仲良くしたい。
ユイリエという美少女は身近にいるものの私の周りには美少女成分が足りていない…じゃなくて、同年代の友達というものが一切いない私としてはぜひとも仲良くしたいのだ。
ただ、当のビアンカちゃん?は全然私と仲良くする素振りがない。
それどころか私とは極力関わらないという意志さえ感じるではないか。
「…親バカと思うかもしれないが、うちのビアンカは若干11歳ながらに巷で評判のご令嬢でね、よく外の家のご子息とのお見合いを提案されるんだ。しかしね、きっと将来的に国王様のご子息への謁見が予定されると私は踏んでいる。」
この国、ターシャ王国の国王様といえば何よりも歴史と伝統を重んじる王様であり、私の父にとって最も守るべき人間だ。
そんな国王の元に神様から送られたこともは男女の双子であり、どちらも目を瞠るほどの美貌であるという噂だけは聞いたことがある。
何より有名なのは王族は皆、竜族の混血種であるということ。
様々な混血種の中でも最上位と呼ばれる竜族。それ故のカリスマ性を兼ね備えた、王族になるべくしてなった一族。
王族と関係を持ちたいと思う貴族は後がたたないものの、実際に関係を持てたという話は殆どきいたことがない。
そんな王族、しかもご子息への謁見ともなれば婚約の約束も夢では無いだろう。
それを狙うためにはお見合いで婚約を決めぬも、より素晴らしい令嬢であることをアピールして王の視界に名前が止まるようにしなければいけないらしい。
なぜ突然そんな話を始めたのだろうと思ってアローワさんの方を見ると、アローワさんはどことなく圧を感じる笑顔を向けてきた。
「家庭教師をその場に連れて行くわけにも行かないのだが、こう見えてもビアンカはちょっとお転婆でね、お目付け役を連れていきたいんだ。」
「「はぁ…。」」
「そして僕は思いついたんだよ。カヴァリエくんをうちのビアンカのお目付け役とすればいいじゃないかとね!そうすればお転婆も制限されるし、なにより巷で話題となっている将来有望なカヴァリエくんをお目付け役とするほど価値のある令嬢と思われるんじゃないかとね!」
思わず父様の方を見ると、父様は片手で腹部を押さえながらアローワさんの方を見ている。
「いやいや。ちょっと待ってください、まずは私達で話をしましょう。…カヴァリエ。ビアンカ様と中庭にでも行っていなさい。」
「…はい、父様。」
最強の騎士団長と名高き父様だが、実はストレスと人からの頼み事に弱い。
割とストレスが胃に来るタイプらしく、人から無茶な頼み事をされるとやり遂げた後に寝込んだりすることもある。
(さっき胃の辺りを抑えてたし、今回もそうなりそうだな。)
父様の胃を応援しつつ、ソファに座ったままのビアンカちゃんに手を差し出してその場に片膝をつく。
「行きましょう、ミス・ビアンカ。当家の中庭は素晴らしいのでぜひ御覧ください。…それから、狼族の血故に耳と尻尾が生えておりますが、傷をつけることは一切ありませんのでご安心ください。」
少しでも怖くないということを分かってもらおうと極力柔らかさを意識した笑顔を浮かべると、ビアンカちゃんは少しだけ迷った素振りを見せてからそっと私の手に自らの手を重ねた。
私よりも少し身長が高いビアンカちゃんを中庭にエスコートしている最中、私はメイドさんたちによってピカピカに磨かれている窓ガラスに映るビアンカちゃんの姿を見て少し気になることがあった。
(…やっぱり。どこかで見たことがある気がする。)
最初に見たときはそのあまりの美少女っぷりに浮かれてそれどころではなかったが、このビアンカちゃんの姿に既視感を感じるのだ。
その既視感は熱から冷めた後に見た自らの姿に感じた既視感と同様のもの。
強い既視感でありながらもカヴァリエとして物心がついてからの記憶にはないその姿。
となると、高校生の時。私が森城 明日騎として生きていた時の記憶かとも思うが、こんな目の色の人間が日本にいるわけがない。
かといって海外旅行に行ったことがあったわけでもない。
緑とか赤の瞳の人間なんて、漫画やアニメやゲームの中でしか見たことなかったはずだ。
(…ん?…ゲーム…?)
高校生時代、私はよくRPG系のゲームをやっていた。
中でもファンタジー系の世界観が好きで、そういうゲームを中心に手を出していた記憶はある。
(もしかして私、RPGの世界に転生してしまったとかそういう!?)
慌てて歴代やりこんだRPGやここ最近プレイしていたRPGを思い出す。
もちろん自分が中心人物ではない可能性、中心人物である可能性の両方を視野に入れているがどうにも思い当たるものはなかった。
(…こういう時、林檎が居てくれれば。)
高校生として生活していた時の親友である林檎は私よりも漫画やゲームやアニメに詳しく、好きなものに対しての記憶力はかなりのものだった。
といっても林檎は私と好きなジャンルが違っていて、あの子は少女漫画や乙女ゲームなどが好きだったはず。
そこまで考えたところで心臓が小さく跳ねた。
そうだ。私は生前、滅多にやらない乙女ゲームをやっていた。
親友である林檎が「明日騎の好きそうな世界観だし、今度アニメ化もするんだよ!グッズとかもファンタジーの世界観で普段遣いできそうなものも多いし。…ね!やってみようよ!」と半ば強引に進めてきたゲーム。
乙女ゲームは性に合わないタイプだったのだが妙にその世界観に惹かれた私は、林檎に攻略情報を教えてもらいながら、少しだけそのゲームをやっていたのだ。
そしてそのゲームに出てきた悪役の女の子が、今私と一緒に歩いているビアンカちゃんにそっくりなことを今思い出した。
(つまり私は、ほぼ序盤しかプレイしていない乙女ゲームの世界に転生しちゃったっていうこと!?)
窓から中庭が見え、あと少しで中庭につく頃合い。
私は少しでもそのゲームの情報を思い出そうとするのだが、もともと本命であるRPGのレベリングの傍らにやっていたためかタイトルすら思い出せない。
(…なんだったかな。なんか、愛のために死ねるかみたいなコンセプトのやつ。なんかグッズとして出てた天秤のグッズが可愛かったのは覚えてる。あと、パッケージに描かれてたティアラの装飾が綺麗だった……ティアラ…?)
「……あ、そうだ。ティアラモルテだ。」
「え?」
思い出した名前をそのまま口に出してしまった。
突然声を出したかと思えば意味のわからない単語で、ビアンカちゃんも混乱してしまっただろう。
フォローしないとと思ってビアンカちゃんの方に視線を向けると、ビアンカちゃんはひどく驚いた様子で私の方を見ていた。
「あなた、ティアラモルテを知ってるの!?あなたも私と同じ、転生者なの!?」
中庭についたことで心地よい風が頬をくすぐるのだが、冷や汗を大量にかきはじめた肌には少し冷たすぎる風だった。