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スーパー店員ナツキ 居酒屋にて

ピピピピピ


目覚まし時計の音でナツキは目覚めた。

身体が重い。


家に帰って寝たのは朝の6時半を回っていた。

1LDKの室内は、家賃7万8千円と17歳のナツキが住むには高額だったが、セインズスーパーの『因子(ファクター)』対応正社員であるため、給料は良かった。

適度に部屋を掃除しているため、室内は整然としており、部屋には昨日焚いていたナツキの好きな、柑橘系アロマの香りが漂っている。

(こう)君に連絡もしたし、もう寝よう。ナツキは疲労から来る脱力感にシャワーを浴びることさえ億劫であったが、深夜の襲撃と病院への面会に駆けつけたことで、汗がまとわりついたまま寝るのは不快だった。なんとかシャワーを浴びて歯を磨くと、倒れ込むようにナツキはベッドに横になった。


時間は今に戻る。

身体の節々に痛みを感じながらナツキは時計のアラームを止める。

あと5分⋯⋯、眠気にくじけそうな心に鞭を打ち時計の時間を確認する。

午後4時、丁度待ち合わせ1時間半前だ。ナツキは寝汗が張り付いたタオルケットを身体から外すと起き上がった。


クーラーは苦手だ。元々クーラーのない世界からやってきたためか、この世界のクーラーという装置は、威力の弱い氷魔法に永遠にさらされている気分になるため不快だった。


「暑すぎる~」


愚痴ももれる。故郷では体感したことのない暑さが悩みの種だ。窓を全開にして、扇風機を回しているが、噴き出すような汗は留まることを知らない。

ナツキはもう一度シャワーを浴びると軽く化粧を整える。プリントTシャツに青のデニムショートパンツ。薄手のグレーのパーカーを羽織り、夕暮れの涼しい風に備える。


「よし」


鏡の前で全身を確認し、出かける前の最終チェックを終わらせる。

できれば女子高生の制服ってやつも着てみたかったけど。


「まぁ、うまくいけばあと2年しかいない世界だし、機会はないかな」


くるんとターンを決めると、自分が制服を来て、友人達と意味のない話に華を咲かせ、青春と呼ばれる物を謳歌することを想像する。

羨ましい気がしないでもない。

ただ、2年後に来る『大葬送(だいそうそう)』の時にはこの世界から帰るつもりであった。


大葬送(だいそうそう)


この世界に紛れ込んだ『因子(ファクター)』達が、元の世界へと帰還する儀式。

縁起の良さそうな名前ではないが、元々この世界には存在しない者達が、それぞれの世界へと消えていく。この世界からいなくなるという意味と、送別の意を表してそのように呼ばれていた。

この世界の6つの『鍵』と呼ばれる存在が力を使い、5年に一度異世界への扉を開くのだ。

この、『大葬送(だいそうそう)』を日本では古来から『逢魔が(おうまがどき)』と呼ぶことがあった。


その儀式を開くための『鍵』を守っているのが、この世界に6人いると言われる勇者。

ナツキは、(こう)が勇者であることは知っていたが、果たして鍵とは何なのか、また勇者が何故『鍵』を守っているか、詳しくは知らなかった。

ただ、『因子(ファクター)』持ちの間では噂があった。

『鍵』が壊されると、この世界の『縛り(ルール)』と『(ことわり)』が破られ、各世界の隔たりが消失し、故郷への帰還は叶わなくなると。

それは困る。バークライツには親友もいれば、部下達もいる。そして何より両親もいるのだ。いくらこの世界に愛着があっても、これ以上この世界に留まるわけにも行かなかった。


この世界、結構好きになってきてるからなぁ。


小さく胸の中で呟くと、ナツキはリュックを背負って家を出た。

陽はまだ高く、8月の空は容赦なくその日差しを大地に降り注いでいる。マンションの廊下に出れば、アスファルトに溜め込まれた熱は、地獄の釜のように蒸せる熱気をナツキへと運んでいた。

