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スーパー店員ナツキ カフェにて

「それで、私に相談ってわけだね」


ナツキは目の前のテーブルに置かれたケーキを一口頬張った。

ナツキの職場であるセインズから程近いチェーンのカフェ店。その店奥に位置するボックス席でナツキとヤツハは向かいあっていた。

口の中には甘すぎない、程よい口当たりのチョコレートケーキの香りがふわりと広がる。


チェーン店の中でも、ここのケーキはクオリティーが高くて美味しい!


ナツキは顔が自然と笑顔になるのを感じた。

その一方、ヤツハの顔はいつもと比べ落ち込んでいる様子だ。


「そうだよぉ、よく生きて帰ってこれたなって~」


口調の為からか、ヤツハの表情に比べてその内容はそこまで深刻なもののように思えない気がしてくるのが不思議だ。


「でも内容聞いたら、それは私だけじゃなくて昂君やムラサメちゃんに聞いてもらった方が良い気がするけど」


当然の回答だと思う。ヤツハの言ったことが本当ならば別世界の勇者が昂の命を狙っているのなら、まずは昂に伝えるべきではないか。


「そうだけどぉ⋯⋯私、ちょっと昂君は苦手だから…」


そうか、そういえばヤツハは昂君を苦手だったんだっけ。前の勇者にはすごく親しく接していたけど、何か昂君には思うところがあるのかもね。


ヤツハが、ナツキに対してアリシアのことを相談したいと打ち明けたのが昨日。邂逅して、10日目の今日まで話を誰にもしてこなかったということは、ヤツハなりに公表すべきか、相談すべきかの葛藤があったのだろう。


「分かったよ。だけど内容は昂君だけじゃなくて、私たち全員に関わる話だから、私も同席するから直接話そ」


穏やかに話すナツキの顔を見て、仕方ないと感じたのかヤツハは頷いた。


「それにしても嘘を見抜くね…ヤツハは勇者の居場所はどこだって聞かれなかったの?」


「⋯⋯」


性格はアレだが、きっと抜け目ない洞察力を持つ相手だ。当然勇者に対する質問はするだろう。しかし、先程の話ではヤツハは勇者の所在について質問を受けたとは話さなかった。そこがナツキの引っかかる所でもあった。


「えっと⋯⋯聞かれたけど、なんとか誤魔化せたよぉ」


ヤツハの返答が歯切れが悪いことはすぐに気づいた。しかし、それでは嘘を見抜くと言った勇者の話と矛盾が生じる。

もしかして、ヤツハは相手の勇者と…

そこまで考えた所で、ヤツハはナツキの疑念を感じ取ったのか視線を落とすと口を開いた。


「あのね、ナツキちゃん。ごめんね、多分助かったのは私が私だけじゃないからだと思うの」


おや?

口調の変化にナツキは戸惑う。甘ったるいような後に響く語尾は鳴りを潜め、幾分落ち着いたヤツハの口調は初めて耳にするものだった。

まさか、日本で言うところの猫を被るってやつなの?あざといというか、ぶりっ子というか。ナツキは特にヤツハの口調を気にするわけではなかったが、人によったらその口調は不快とも捉えられるであろう。


「私⋯⋯、いや、私達の世界の人間は、この世界では実体を持って存在できないみたいなの。『因子(ファクター)』や『縛り(ルール)』が作用してなのか分からないけど、本当は幽霊やゴーストといった存在。⋯⋯あ、勿論、自分の世界では実体を持ってるよぉ。でも、この体はこの地球人の体。私の本当の体じゃないんだ」


今になって衝撃の事実だ。ナツキは驚いたが、それもあるかとすぐに考えを改めた。

外の世界は、自分の世界の定義では推し量れないとんでもない世界だ。この世界に集まっている『因子(ファクター)』持ちは、少なからず秘密や事情を抱えているものだからだ。


「私はこの、本来の体の持ち主の魂と融合した存在なんだ、この喋り方は、八葉の元々の喋り方。前の世界の私エイリーフは、暗殺を仕事としてたから⋯⋯意識すると、喋り方が変わってしまってるみたい。私自身余り自覚はないんだけどね」


「えーっと、ということはそこに本人の記憶は?」


どうにも腑に落ちないことがある。ヤツハ、いやエイリーフの言葉通りだとしたら、八葉とエイリーフが完全に融合したのであれば、そこから生まれてくる存在がヤツハであり、二人の記憶や経験が混ざりあった新たな存在になっているはずだ。しかし、ヤツハの喋り方や考えはエイリーフの部分だけが顕在化しており、そこに八葉という私の知らない女の子の存在は感じ取れない

