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スーパー店員ナツキ 交戦



(こう)は右手に浮かぶ紋章を見るとムラサメに叫んだ。


「ムラサメ、転送準備だ!ナツキは?」


いつもの優しそうな表情は一転、凛とした表情でムラサメに命じる。


「私も大丈夫!」


ムラサメは二人の了解を確認すると、両手を胸の前で組み、祈るように頭を下げた。

突如、ムラサメの足元から大量の光の粒が沸き上がる。

幻想的な光の粒子はムラサメの身体の周りを螺旋を描き上昇していく。


「救援要請者確認。レオン=アークレイド。」


レオ君!?

実力者のレオから、助けを求める連絡が来たことに驚きを隠せない。


「転送人員2名、『因子通路(ファクターゲート)』解放」


光の粒子はムラサメだけでなく、今やナツキと(こう)の足元からも吹き出している。

フワッと身体が浮くような感覚がナツキを襲う。身体の『因子(ファクター)』が活性化され、分解されるような感覚。

一瞬の間に、身体は一度分解され、ゲートを過ぎた先で再構成される。自分が瞬間、消失する感覚。何回やっても慣れるものではなかった。


「『因子通路(ファクターゲート)』接続確認、・・・臨界確認、転送します!」


ムラサメが鋭く叫ぶ。

一瞬でありながら、永遠のような感覚。

視覚は、漆黒の闇を覗いたと感じた次の瞬間、まばゆいばかりの光に包まれた。


たっ


夢から戻ってきたような感覚を携え、3人はアスファルトへと降り立った。


「レオ!大丈夫か?」


(こう)が叫ぶ。

視界が戻るに連れて周囲の状況がナツキの目に飛び込んできた。

周囲は雑居ビルに囲まれた裏路地、ナツキのいる場所は建設計画で上手く土地を活用できなかったような、少し開けた場所。

典型的な、柄の悪い者達が集いそうな風景に、どこの世界も悪意が満ちる場所は同じかと嘆息する。

息を吸えば、汚水とゴミの混じったようなツンと酸味を含んだ臭気が辺りを満たしており、呼吸の度に不快感が襲った。

曲がりくねった通路の先に表通りがあるのだろう。きらびやかなネオンの光がビルの頭を明るく照らしている。

空き地の一角、ビルの壁を伝う雨水管のすぐ横に1人の人影と、人影に守られるようにもう1つの影が地面に横たわっているのをナツキは見つけた。


「レオ君!」


ナツキが人影に向かって叫ぶ。

ナツキ達を見つけると、人影は周囲を気にするように立ち上がった。

立ち上がると180cmはあるレオだが、身体つきはスラッとしており長身モデルのようだ。

Tシャツに薄手の灰色カーディガンを羽織り、濃紺のクロップドパンツを着こなしている。長めの髪はパーマをかけることによって、首筋辺りまでに収まっている。その出で立ちは、どこかアーティストのような雰囲気を纏っていた。