5回建てマンションの3階がナツキのフロアだ。

申し訳程度の大きさのエレベーターはあったが、ナツキは歩いて階段を降りることにする。

待ち合わせまでは、あと40分だ。



ナツキは、駅の改札を抜けて1階正面玄関待ち合わせ場所に到着すると、石造りのモニュメント前に、すでに待ち合わせの人物が二人立っているのを発見した。

そこそこ大きな駅だ。

ナツキは行き交う人々の中に、明らかに『因子(ファクター)』を持つ人々を発見した。

もちろん、彼らもナツキに話しかけることもなければ、ナツキもあえてこちらから話しかけることはしない。

余程のことかない限り、この世界で生活をしている以上、お互いが干渉することは少なかった。



「おーい、こっちだよ」


人影は1人が身長175cm程度、1人が145cmほどとナツキと比べてもかなり小柄だ。

近付くと二人の服装もよく見える。背の高い方がもちろん(こう)だ。


勇者の本名は、主人(あるひと) (こう)

本人曰く、父親は名前を(こう)にしたかったが、母親が全力で拒否したため、今の名前になったとのことだ。

父親は、明らかに主人公と名付けキラキラネームというものにさせたかったのだろうが、そんな彼が勇者として選ばれたことは、成り行きとは聞いていたが、運命というものをナツキや仲間も感じずにはいられなかった。


お人好しそうな顔に、少し癖っ毛のある髪。声は男性にしてはやや高く、この人混みの中でもナツキの耳によく届いた。

無地の白Tシャツの上にチェックの半袖Yシャツを羽織り、深い紺のデニムを履いている。

その横に立つ、人波にすぐに消えてしまいそうな小柄な少女がムラサメだった。


ムラサメの姿を見てナツキは思う。


どこのお嬢様って感じなんだろう。顔は可愛いし清楚にしか見えない。腰まで届く黒髪なんてすっごく羨ましい。隣の王国にだって、あんなに可憐な立ち姿の貴族の御息女はいないよ。

少しでもあの見た目を分けてくれたらなぁ、とぼんやりナツキは思った。

白いワンピースにつばつき帽、帽子には紺色のリボンが、可愛らしいアクセントとして風にたなびき、スカートはリボンと同じ紺色で膝頭を少し隠していた。


うーん、20歳の青年と見た目は14歳程の少女、いくらバークライツでも12歳から結婚できるといっても…これは犯罪の匂いしかしない組み合わせだね。まぁ、よくて腹違いの兄妹?

失礼極まりないと思いつつ、率直な印象を頂いたままナツキはすぐ二人の目の前まで歩いた。


「ごめん、結構待った?」


ナツキが二人に声をかけると、(こう)は首を横にふった。


「大丈夫、さっき僕たちも来たとこだから」


笑いながら答える(こう)の横顔を見ながらムラサメはナツキに声をかけた。


「こんにちは、ナツキさん。こんなクソ出来の悪い主人に気を使って頂かなくて結構です。ナツキさんを待たせるぐらいなら、役に立たない貴方が待っている方がよっぽど建設的ですって釘を差しておいた所ですから」


冷ややかに、そして淡々と話すムラサメを見て、ナツキは、おぉっといつものやり取りながら、後ずさる思いだった。

はははっと(こう)は苦笑いをすると、いつものことだよ。という風に肩をすくめた。


「二人とも本当にごめんね。あれ?レオ君は?」


本来もう1人、今日のメンバーにいるはずの魔法使い、レオの姿

がないことにナツキは気付いた。


「レオならさっき連絡来たよ。女の子と遊ぶことにしたから今日は来ないって。まぁいつもの感じだよね」


笑いながら答える(こう)の言葉に、またかという正直な気持ちが沸き上がる。

魔法使いのレオは、この世界でもトップに入る魔法使いではあるが、とにかく女癖が悪い。日本のトップアイドルグループに溶け込めるようなルックスと抜群のスタイル。その甘いマスクで老いも若いも問わずに世の様々な女性達を虜にしてきたが、未だに女性トラブルで後ろから刺されたことはない。

