スーパー店員ナツキ 救援要請
「恥ずかしいって言ってもねぇ。むっちゃんも、一緒に住んでるんだから、会話する機会もあるでしょ。徐々に素に近づければいいんじゃないかな」
胸に飛び込んできたムラサメの肩を掴み、引き離しながらナツキはムラサメに言い聞かせる。
ナツキに膨れっ面を見せたあとムラサメはうつ向く。
「だって、家じゃ武器形態になって引きこもってるから、話さないし」
ナツキは、武器と人型、2つの姿を自在に変えれるムラサメは、普段は人型、戦闘時は武器形態と使い分けているものだと思っていた。
「えー、家で人型じゃないんだ!!勿体無くない!?」
まさかの引きこもり告白にナツキも絶句する。
「人型でずっと一緒にいたら、恥ずかしすぎて死んじゃうもん。ぜーったい、そんなに話も続かないし、そうしたらこーちゃんに嫌な思いをさせちゃう」
泣きそうな顔になるムラサメにナツキは笑いかける。
「大丈夫だよ。昂君は底抜けにお人好しだし、優しいから。むっちゃんの言うとおり、弱いし、むっちゃんからの好意に気付かないような、にぶにぶさんだけどね。私は、今のむっちゃんを出しても、昂君は嫌いになったりしないと思うよ」
「むー、なんだかなっちゃんの方が、こーちゃんのことを理解してるみたいで悔しいよ。はっ、まさかなっちゃんもこーちゃんのことが好きなの!?」
まさかの返しに絶句すると同時に、好きかどうか尋ねられたナツキは耳がぼうっと熱くなるのを感じた。
「いや、好きか嫌いかって言われたら⋯⋯好きだけど、友達としてだよ。もぅ、突然何聞いてくるんだか」
「じとー」
わざわざ声に出して、ジト目で見なくても。
「でもほんと、今好きな人はいないし。むっちゃんが昂君のことを好きなら、私は応援するよ」
ナツキが話終えた時だ。
いきなり、ムラサメはナツキから離れ、元の席まで戻っていく。
なるほど、昂君が戻ってきたのを察知したんだ。
既にムラサメの顔に、先ほどまでの無邪気さはない。
ツンと澄ました顔を作っているムラサメを見て吹き出しそうになる。笑いをこらえてうつ向くと、ガツンとムラサメの足がナツキの脛を蹴ってきた。
酷い扱いだよ。
不服そうな顔をムラサメに向けるが、取りつくしまもない様子である。
「ごめん遅くなって。何人か待ってる人がいてさ。あれ?どうしたの二人とも」
場の雰囲気を察したのか、昂は二人に尋ねる。
『なんでもないよ(です)』
見事に被る。
「失礼しまぁーす。生2つに麦茶お1つお持ち致しました。お食事のご注文よろしいでしょうか」
立ち尽くす昂の後ろから先ほどの店員が、飲み物を持ってくる。
ナツキとムラサメは顔を見合わせる。
『すみません、まだ決めてません』
また被る。そんな二人の様子を昂は不思議そうに眺めるのであった。
乾杯をしてから40分、あらかた食事も食べ終えて、昂のビールジョッキが3杯目に突入した頃にナツキは昂に話しかけた。
「13人敵がいたって聞いたけど、何か分かったことはあるの?」
昂は残り少なくなった枝豆を取りながら答える。
「いや、印象としては寄せ集めって感じだったね。個人の能力はみんな高いけど、連携は余り感じなかったよ。前衛が7人、魔法使いを含めた後衛が3人、サポート役が1人、回復専念が2人⋯⋯だったかな。」
「種族も『因子』の波長もバラバラ、全員違う世界の出身者で構成されていました」
ムラサメが昂の話しに続ける。
「私のところは、岩石のような巨人だったよ」
敵の共通点が見つけられないことに、ナツキは嫌な感覚を覚えていた。この世界に迷いこんだ者同士で互助組織を作り、大なり小なりコミュニティを作ることはよくあることだったが、出身の違う者が組織だって勇者を狙ってくる。そのような前例は今までになく、明らかに敵の動きが違っていた。
しかも、多分敵は本気で勇者を殺しには来ていない。
「きっと、敵は私達のことをずっと前から偵察に来てたんだよ」
ナツキは昂に告げる。
遊撃隊隊長としての知見から考えると、様々なパターンの攻撃に勇者サイドがどう応じるか、戦力をぶつけて偵察を行っているように感じたのだ。
