初めまして、元女子高生です
私の名前は森城 明日騎。平均的な偏差値の公立高校に通っていた高校生活2年目。
小学生から始めた剣道を続けながらも友人たちと放課後カラオケに行ったり、無課金でソシャゲを楽しんだりという至って普通の女子高生。数日前から学校で流行り始めたインフルエンザの波にやられて、高熱を出して部屋で寝込んでいた。
いた、という言い方をしたのはまさしくそれが過去形の話だから。
信じられないと思うし自分も信じられないのだけど、私はいわゆる別の世界に転生してしまっていたらしい。
まず、この世界には元の世界にいたような動物の他にドラゴンやらユニコーンやらペガサスやらとファンタジー色が強いな生き物が生息している。
それだけでなく、人間の中でも通常の人間以外に様々な動物の血をひいた混血種と呼ばれる人種がいたり、魔法などの概念も当たり前のように存在している。
まるでファンタジー系RPGのような世界にあるターシャ王国という国の王国騎士団長の娘として生まれた私は、カヴァリエ・ラロンドという名前の齢5歳の幼女だ。
ただし私はただの幼女ではなく、狼族の混血種の幼女である。
その証拠に狼の耳と尻尾が生えており、目下それを隠す練習をしているところ。
そんな私が日本という国で女子高生をしていたことを思い出すきっかけとなったのは、数日前に開催された北部領主の娘の誕生日パーティーで起きた事件だ。
そのパーティーには北部の領民たちが多く呼ばれ、そこに呼ばれた父に付きそう形で私もパーティーに訪れていた。
華やかなパーティーの場に馴染めず会場の隅でローストビーフを食べていた時、領主を殺害しようと賊が押し入ってきたのだ。
一瞬で阿鼻叫喚となったパーティー会場。私も避難しようとしたところを、珊瑚色の髪をした1人の少女に手を捕まれ、賊が振り上げた刃物の盾にされた。
そのときに負った傷が原因で熱を出し、寝込んでいたときに見た夢で全てを思い出したのだ。
「…痛っ」
熱も下がったようだからと体を起こすと、背中にじくりと痛みが走る。
まだ傷が癒えきっていないらしく熱を持った痛みが背中を侵食しているが、なんとかベッドから降りて鏡の前までたどり着く。
「…にしてもこの顔。どこかで見たことあるんだよなぁ……」
灰色の狼の耳はともかく、こげ茶色の髪とタレがちな深緑の瞳。
将来美人になるというよりも、タレ目な優男になりそうな中性的な顔立ち。
もちろん幼少期から見ていた顔だからというのもあるが、過去の記憶を夢で見てから既視感を強く感じるのだ。
(…どこで見たんだろう。日本にこんな目の色の人間、いるわけないのに…)
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「カヴァリエ。ちょっといいだろうか」
背中の痛みも引いてきた今日この頃。
家庭教師の先生を見送った私は部屋に戻ろうとしたところで父親に呼び止められた。
騎士団長を努めている父が家にいること自体が珍しいのだが、更に珍しいのは父が神妙な顔をしていることだ。
常に自身に満ちた父の姿しか見たことがなかったために驚きつつ父についていくと、そこには1年前に生まれたばかりの妹を抱いた母が泣きながら座っていた。
「か、母さま!?いったいどうしたのですか!!」
母が泣くなんてただ事ではない。思わず母のもとに駆け寄ると母は辛うじて空いた左手を私の方に伸ばして強く抱きしめる。
私を強く抱きしめて涙を流す母にどう返していいかもわからずにいると、父の手が背中にそっと添えられた。
「カヴァリエ。…あぁ、カヴァリエ!ごめんなさい!あなたにこんな生き方を強いることになってしまうなんて…本当にごめんなさい」
本格的に意味が分からずに固まっていると、私の背中に手を添えていた父が震えた声で事情を語り始める。
「お前の背中の傷は魔法では消しきれなかったんだ。そのような体では今の世の中、嫁にもらってくれる人はそういないんだ。」
この世界の設定がいまいち把握しきれていないものの、父は平民出身の騎士団長だが母は生粋の貴族出身。
それゆえに政略的な結婚などが視野にあったのだろう。そしてそれが、今回負った傷のせいでできなくなってしまった。
政略結婚に使えない娘の扱いがどうなるのかはなんとなくわかる。
ましてや私には妹がいるのだから、きっと私の家の中での扱いがひどくなるのだろう。
「…いえ。私が傷を負ってしまったから悪いのです。父様も母様も悪くありません。」
これまでカヴァリエとしてすごく恵まれた生活をさせてもらってきたが、日本の一般家庭で暮らしていた記憶を思い出した今の私ならある程度の生活にも耐えられるはずだ。
そういって両親を安心させるように笑顔を浮かべたのだが、2人の表情は曇ったまま。
「…あぁ…カヴァリエ…」
「すまない、カヴァリエ。せっかく可愛い顔に生まれたのに、男として生きなければいけないなんて…本当にすまない。」
「だから傷を負った私が……うん?」
聞き間違いだったのだろうか?気のせいだっただろうか。
今、父様は男として生きると言わなかっただろか。
「あ、あの…もう一度…詳しく、説明をしてもらえませんか…?」
「…ごめんなさい、カヴァリエ。…あなたは今日からラロンド家の長男、カヴァリエ・ラロンドとして生きていくの」
(あぁ…聞き間違いではなかった。)
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あの衝撃の騒動から早5年。
私用にと母が用意していたドレスはすべて妹向けのクローゼットにしまわれ、私用には新しく服が仕立てられた。
服だけでなく皮のブーツも仕立ててもらい、剣技の家庭教師もつけてもらったりと、着々とラロンド家の跡取りとしての教育が始まっていた。
最初は困惑していたものの、高校生時代に剣道部に所属していたからか剣術は家庭教師が驚くレベルで成長している。
もともと女性として身に着けるようにと教育されていたピアノやら刺繍やらは性に合わなかったため、逆に男児として育てられるのも悪くなかったようだ。
「お兄様!今お時間よろしいでしょうか?」
今日も剣の練習を終えてメイドさんが用意してくれたタオルで汗をぬぐっていると、モスグリーンのドレスを着た幼女が声をかけてくる。
モスグリーンのフリルが控えめなドレスに、私と同じ色の髪と瞳。私よりも少しだけ色が薄い狼の耳を携えた美少女は、私が「どうしたの?」というと嬉しそうに駆け寄ってくる。
紹介が遅れたが、この超絶美少女の名前はユイリエ・ラロンド。5歳年下の愛しの妹である。
ユイリエの物心がついたころにはすでに男としての教育が始まっていたため、彼女は私が女であることは知らない。
少しでもかっこいい兄と思われるように笑顔を作り、ユイリエと視線を合わせるようにしゃがみ込む。
「ユイリエがそんなに走ってくるなんて珍しいね。そんなに慌てなくても兄様は逃げないよ?」
「あ、あの…父様が、お兄様を呼んでくるようにとおっしゃったのです!なんでも、お父様のお知り合いの方が来られたようで、お兄様とお会いしたいと…」
「わかったよ、すぐに行こうか。…すみません、このタオルを洗濯にまわしてもらえますか?」
普段は自分でタオルを洗濯場に持っていくのだが今回は近くにいたメイドさんにタオルをお願いして、ユイリエとともに父様の部屋へと向かった。
この来客が私のこの後の人生に大きな影響をもたらすという事など全く知らないまま。