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スーパー店員ナツキ 死闘

ほつれかけた意識が、こよりを編むように戻ってくる。

ナツキは、死の淵から助けられたと感じながらも、全身を駆け巡った毒のために、意識は朦朧としていた。


温かい。


揺りかごに抱かれているような感覚。

右の太腿に刺さっていた矢は今や取り除かれ、出血もない。

温かい光に包まれて傷口は再生の時を迎えている。


「⋯⋯ぶ」


声が聞こえる。


「じょうぶ⋯⋯」


声は徐々に大きくなり耳に届く。


「しっかりして!大丈夫!」


身体の毒が抜けたのか、四肢に力が戻ってくる。

右手を握る。

確かにヴィルハライトの固さを右手に感じた。

視界が開け、焦点が定まると目の前には心配そうに覗きこむ若い女性の顔が見えた。


「ありがとう、誰ですか?」


ナツキは立ち上がる。

話している瞬間にも回復は続き、時間の経過と共に体力、活力が戻ってくる。

敵はまだいるのか。

治されたからには立ち上がらなければならない。


目の前の女性は、ナツキの返答に安堵したのかホッとした表情を見せた。


「私はアリス。回復が得意だけど戦いもできる術士だよ。キミとは初対面だね」


アリスと呼ばれた女性はそういうと立ち上がった。


「アリスさん⋯⋯ありがとうございます。敵は?」


「今は5人が応援に来たよ。2人は下に、ボクを含めて3人で上を対処してるよ。キミのおかけで敵はあと二人かな」


そこでナツキはアリスと呼ばれる女性がナース服であることに気付く。


「え、えっとその格好は」


ナツキの戸惑いにアリスは自分の服装を確認すると照れたような表情をした。


「今日はロング勤務だったんだけどね。更衣室に上がった直後に呼ばれたからこの格好だよ」


アリスはそう言うと、少し土埃がついた白衣の裾を払った。スカートの膝下から覗く肌色のストッキングは既に伝線している。


「そうですか、助けて頂きありがとうございます。じゃあ私も行きますね」


ナツキは立ち上がる。アリスの回復の腕がいいのか、体調はかなり戻ってきていた。


「そんな、まだ休んでなよ」


アリスの忠告を有難いと思ったが、ナツキは客観的に自身の回復具合を確認し、戦えると判断した。


「もう、無理しないでよ!」


腰に手を当てて不満を口にするアリスに軽く会釈すると、ナツキは再びビルの床を蹴った。


敵は⋯⋯


五感に気配を感じ、ナツキは敵の元へと急行する。

敵の気配を感じるビルに1番近いビルの屋根を蹴ると、火花と炸裂する魔法の光が見えた。

誰か戦っている!


ドゴッ ギンッ バンッ


ぶつかり合う金属音とお互いが建物を縦横無尽に駆け巡る音、時折色とりどりの魔法の光が煌めくと、光は尾を引きながら受け手に向かって飛来する。

魔法をさばく方は、防戦に徹することなく拳で魔法を受け流し、また相殺しながら距離を詰めていた。

その戦いぶりにナツキは応援に来た仲間について思い至った。


「おっちゃん!」


ナツキは叫びながら敵と仲間の中間点に割り込むように着地する。


ゴッ


大気の水分を集めた水魔法が、サッカーボール程の透明な球を作り5個飛来する。

ナツキはヴィルハライトを掲げると、近いものを片端から迎撃していく。


「ナツキ、大丈夫か!」


ナツキの後ろから声が飛んでくる。

その声はナツキが思った通りの人物であった。


「うん、おっちゃん。助けてもらったから」


声の主は、ミクニと呼ばれる拳闘士であった。

年齢36歳、元の世界では闘技場(コロシアム)でも1、2を争うファイターだ。


「そりゃ良かった。でもおっさんはやめろ」


少し気だるげな低い声。

声だけを聞くと、仕事に疲れたサラリーマンと言われても無理はない。

身長180近く、紺色のスーツを着こなす、中肉中背の外見からは想像もできないほど、ミクニの肉体には鍛え上げられた肉体が宿っている。


「あと、多分こいつが1番強敵だ。魔法剣士といった感じだ。できれば捕まえたい。いくぞ」


ミクニの声が発せられると、影のように音もなくミクニがナツキの前へと躍り出る。

ナツキもミクニの動きに釣られるように前へと進み出る。


「⋯⋯」


敵は黒いフードに身を隠しているが、その風貌から大柄な男であることがナツキは分かった。

右手に構える剣はナツキと同様に大剣であり、左手は魔素を携えて淡く光っていた。

詠唱なしで魔法を使うとは、強敵ね。


「!!」


男が剣を振るう。

剣先から衝撃波が生み出され、力の奔流となってナツキとミクニに向かって放たれる。


「おらよ」


ミクニは衝撃波の空間の歪みを見切ると、両腕に装着した金属製のナックルで歪みを反らすように拳を振るった。


ガギンッ


金属に衝撃が伝わった音が響く。その流れが変わった隙間を縫って、今度はナツキが前に出る。

2撃目!