「なるほど、確かに最近は接敵することが多かったと思います。この1ヶ月の戦闘行為は大小含め7件起こっており、先月の3倍と増加しています。治安維持のための戦闘と考えていた小規模戦闘も、もしかすると敵の偵察の一環と言われれば、相手はこちらの戦力を図ってきていたのかと推測されます」
ムラサメの説明から、徐々にナツキの中に不確かではあるが、敵の行動原理が分かってきたように感じた。
「まず、きっと敵は巨大な組織で僕を殺したがっている」
昂が声を潜めて話し始めた。
「僕自身は弱いけど、僕の仲間はみんな強い。前の勇者、翔さんからの仲間を含めると、かなり大人数がいるからね」
「でも、皆が要請に応えて集まれるわけではない。だから敵は様々な襲撃を行って、私達側にどのような仲間や、人数がいるのか、間違いなく私達の出方を伺ってるんだね」
ナツキが昂の話しにかぶせるように続ける。
「前夜のような戦力を、偵察のために集めたとなると、敵の規模や資金力は相当なものと推測されます」
ムラサメが淡々とした口調で告げる。
「⋯⋯もしかしたら、戦力がばれていたのかも。イズミさんはここ最近、毎回要請に応えて戦闘を助けてくれていたんだ。イズミさんは回復はすごく得意だけど、戦闘はできない。それが敵にも知られてたのかも、昨日の戦闘は、イズミさんを集中的に狙っていた感じがするよ」
「回復⋯⋯後方支援を突くのは戦のセオリーだもんね」
計画的な襲撃とはいえ、命の恩人であるイズミが執拗に狙われて、危うく命を落とす危険があった。考えると怒りがふつふつと沸いてくる。
そして、戦闘に参加できなかった自分に対しても許せない気持ちになる。
「次の戦闘、私も出る。絶対遊佐さんを狙ったことを後悔させる」
強い口調でナツキは言いはなった。
「あぁ、僕もみんなのメッセージに最近の敵の動きを連絡するよ」
昂はそう言うとスマートフォンアプリのSNS『connect』を立ち上げると、文字を打ち始めた。
「東京周囲で襲撃を受けた場合、僕からだけじゃなく、仲間からの救援要請もすぐに出してもらえるように伝えるよ」
「頭の回転の足りないご主人にしてはいい判断です。ナツキさんのケースを考えると、敵はご主人だけではなく、仲間を各個撃破しようと動く危険性があります」
私はその初めてのケースだったのかもしれない。
また、同時に接触することで昂君達が私の応援に駆けつけてこられないようにした?
戦略としては練られている気がする。
しかし、私以外の人は狙われていなかったのだろうか?
これほどの力を持つ組織であるなら、他にも狙われた仲間はいなかったのだろうか。嫌な胸騒ぎがした。
「返信は?」
ナツキが昂に質問する。
「さすがに、みんなは見てないけど30人くらいは既読になって、返信もパラパラ返ってきているよ」
さすがに考えすぎか。私も今月の戦闘には3回参加しているから、身元がバレたのかもしれない。
昂君とは2つも住んでる区が違うのに、それを捜索できる…未だ拭えない不安を飲み込みながら、ナツキは冷たいオレンジジュースを流し込んだ。
コップにつく、重なり合い大きくなった水滴に映る自分の姿を眺めながら質問する。
「ねぇ、昂君。『鍵」って何なの?」
今まで聞きたくても聞けなかった質問。何気なさを装って聞いてみる。
『鍵』という単語を聞いて昂は驚いた表情を、ムラサメはピクッと肩を動かし反応を示した。
「昂君が勇者で『鍵』を守っていることは知っているよ。でも、守っている『鍵』は何なのか知らない。もしかして、知らない人は私だけ?」
仄かに紅い昂の顔を覗き混む。
ムラサメの視線も昂を見ている。そのムラサメの表情からは、『鍵』について知っているかを読み取ることは難しかった。
「⋯⋯」
暫しの沈黙の後、昂は顔に困惑と、申し訳なさそうな表情を浮かべナツキに答えた。
「ナツキちゃん以外にも『鍵』が何なのか知りたがっている人はいるよ。でも、僕は『鍵』が何なのか、人なのか、物なのか。僕自身知らないんだ」
昂の答えにナツキは狼狽する。勇者本人が守るべき対象を知らないなんて。
では、何のため私達は勇者のために戦っているのか。