ナツキにとっては、不快や嫌悪感を越えてある種の尊敬を抱くほどであった。


「まぁ、レオ君にはもともとあんまり期待してないし。きっと、来ても隣の席に可愛い女性がいたら、そっちに夢中になるもんね」


ナツキも釣られて笑う。


「ご主人、時間は大丈夫ですか?常に歩きスマホをしているようなぼんやり人間なんですから、お店の予約時間くらい気にしてください」


ムラサメは(こう)に辛辣な言葉を投げ掛けると、頬をプクッと膨らまし、自らのスマートフォンの時計画面を(こう)に掲げた。


「あ、もうこんな時間か行こうか」


(こう)は時間を見ると慌てて先頭に立って歩き出す。

その後にナツキとムラサメが続く。ナツキは昨日の襲撃のことを詳しく聞くべくムラサメに声をかけた。


「結局、(こう)君達の所に来た敵は何人だったの?」


「ご主人?もちろん覚えていますよね」


「あ、え~と。10人くらい…だったっけ?ごめん、全員は覚えてないかも」


ムラサメに声をかけられた(こう)は焦ったように答えた。


「頭の容量が足りてないんじゃないですか。答えは13人です。そのうち、レオさんが8人、トオルさんが1人、八津(やつ)さんが2人、ミユさんが2人。そして、当然ご主人が0人です」


ムラサメは淡々と告げる。


「早く強くなって頂かなければ大変迷惑です。今のご主人は私の本来の力が100とすれば、小数点の前に0がいくつあっても足りないくらいの割合しか引き出せてないのですからね」