男が再び剣を振るう。

今度はナツキが同様にヴィルハライトを振るい衝撃を相殺する。

互いの衝撃がぶつかり合い、凄まじい爆風を生み出した。


「魔法来てるぞ!」


ミクニが爆風に耐えるナツキに向かい飛んでくる3つの炎に向かって躍り出る。

ミクニのナックルに光が宿る。

気を込めた拳がワンツーで炎を相殺すると、ミクニは飛び蹴りで炎を打ち落とす。


「あっついなぁ!」


毒づくミクニを横目にナツキは前進する。


「はぁぁっ!!」


気合いと共に相手の肩口を狙うように切り込む。


ガギンッ


男の大剣とナツキのヴィルハライトが火花を散らす。

男のフードから下の顔が見える。

屈強な身体つきに見あった厳めしい顔。

顔には無数の火傷の跡が見え、鋭い眼光がナツキを睨んでいる。

ナツキは両手、男は片手で剣を握っており、徐々にナツキのヴィルハライトが男目掛けて押し勝つ形となる。


「あなた達の目的は何なの!」


ナツキの声に男は何も答えない。

突如男の空いている左手に魔素が集中した。


この近距離で魔法!?


自爆とも取られる、至近距離での放射魔法。咄嗟にナツキは右足を男の左手目掛けて蹴りあげた。


ガゴッ


「いっっ!!」


籠手に鎧を仕込んでいるのか、魔法の軌道は反らせたが硬い金属を蹴りあげたために足に鈍痛が走る。

男から放たれた熱気がナツキの足にジリジリと熱気を運ぶ。


「おらよ!」


ナツキの蹴りあげた足の下をくぐるようにミクニが踏み込む。


「ちょっと!どこから来るの!」


恥ずかしさのために顔が赤くなる。

ミクニはナツキの抗議を気にすることなく、気を練り込んだ一撃を相手のみぞおちに叩き込んだ。


ガッ!


打撃が鎧に阻まれる音。

男は口元に笑みを浮かべようとしたが、その瞬間苦痛に耐えるような表情になった。


「あとから弾けるからな。とっときな」


ミクニが呟いた途端男の身体が見えない壁に弾き飛ばされるように宙を待った。


追撃しようとするが、上空からの魔素を感じとりナツキは上方を見上げる。


見えない矢!


ナツキがヴィルハライトを構える前に声が飛んできた。


「なっちゃん!おっさん!任せて!!」


少年のような若い声。


「ユズル君!?」


声の主は魔法使いのユズルの声だった。

突如ナツキとミクニの頭上に透明な壁が出現する。


防護障壁!


刹那


ギギンッ!


いくつもの矢を障壁が受けたのか、金属音が鳴り響いた。


「ごめん、こいつ僕じゃ仕留めきれない!」


ユズルの声は隣のビルから聞こえていた。


残りの1人はユズル君が対応してたんだ。

ナツキは先程の攻撃と迫り来る殺気から相手がユズルのいるビルの電波塔にいることに気づいた。


「借りは返さなきゃね!」


ナツキは大きくヴィルハライトを振りかぶると、電波塔の敵を目掛けて投擲した。

剣は矢より速く、質量を持って闇夜を切り裂いた。

ナツキはヴィルハライトの柄に仕込まれた糸を、投擲の際に取り出し固く握りしめていた。


ドン


という確かな手応え。ナツキは糸に伝わる振動を感じとると、思い切りヴィルハライトを呼び戻すべく糸を引っ張った。

剣先が空を裂くのとは違う抵抗のある感覚を伝えてくる。

呼び戻しも一瞬。

ヴィルハライトに貫かれた敵が磔のように近づいてくる。


ドンッ!!ゴッ!


