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兄の決意、為すべきこと

勉は目の前で行われている惨劇に思わず顔を引きつらせていた。

妹が獅子奮迅の活躍をしているのはわかるのだが、なぜか一人の男がいきなり彼自身のことを剣で攻撃し始めたり、逃げ出そうとした男女が一切の動きを止めたり、最後に残った男は妹の放つ慈悲のない物理攻撃や魔法攻撃に遭って、四肢を失った挙句最後は絶叫して生き絶えている。


心臓に悪いというより、今まで見て来た中で、精神衛生上最悪の光景だった。

妹は生き生きとした表情でこちらに帰ってくる。まるでスポーツか何かをしてきた後のような満足げな表情である。その笑顔はさながらお宝を発見した子犬のようでさえあった。あの惨劇の後にしていい表情なのだろうか、という違和感を感じるが、それは頭の中で雲のようにぼやけたものになって、一体なんだかよくわからなくなってしまった。

この世界に来てからというもの、少々頭の回転が鈍くなったような、そんな印象を自分自身に持った。頭を打ったりしたのだろうか。

帰ってきた彩香の後ろに先ほどは動かなかった男女がついてきているのが見える。

どちらにも共通するのは、その顔に恍惚の表情を浮かべていることである。その目に光はなく、ただ単純に不気味だった。


「彩香、その人達は一体どうしたんだ……?」

「んー?これはね、お兄ちゃんへのプレゼントにいいかなって」

「プレゼント?」

「そ。お兄ちゃん、情報が欲しいとかなんとか言ってたでしょ?」

「いやまあ、確かにそれはそうだけど……」


それは確かに正しい判断と言えた。自分の中でごまかしていたとは言え、わからないことが多すぎる。妹は続けた。


「うん、だから、こいつらに知ってる情報吐かせようかな、って思って連れてきたんだ。『最上位魅了グレートチャーム』もちゃんとかけてあるから安心安全、『最上位魅了グレートチャーム』の効果もわかったしね。とりあえず聞きたいことがあったらなんでも言ってね!」

「ま、まあ、その前にとりあえず部屋に入った方が話をするのにも落ち着くんじゃないのか……?よくわからんけど……」

「捕虜の扱いってそういうものかなあ……?」


ちらとハノの方を見やれば、その青ざめた顔をこくこくと縦に振っている。これは同意と捉えていいのだろう。妹もそれを見て、「ふーん、それならまあ、そうしよっか」と言って同意した。

部屋の中にある先ほどのテーブルにハノと勉、彩香が腰掛ける。

先ほどとは違ってハノと勉は隣り合わせ、向かい側に妹が座り、その両脇を恍惚の表情を浮かべた男女が挟むように立っている。異様な光景ではあったが、妹のなぜだかよくわからない落ち着きぶりを見ているとこれも普通の光景に思えてきてしまった。

席に着き、落ち着いたところで隣にいたハノが口を開く。


「それでは、一つ質問させていただいてもよろしいでしょうか?」

「うん、いいよ」

「……実は、私には妹がいるのですが、数ヶ月前から姿を消してしまったのです。銀髪で、私が短く髪を切ってあげたばかりの、負けん気の強い女の子でした。森の中で香草を摘みに行って以来戻ってきていないのです……。彼女の行方について、何かご存知のところはございませんか?」

「ええ!?妹!?」


妹が驚いた声を上げているが、勉にとってもそれは驚きに違いなかった。いきなりそんな話をここでされるとは思ってもみなかったのだ。


「はい……アヤカさん達はこの近辺、さらには王国のことについてさえも全く存じ上げていないということでしたのであえて聞くことはしなかったのですが、王国の精鋭部隊の隊員、それもこの森で活動している者であれば何か知っているところはないかと……」

「なるほどね……」


でも、と、妹がうつむき気味に言う。


「もしこれからそういう大事なことがあったらさ、そういうのはちゃんと、言って欲しいな。まだ出会ったばっかりだけど、なんか、友達みたいなものじゃない?」


妹の声には少しばかりの寂しさがあった。


「友達……ありがとう、アヤカさん。私を、そのように捉えてくださっていたなんて……。とても、嬉しいです」


二人は見つめあい、少しながら気恥ずかしそうな表情をお互いに浮かべている。


「よーし、んじゃ、この人たちにハノの妹のこと、聞いてみるかな……『お前達は、銀髪の、髪の短いエルフの女の子を知っているか?』」

「知らぬ」

「知ってるわ」


二人とも表情は依然として変化がないが、女の方から気の抜けた声の回答が返ってくる。

ハノがそれを聞いた途端、驚いたように少し腰を浮かせ、質問した。


「そ、それは目が緑で、背はそれほど高くない、エルフでしたか!?」


切羽詰まったように問い詰めるハノ。妹はそれを受けて、また命令する。


「『彼女の質問に全て答えろ、女。男の方も、何か追加情報があるのであれば話せ』」

「その通りだったはずよ。私たちの部隊ではないけれど、風精霊シルフの加護を受けた第二部隊が最近そんな女エルフを捕まえた、大きな手柄だ、って自慢してたの。そのエルフを娼館に売り払った金で新しい魔法道具マジックアイテムを買ってたのを覚えてるわ」

「娼館……」


美人エルフは顔を歪ませている。

勉は、この世界の娼館というものは知らなかった。しかし勉の知る娼館という概念であるならば、妹がそこに売り払われたという事実を伝えられたその心境は容易に想像することができた。

もし仮に彩香がそんな目にあっていたとしたら、ということを考えただけで不快な気分になる。まして選民意識が根付いている他種族を排斥するような王国、という情報である。それを考えると、その扱いの過酷さは想像を絶するものかもしれない。