しかし、その普段は余裕を見せる甘いマスクも、今は殺気立ち、周囲への警戒心を緩めることなく、その気迫が伝わってくる。

自慢のコーディネートも、あちこちが破れ、顔や服には汚れが目立つ。

カーディガンから覗く前腕には擦り傷が多く見られた。


「やぁ、君たちか。悪いが俺よりも後ろの素敵な女性を見てやってくれないか。俺1人なら余裕なところなんだけど、正直彼女を連れて逃げるには、動き辛くてね」


レオが立ち上がると、どこからともなく空中に3つ炎の玉が現れ、主人を守るように付き従った。

自動迎撃用の守備魔法だ。


「もちろんだよ、レオ。良かった無事で」


(こう)はレオに駆け寄ると、後ろに横たわる人影に近づいた。

ナツキも近寄りたいところだったが、周囲の警戒を怠るわけにはいかない。

ナツキはムラサメに頼んだ。


「ムラサメちゃん、武器を出して」


「ご主人」


「あぁ、頼むよ」


ナツキの言葉を受けて、ムラサメは主人である(こう)に許可を取る。


パン


ムラサメが胸の前で両手を打つ。


「『武器倉庫(ガレージ)』開放します」


ムラサメの言葉が終わるやいなや、ムラサメの頭上、正しくは背後から光輝く一筋の線が空に向かって迸った。

光は筋となり、すぐに門扉が開かれるように左右に広がる。

まばゆいばかりの金色の光が、ナツキの目を射ぬく。目を細めると、光の中には幾千もの武器のシルエットが浮かび上がった。

剣、槍、鉈、鎌、鎚、弓、銃

逆行に晒され、全ての武器は影に染まっている。


来て!


心で叫ぶ。

自分の愛剣を。国王より賜った宝剣を。


1つの武器の影が、音もなく降りてくる。

瞬間、影は加速し音もなくナツキの右手に収まった。


「やっぱり貴女が1番馴染むよ、ヴィルハライト。」


刀身2メートルを越える大剣。

鈍色(にびいろ)の刃先は切ることよりも叩きおることを前提に作られており、その質量を表している。

刃の峰は黄金に輝く装飾が鍔まで奢られており、草木を模した飾りは武器というより装飾品と思わせる。

事実、刃の高さが最高30cmになる刀身を含め、重量は120kgを超えていた。

バークライツ共和国建国時に、多大なる貢献をした英雄が使っていたと伝え聞かれているこの宝剣は、以後、その重量から使える者はなく、力の象徴として城に保管されていた。


「武器は持ったかい?行くよ!『縛り解放(ルールリリース)』発動!」


(こう)がナツキの後方で叫ぶ。

勇者だけが使える能力の1つ、『縛り解放(ルールリリース)』。『無効化装置(キャンセラー)』だけでは、解放しきれない、『因子(ファクター)』保有者が全ての力を解放できる能力。

勇者と契約を交わした者だけが恩恵を受ける力は、今やナツキの姿を本来のものへと変えていた。

白銀の雪原、白に近い銀髪へと髪は本来の光を取り戻し、瞳も薄暗い露地を射ぬくように銀色に光輝いている。


解放された力は、ヴィルハライトの質量をナツキが1番力を込めやすい重さへと変わり、身体の一部のようにナツキの手にフィットした。

無効化装置(キャンセラー)』では調整しきれない、微細な力のコントロール。自らの持つ力全てを意識の支配下に置いた今、ナーシャ=トラストは本来の五感が呼び起こされ、解放感に満ちていた。


「助かったよ、(こう)。俺もこれで楽になる」


レオが安堵の声を挙げる。その右手にはナツキと同様に、自らの武器、『永久(とわ)の杖』が握られていた。


「『無効化装置(キャンセラー)』だけだと、さすがにきつかった」


個人で『無効化装置(キャンセラー)』を所持しているレオを追いやる敵?

気が引き締まる思いがする。


「敵は?レオ君」


土地は開けており、ビルを縫うように通路は三方向へと延びている。

上からの襲撃も考えると四方からね。

ナツキは敵がどこから現れるか探るべく、用心深く通路と上空に意識を集中する。


「5人だ。うち1人は倒した。残りは負傷しているがまだ近くにいるだろうね。連携が巧みで引き際も心得ている。1人回復と思われる術者がいたから、仲間の治癒を終えたらきっとまた来るはずだ」