「じゃあ、ムラサメちゃんは知ってるの?先代勇者のパートナーだもん」
ナツキの視線をムラサメは受け止める。その瞳には動揺もなく、先ほどまでのうろたえる姿もない。
今の姿を見ると、どちらが本当のムラサメの姿か一瞬分からなくなる。
ムラサメは昂の顔をチラと確認すると話始めた。
「確かに、私は先代のパートナーです。ですが、先代主人から『鍵』が何なのか聞いたことはありません。ただ、勇者の役割について聞いたことはあります。」
一呼吸置いてムラサメは続ける。
「『鍵』の存在を秘匿することです。『勇者』とは『鍵』がどこにあるのか分からなくする、一種ジャミング装置と考えて頂ければ良いと思います。『鍵』を悪用したいと考える者は勇者を倒さない限り、『鍵』へと辿り着けない。勇者が殺されてしまうと彼らは迷いなく『鍵』へと至るでしょう。勇者が『鍵』を知らないことは、むしろ合理的なのです。尋問や自白を強要された時、例え魔法で記憶を覗かれたとしても、知らない物については情報を取られることもない。ですが…勇者が殺されると、『鍵』が放つ特長的な波長は、必ず『因子』を持つ物にその存在を知らせることになるでしょう」
ナツキはムラサメの説明に矛盾はないと考えた。何より、ムラサメの瞳は真っ直ぐにナツキを見返し、その瞳が揺らぐことはない。
嘘はなしか。
正体の知らない物に対して命を賭して戦うことに、理解はできたが納得はできなかった。
ナツキはふっと表情を緩ませると笑った。
「答えづらいことを教えてくれてありがとう。まぁ、正直完全に納得はしてないけど、昂君を今まで通り助けてあげる必要があるってことは分かったから」
その言葉に昂もホッとしたした表情を見せる。
「ごめんね、早くみんなを助けてあげられるくらい力をつけるよう頑張るよ」
その言葉にナツキとムラサメは顔を見合わせる。
『それは無理だよ』
あ、少しむっちゃんの地がでたな。重なる声に敬語が消えていることにナツキは気づく。
言った本人もそれに気づいたのか、頬を少し紅くする。
そして、やはり鈍い昂は、些細なムラサメの語尾の変化に気づくことなくフライドポテトを頬張るのであった。
「今日はありがとう」
店を出たナツキは二人に声をかけた。
時刻は午後8時を回っている。
店の外には、商店街の賑やかな明かりと共に、立ち並ぶ店から香ばしい香りがあちこちから漂ってきていた。
「こちらこそ、情報を交換できて良かったよ」
「私も、ありがとうございました」
昂とムラサメもナツキに答える。
「これからナツキちゃんは帰るの?」
昂の問いにナツキは頷く。特に用事はない。明日は休みだし、近くのスーパーで買い物をして帰ろう。
ナツキはそう考えていた。
「二人も帰るだけ?」
ナツキは二人を見やった。
「そうだね、明日は土曜日だし帰ろうかな」
昂は笑いながら答えた。
「そうなんだ、昂君大学休みなんだったら、ムラサメちゃんをエスコートしてもう一軒お洒落なお店でも行けばいいのに」
少し意地悪をしてみる。ナツキの意図を察したのか、昂の後ろでムラサメが顔を真っ赤にして、抗議の両手をバタバタと振り回した。
意地が悪かったか。
「うーん、ムラサメが嫌がるだろうからなぁ。僕としては誘ってあげたいけど。友達から行ってみたらってお店は何軒か聞いたことがあるんだ」
屈託のない笑顔で昂の顔を見ると、もしかして脈あり?
好奇心がナツキの心を揺さぶった。
昂の発言で、ムラサメの頭からは今にも蒸気が出そうな程だ。
「ムラサメちゃんも、ずーっと家で武器だと昂君寂しいんだから、たまには話し相手になってあげなよ」
ここら辺りが世話を焼く限界か、これ以上からかうと、ムラサメから後で酷い目に会いそうだ。
そう思い、二人に別れを告げようとした時だ。
救援要請発令
昂の右手に赤く光る紋章が浮かび上がる。ナツキ達が受ける昂からの救援要請とは異なる、赤々と発光する光の粒子は事の緊急性を告げるかのように光輝いていた。
昂の顔に険しさが宿る。
ムラサメも表情を引き締める。
嫌な胸騒ぎがした。
立て続けに起こる戦闘、勇者の仲間を調べあげてくる敵。
平穏そうな商店街をよそ目に、確実に驚異は迫ってきていた。