これじゃあ、まるで⋯⋯


「ナツキちゃんは、エイリーフの魂が八葉の魂を取り込んだって思ってる?」


顔に出る癖は、スーパーの死体漁りのおじさんにも言われたけど悪い癖だ。そう自分を戒める。

ヤツハの顔は少し寂しげだった。


「私自身、なぜ八葉の声が聞こえないのか分からない。私達は、詳しくはナツキちゃんにも話せないけど、とある契約をして同意の元1つになったわ。この世界の『縛り(ルール)』にさらされるまで、まさか実体を持てないなんて知らなかったから」


そこから、更に声を落としてヤツハは続ける。


「八葉との約束の1つは、新しい存在、ヤツハになったら一緒に必ず幸せになること。暗殺者のエイリーフが幸せを望んじゃいけないって、エイリーフはどこかで思っているのに、思いっきり人を愛したい。好きな人と一緒にいたい!っていう気持ちはエイリーフが望んでいること?八葉が望んでいること?ヤツハになったといっても、そこに八葉の気持ちは流れ込んでこないもん⋯⋯これじゃあ、エイリーフが八葉を利用しただけにしかならないよ」


喋っていて辛さが込み上げて来たのだろう。最後はしゃくりあげる形になり、大粒の涙が粒となり、すじとなり、両の頬を駆け降りた。

その雰囲気を感じ取ったのか、周囲の客が居心地悪げにチラチラとナツキとヤツハを覗いてくる。


「これ」


ナツキはバックからハンカチを取り出すと、肩を震わせているヤツハにそっと差し出した。ヤツハはハンカチを受けとると、顔を覆った。


こんな時どんな声をかければいいのだろう。

隊長として様々な部下に声をかけたり、悩みや話を聞いてその気持ちに寄り添ったことはあった。でも、そこにはいつも疑問があった。隊員に声をかけた時、本当に彼、彼女らが求めていた答えを返せることができたのか。


『隊長、ありがとうございました』


かけてくれる声に対する分だけのことを与えてあげることができていたのか。

いや、本当は口だけじゃないんだ。きっと、みんな一人じゃ耐えきれないから、答えをもらいたがっているんじゃない。

本当に辛いときは、ただ側にいてほしいんだ。


ナツキは立ち上がると、そっと目の前のヤツハの席に移動すると、肩を震わせるヤツハの両肩にそっと手を置き抱き締めた。


「!?、──ッ」


ヤツハは突然肩を触れられたことに驚き、小さく肩を揺らした。

そのまま、顔を預けるようにヤツハはナツキの胸に顔を押し当て、声を殺して泣いた。


ただ、そのヤツハに対し気持ちを寄り添わせることはできていたが、泣いているヤツハを抱くナツキ自身は、思いの外冷静であった。

同情を抱き悲しくなるわけでもなく、共感して涙腺が緩むこともない。

どこか、客観的に物事を見る視点でナツキはヤツハを見ていた。

そう、理由はともあれ、混ざりきっていないと推測されるエイリーフと八葉の魂のお陰で、アリシアの質問をヤツハはかわすことができたのだろう。


そのおかげで、昂君の居場所は無事だった。

でも、安心はできない。もし、ナツキがアリシアに質問された場合、嘘がバレることは明確だ。私や昂君を狙っている組織とアリシアが仲間だとしたら?


そんな考えが巡り、ナツキはヤツハに対し可哀想と思う気持ちより、ヤツハのおかげで助かったという冷静な結果に対して考えは集中していた。

そして、ぼんやりと、こんな考えの私は誰かから心から心配してもらえるのだろうかと自虐的に考えていた。




暫くして、赤らめた目元を隠しながら、頭を下げるヤツハを見送ったナツキは、すっかり氷の溶けたアイスコーヒーを一口飲んだ。


薄っ


でも、あっさりとした味は私に似てるね。小さくため息をついてナツキは席を立ち上がる。昂君には自分だけで話をするよと、ヤツハに伝えたナツキは立ち上がる。


昂君には、もっとしっかりしてもらわないと本当に世界は滅びちゃうかもね。

胸に灯った焦燥がナツキの足を速めた。

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