今までとは異なり連携が取れている。

確実にレオ君を殺しに来ている。でも、私への刺客は1人でレオ君は5人か。買い被られたものね。

ナツキは苦笑する。


「レオ君、ここを守れる?私は上へ行くよ。(こう)君、応援要請を」


「分かった」


戦力を割くのは避けたかったが、留まることは敵からの集中砲火を受ける恐れがある。手数が増えた今なら、敵に奇襲をかけられるかもしれない。

(こう)とムラサメは弱いが防御はそこそこ。後衛に『縛り解放(ルールリリース)』したレオがおり、数人でも支援が増えれば持ちこたえられるだろう。

そう判断しての結論だった。


「じゃ、行くね。あと、これは(こう)君とレオ君に」


ヴィルハライトを高く掲げる。

ナツキは身体に流れる魔素(まそ)の流れをコントロールする。

全身をくまなく循環されている魔素の意識を右手に、右手からヴィルハライトの柄へ。

緩やかに身体を廻っていた魔素の流れは、濁流のように右手へと流れ込む。

ヴィルハライトは魔素の流れを受けて小さく震える。

金色の装飾が、魔素の影響を受けてナツキと同じ白銀へと色を変える。


トンッ


かざした切先に光が灯る。

その光をナツキは足元の地面に優しく降ろした。

瞬間、白い蒸気のような爆発的な魔素の流れがナツキを中心に円形に広がる。


魔素は(こう)とレオの身体をすり抜け、最後は蒸気が消えるように暗闇へ溶けていった。

レオの擦り傷は消え、アルコールの含んだ、赤らんだ(こう)の頬はいつもと同じ状態へと戻っている。

状態異常を中心に回復させるナツキの気付け技だ。

副次的に擦り傷程度は治せるが、出血を止めるまでにはいかない。ナツキにとっての唯一の回復手段といってよいものだった。


ドンッ


地面を力強く踏み込む、一瞬で3人と倒れているもう1人の人影が眼下へと遠ざかる。

10メートルほど跳躍すると、ビルの窓の(さん)やむき出しの配管を足場にさらに跳躍する。

すぐにナツキの身体はネオン輝くビル街の屋上を見下ろす夜空へと投げ出された。

ビル風に吹かれながら五感を集中する。

微細な『因子(ファクター)』と魔素の流れを辿る。


「あっ⋯⋯ぶない!」


瞬間、漆黒に塗られた矢がナツキを襲う。

空中で身体を捻りながら、ヴィルハライトの刀身で矢を受ける。


ギンッ!


音と衝撃、金属同士がぶつかりあう音。

闇に溶け込むために矢を黒く塗ったのね。


!!


間髪入れずに四方から更なる魔素の気配を感じる。


「はあっ!!」


ヴィルハライトに魔素を注ぎ込み、その波動を剣先に込めて振るうことで衝撃波を円形に放つ。


ゴッ


ナツキより発せられた波動は、無色の斬撃を捉え相殺する。


「風の刃⋯⋯!見えない攻撃ばっかじゃない」


ナツキは苛立ちを覚えながらビルの屋上に着地する。


気配は⋯⋯7つ!?

増員が来たのか、当初より不利な状況に緊張は極限まで高められる。


なるほど、一気に私を潰してから下に攻撃をかけるつもりか。

確かに、7対1。

明らかに不利な状況で、これを突破することは無謀に等しい。


「でも!」


全てを解放された今、全力で地面を蹴ると景色は瞬時に映り変わる。


「よっと」


「!?」


ナツキは直線上に障害がない場所にいる敵の眼前へ飛び込んだ。

敵には、ナツキが早すぎて瞬間移動したかのように感じただろう。黒いフードに隠された顔からは焦りと恐怖の入り交じった様子が伺えた。

これは回復係か。

好機と捉え、ナツキは左手で相手のみぞおちに容赦なく当て身を入れる。


「かはっ!」


女の子の声。

同性、しかもまだ若い声に軽く驚きを感じるが、敵である者に情をかけることはなかった。

気絶させた相手を左手で無造作に掴むと、ナツキは後ろから迫る火球に向かって敵を投げた。


ゴオッ!