ムラサメは澄ました顔、ナツキから見るとやや得意気な表情で話した。


「そうだね、今のままじゃ守られてばっかりだし。師匠にも特訓はしてもらってるけど、まだまだ強くならないとね」


本当に頑張らないといけない。強い意志を秘めた口調で(こう)は答える。

ムラサメの言葉に真摯に受け止めて、相変わらず真面目だなぁと思う一方、1番実力不足を実感してるのは(こう)君だものね。

ナツキはぼんやりと(こう)の後ろ姿を見て思った。


3人は駅前の交差点を渡り、繁華街の中へと繰り出していく。

夕暮れを迎えようとする町並みは、どこからか夕暮れの風を運んできていた。

結局駅前で話始めた会話は途中で終わり、3人は目的の店に向かって、口数少なく歩いていく。熱気と昨日の闘いの疲れが、歩いて話すことを億劫にさせていた。


今日3人が会ったのは、昨日の襲撃について(こう)側とナツキ側の情報を擦り合わせることを目的としていた。

本来は(こう)とムラサメが一緒に住むアパートか、自分のマンションで行えばよいのだが、元々はレオがどうせなら外食しながら話をしたいと言い始めたのがきっかけだった。

結果レオは来なくなったが、目ぼしい店を(こう)は既に決めていた。予約人数が変更になったことも店側には既に伝えている。


駅から10分程歩けば、目的の商店街に着く。

駅前の喧騒はとうに聞こえず、聞こえてくるのは商店街に行き交う人々に声をかける商店の店主達の声だ。


「ここだね」


(こう)が立ち止まると、そこには雑居ビルの1階に「和風居酒屋」と銘打たれ、こじんまりとした玄関を構える『えにし』という店があった。

時間は午後5時45分、予約の6時より少し早いが入れるだろうか。(こう)が店員に確認をすると、3人は問題なく予約していた堀ごたつの席へと案内された。

障子を閉めることで個室になる部屋だ。

余り大声で話せない話もここならできそうだ。ナツキは席に着くと回りをぐるっと見渡した。

テーブルには店員を呼び出すインターホンとメニュー、醤油や薬味等が置かれている。


「失礼しまーぁす」


威勢の良い男性店員がノックと共に障子を開けて入ってくる。

いかにも大学生のバイトといった風貌の店員は、営業スマイルを決めて室内へと入り、立ち膝でPDF端末を手に取った。


「本日はご来店誠にありがとうございまーす。ご注文の前にまずは飲み物をお聴き致しまぁす」


「僕はビールで」


「私もビールを1つ」


ムラサメが告げると、明らかに店員は驚いた表情を見せる。


「あ、あのちょっと未成年の方の飲酒は控えて頂かないと⋯⋯」


口ごもる店員に、ムラサメは澄ました顔でショルダーバックの中から財布を取り出す。薄いベージュの長財布から運転免許証を取り出し、店員へ手渡す。

運転免許証を受け取り、えっ?という顔をすると店員は免許証を二度見してからムラサメに返した。


「あ、あぁ20歳でしたか。すみません、お若いのでつい⋯⋯」


しどろもどろになりながら、店員は謝った。


店員さんが困るのは無理ないよ。

ナツキは心の中で同情した。

ムラサメは、武器精霊の類いである。見た目は中学生のような姿をしているが、実年齢は本人さえ分かっていない。

免許証は、政府の中にある『因子(ファクター)』持ちのための部署が特別に出しているものだ。

ナツキの戸籍もそこで作られ、地球上で存在していることになっている。

見た目がいつまで経っても変わらないムラサメが免許を持って飲酒するためには、役所としては苦し紛れに20歳の免許証を発行するしかなかったようだった。


「えーと、ビール2つと。あの⋯⋯お客様は?」


ムラサメの一件からか、店員は困った顔でナツキを見る。


「あ、私は未成年なので麦茶下さい」


本当は故郷では飲酒できる年齢だったが、特にお酒に執着はないため、ナツキは実年齢で登録をしていた。


「かしこまりました。ビール2つに麦茶1つですね。只今お持ち致します。メニューをご覧になってお待ち下さい。ご用件がございましたら、テーブル上のインターホンを押してお知らせ下さい。では、失礼致します」


ナツキの注文にホッとした店員は一礼すると退室した。


「注文どうする?」


ナツキが(こう)に声をかける。


「ごめん、二人で先に注文してて。ちょっと失礼するね」


「どこ行くの?」


「トイレだよ」


(こう)はナツキとムラサメを見るとばつが悪そうに部屋を出ようとする。


「何頼んでも文句なしだよ」


にひひとナツキが笑う。


「あぁ、大丈夫だよ。僕も帰ったら追加で頼むよ」


(こう)はそういうと、障子を開けて騒がしい店内へと消えていった。すぐに足音は店内の音楽と隣の席の声に重なり聞こえなくなった。



「あ~!!またやっちゃったよ。なっちゃん」


(こう)の足音が聞こえなくなると共に、ムラサメが先ほどとはうって変わったように、くだけた口調と泣きそうな声を出してナツキに飛び付いてきた。

ふわっと、コンディショナーの良い香りがナツキの鼻腔をくすぐる。

端から見ると先程とは別人の様な振る舞いを見せるムラサメに度肝を抜かれるだろうが、ナツキはこっちがムラサメの本来の性格であることを知っていた。


つまり、ムラサメは毒舌に(こう)と接しているが本当の所は、(こう)のことが大好きなのだ。


「うーん、こう、端から見たら、ムラサメちゃんにツンデレのデレの要素は見当たらないよ。というか、本当は好きなんだから、その誤解を与えるしゃべり方やめて、そっちの素でしゃべればいいのに」


ナツキが言うとムラサメは耳まで真っ赤にすると、両手でぽかぽかとナツキの胸を叩くと叫んだ。


「もぅ!ムリムリ恥ずかしすぎるし、前の主人からこーちゃんにパートナーが変わった時に、デビューからまず失敗してるもん。今さら変えるなんて、できないよ。あ、それと、こーちゃんいない時は私のことむっちゃんって呼んでっていったのに!」


これが、精霊特有の無邪気さなのかなぁ。なんだか、私がお姉さんみたいになってるし。

苦笑いを浮かべナツキはムラサメの小さい瞳を覗きこんだ。

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