敵を貫いたままヴィルハライトはナツキの手前の床に屹立すると、敵はその衝撃を持ってビルの床に叩きつけられた。


トマトを地面に叩き潰したとまではいかないが、見るも無惨な死骸がナツキの足元を血に染めた。


血潮を浴びて妖しく光るヴィルハライトをナツキは握る。

魔素を込めて払うと、血塗られた刃先と柄は血を吹き飛ばし、本来の光を取り戻す。


「おっちゃん!」


ナツキがミクニを探すと、ビルの角、屋上の手摺に倒れこむ男と、その前に立つミクニの姿があった。


「だからおっちゃんはやめろ」


ミクニは肩で息をしながらも、男を追い詰め、その手から大剣を奪い取っていた。


「⋯⋯」


男は答えない。

フードは剥ぎ取られ、男の全身が明らかになる。

全身を覆う鎧は今やミクニの拳を受け、全体がいびつに歪んでいた。

鎧の胸当て、中央には紅く妖しく光る球が見えた。


無効化装置(キャンセラー)⋯⋯」


ナツキを昨日襲撃した敵と同じように、男も無効化装置(キャンセラー)は当然のように持っており、やはりとは思ってもその事実をナツキは受け入れることが困難だった。


「こんなに大勢のやつが無効化装置(キャンセラー)を持ってるなんてな。これ1つ裏で手に入れるなら軽く億はするのにな。⋯⋯おい、お前の背後にいるやつは誰だ」


ミクニがナツキの疑問を口に出してくれた。

そう、普通は出回らない無効化装置(キャンセラー)、レオ君は特別としても、1個で1億を超えるって言われるものをこんなにも揃えるなんて。


ゴキッ


男が答えないためか、ミクニは右足で男の左肘を踏み潰した。

ネオンが賑やかな街の音を運ぶ中、やけに聞き取りやすい、骨がいとも簡単に折れる音が響いた。


「ガッ、ハッ」


男は襲い来る痛みに耐えながらも顔に悪魔めいた笑みを浮かべた。

球の様な脂汗が男の額を覆い尽くすのを、ミクニは冷めた瞳で見下ろした。


「おい、俺はな。お前のようなやつを調べる仕事をしてるんだ。勤務時間外だが、こんな場合、仕方がないが残業をすることになる」


次にミクニは男の右手首を左足で踏み潰す。


パキッ


枝が折れるような音と共に、男の手首と指関節があり得ない方向にねじ曲がる。


左手は魔素の流れを断つために、右手は物を握れないようにしたのね。

ナツキ自身も手段として用いることはあったが、他人が拷問を行う所を見るのは気分がよいものではなかった。


男は今や苦痛に耐え、うずくまるように身体を丸めながらも、爛々とした瞳はミクニを見続けている。

その目に、狂気のようなものが満ちている。ナツキはヴィルハライトを男に構えながら、不快感とともに男を見やった。


「あぁ、そうだろうな。お前は⋯⋯俺を知らないが、俺はお前をよぉく知ってるぜ⋯⋯国家公務員、異種特別対応局の天草(あまくさ) 三國(みくに)。いや、本名クロード=ミルスターさんよぉ」


絞り出すように初めて開いた男の声に、ミクニの顔が驚愕に染まる。


「おまえっ!なぜそれを!」


次にミクニが声を続けようとした瞬間、男が殺意と侮蔑の籠った視線を鋭くミクニに投げつけた。


「危ない!」


咄嗟にナツキはミクニを後方へと引き剥がし、男の前に立ちはだかった。


「これも!」


ユズルの声と共に前方に障壁が出現する。


ほぼ同時に男の身体が一気に膨らむと、次の瞬間


ドオオッ


男の身体から激しく炎が柱となって燃え上がった。

障壁が炎を塞き止める。

迫り来る炎に対し、ナツキもヴィルハライトを構えて防護障壁を生み出した。


パリンッ


ユズルの防護障壁が余りの熱量に崩壊する音が響いた。


!!


炎は意志を持っているかのようにナツキに襲い来る。


「ぐぐっ⋯⋯」


ユズルの障壁で勢いを殺された炎は幾分その威力を弱めていたが、四方からくる熱を防ぐには足りていない。

ミクニも守るためには一歩も動くわけにはいかなかった。


「あっつい⋯⋯」

ジリジリと熱気はナツキの皮膚を焦がさんと迫ってきた。

熱気が熱傷を起こす直前、ナツキとミクニの身体を光が覆った。


「これは!アリスさん!?」


温かさを抱く光は温もりを感じるが、完全に外敵の熱を遮断し、焦げそうになっていた肌も潤いを取り戻していた。

目線を後ろにやると、詠唱を行いながらも、ナツキに向かって親指をつき出し、ニヤリと笑うアリスの姿があった。

時間にして10秒程度、火はその勢いを徐々に弱めていた。

そこには最早人がいた形跡はない。

因子(ファクター)』によって起こされた炎は、現実世界のビルの床や手摺に熱気を届けることはなかった。

ナツキ達に確かな爪痕を残しながらも、男は自害することを選び、この世界にいた証を完全に消し去っていた。

その一部始終にナツキは恐怖を覚えながらも、仲間と共にただ立ち尽くすより他なかった。

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