敵と火球がぶつかり、激しく燃え上がる。

女は声を挙げることもなく、ビルの合間へと落下していった。


「次!」


直線上に敵の気配は感じない。

ナツキの力に警戒を強めたのか、全ての敵は物陰へと身を潜めていた。

ナツキは迷うことなく次の目標へ向かって飛ぶ。

給水塔の配管が眼前に迫り、ナツキは左手を配管に添えると、その勢いのまま配管を支柱に、地面と平行に左へと飛ぶ。空中で強引に向きを変えたため、足から空中を滑るように飛ぶ格好となり、すぐにビルの屋上出入口の壁に足から着地する。

ビルの床に垂直に剣を立て、壁に張りつく形からそのまま跳躍する。

余りある脚力は推進力となり、(くう)を飛ぶように次の敵目掛けて跳躍する。

ビルの空調設備に隠れていた敵が、音もなくナツキを迎撃するために剣を構える。

このままでは相手の剣先にぶつかると思わせる刹那、ナツキはヴィルハライトの切先をビルの床に無理矢理絡め、相手の剣の下をくぐり抜ける。

そのまま、床との抵抗で撃力が溜め込まれた剣を迷うことなくナツキは振り上げた。


バスッ


叩き折るための剣が、ナツキの腕力とその神速とも思える速度が合わさった結果、ヴィルハライトは鋭利な剣と何ら代わらぬ威力を発揮し、敵の両手を切り裂きネオン輝く空へと吹き飛ばした。


「か、かはっ」


相手の声にならない声と血飛沫が切断面からほとばしる。

熱い血液の雨に怯むことなくナツキは、振り上げたヴィルハライトで男の右肩へ袈裟斬りを見舞った。

皮膚と肉、臓物を圧ですり潰す感覚がナツキの手に伝わってくる。


仕留めた


そう思った瞬間、ナツキは右大腿に焼けつくような痛みを覚えた。

眼前の敵、男は絶命している。


「あの矢!」


激痛に意識が飛びそうになるが、必死に痛みをこらえ、両手がなくなった男の亡骸を左手で掴むと、ナツキは入れ替わるように空調機器に背中を預け、男の身体を前面に突きだした。


トトトッ


息する間もなく3本の矢が男の胴体へと突き刺さる。

あと一呼吸遅れていれば、ナツキ自身の背中に穴が開いていたことだろう。


「があっ!」


深々と貫通した矢を抜きたいところだが、抜くと確実に、矢によってせき止められている動脈から、噴水のように血飛沫が舞うだろう。

そうなれば、例え動けようとも数十秒で出血は致命的なものとなり、ナツキを死に追いやるだろう。


「しかも、丁寧に毒入りとはね」


熱を感じていたはずの傷口は、今や痛みを感じず、むしろ震える程の冷感をもたらしていた。


これは死ぬ、ね。


途切れそうになる意識に、ナツキは全力を注ぐことに決める。

そこには、生への執着も故郷への哀愁も考える時は与えてくれはしない。

ここで、時をかけても1分も経たないうちに、敵の総攻撃か毒によってナツキの命は消えるだろう。

助けが来ることを待ち、無為に時間を費やすことなら、勇者を助けるために全身全霊をかける。それが全てだと感じた。


「ヴィルハライト!私の全力よ!!応えなさい!」


身体中の魔素をかき集め、激流のようにヴィルハライトへ注ぎ込む。


ウォォン


主の叫びに呼応するかのようにヴィルハライトが魔素の音波を発し、きらびやかなネオンを一蹴するほどに白く光輝いた。


「吹き飛べ!『審判の(ジャッジメント・レイ)』!!」


瞬間、まばゆいばかりの光がナツキを中心に凝集される。

点のようになった光をナツキは抱く。

刹那、光の奔流がナツキを中心として、力の波動と共に夜空へと放たれた。

半径500メートルの、ナツキが指定した敵に対してのみ効力を発する衝撃波が宙を震わせる。


何人か倒したかな⋯⋯


空っぽになった身体に空虚さだけが入り込んでくる。

ナツキを意識はほつれた糸のようなか細さで、この世界に繋ぎ止められていた。

寒い。

毒だけではない、死というものが確実なものとしてやってきていることを理解したためか、温もりというものが身体から抜け落ちていくような感覚を覚える。


また、ママとパパに会いたかったな。


独白のように意識の中で呟く。


最後の景色が終わる。


そう感じた瞬間、ナツキの意識は何者かの力によって、強制的に繋ぎ止められた。


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