「……それは、どこにある娼館ですか?」

「詳しい場所はわからないわ」


「それであればおそらく、城下町にある『グイ・ギネカ』という娼館、貴族たちの間では『エルフの娼館』と呼ばれている娼館であろう」


やや堅苦しい口調のアサシン男が、妹の命令通り口を開いた。


「我が部隊の隊長、インフィガールは、ゲンス副隊長と共にそのような話をしていたはずだ。盗み聞きという訳ではないが、生まれつき耳が良いものでな」

「エルフの娼館……もしかして、私の一族は、多くがそこに囚われているということですか・・・?」

「基本的にあの娼館が、このナダ大森林産のエルフ関連では牛耳っているらしい。他の種族の顔の整った女はまた別の娼館、ということになる」


(こいつ、何でも知ってるな……)

勉はかなり驚いていた。

(盗み聞きで情報知りすぎだろ……。そもそも隊長と副隊長とやらは一体何を話してるんだ……)

ただそれも、仲間の信頼関係のため、ということではないかと思い直す。秘密の共有は仲間意識を生むことになるだろうし、これもある種の秘密の共有、という形なのかもしれない。


「でも、そうですか、城下町……」

「どしたの、ハノ?」

「先ほど話したように、現在王国の町には人間種以外入ることができません。もし入ろうとすれば、王国を警備する強力な兵士たちによって捉えられてしまいます。現に、薬を売りに行こうとして城下町に入ろうとしたエルフが捕らえられて戻ってこなかった、という話も、命からがら逃げ帰って来たエルフから聞いたことがありますし……」

「でも、私なら多分、さっきの戦闘の感覚からしてその警備兵とやらも余裕で殺せるよ?」

「……いえ、ですが、アヤカさんには……その……友達、として、人を殺して欲しくはないのです」

「え?」

「人を殺すというのは、その、精神的にも大きな負担であるはず……。アヤカさんにそんな大きな負担を背負ってほしくはないのです」


妹はキョトンとしているが、エルフの意見には勉も賛成だった。


なぜなら彼女は、人を二人も殺したというのに、何も感じていないようだったからだ。


確かに彼らはエルフに対して非道なことをして来ただろう。だが、それでもその原因は一体何かといえば、話を聞く限り、一部の人間の選民思想だ。ここを襲おうとした彼らが悪くないとは言わないが、それでも妹の行なった行為は褒められうるものではない。


色々と理屈をつけた勉ではあったが、その思いはもっと単純化することができる。


怖かったのだ。


妹が、取り返しのつかないことをしてしまいそうで。

二度と帰ってこれない所へ行ってしまいそうで。

俺の知っている妹が、全く何か、別のものになってしまいそうで。


そして、そうなった時、果たして自分はどうなるのだろう。


あの惨劇の中、妹の表情は、きっと明るいものだったのだ。それは帰って来た時の表情を見てもわかる。だからこそ、妹には戦ってほしくはなかった。

妹の中に残虐性があるのは、最近知ったことではない。

両親の不仲、そして離婚間際になると、彩香への暴力行為も、勉より学校から帰ってくるのが早い妹には行われるようになっていた。それは様々な意味で肉体的な暴力だったのだと、二人きりの時、ポツリ、と聞かされた。

そんな妹は母がいなくなって、今まで溜まっていた妹の残虐性がだんだんと表面に現れるようになった。

妹は学校に行かなくなると、ある遊びをするようになる。

それは、大量の人形を買い込んでは、それを一体一体、ナイフを使って四肢を切り落としたり、のこぎりで首を切り落としたり、あるいは手で引きちぎり、あるいは火で燃やしたりする、というものである。

彼女の部屋は大量の人形の残骸で埋め尽くされていたのだ。その中心で、一心不乱に人形を壊している虚ろな目をした少女。妹の部屋を開けた瞬間の、あの不気味な光景は今でも鮮明に思い出せる。

このまま行けば、取り返しのつかないことになるかもしれない。そう思った勉は妹に、なるべくストレスの発散になりそうなオンラインゲームを、ネットで色々とレビューを見て回り、買い与えた。オンラインゲームを選んだのは、妹にどんな形であれコミュニケーションを取ってもらいたかったからでもある。

それが功を奏し、妹はだんだんとオンラインゲームにハマって行った。

やがて彼女は自分なりに気に入ったゲームを買ったのが、彼女のハマっている『レヴェナント・オンライン』なのである。

残虐性をゲームという行為で抑えていたことはきっと事実だろう。妹は、ギリギリの、崖の淵に立っているような状態だった。


それが先ほどの戦闘で水の泡だ。



「でも、私、別に、全然負担じゃないよ?むしろスカッとして楽しいくらいだし……ふふっ……」


これ以上は許せない。こんな発言を聞けば、もう彼女に戦わせる気にはならなかった。


なら、兄として、責任を負うべきなのだ。

妹が進んでしまいそうになった道は、何度も勉が塞いで来た。

なら今回だって、勉が責任を持って塞ぐべきだろう。

これは自己満足の類なのかもしれないが、妹だけは、せめて人らしく生きて欲しかった。妹をゲームという形でしか救えない、情けない兄としてのせめてもの罪滅ぼしだ。

未だに、こんな弱い分際で何ができるか、具体的なことはてんでわからなかったが、妹に言う。


「ふざけるな、彩香」

「……え?」


いきなりの強い口調に戸惑ったのであろう妹が驚いたようにこちらを向く。


「人を殺しておいて楽しいだと?ふざけたことを言うなよ」

「……なんで?……そもそもあの場面を切り抜けられたのは私のおかげだし……それに」


薄く笑った妹が言う。


「見たでしょ?あの醜い豚みたいな男が私に剣を振り下ろしたんだよ?もしかしたら私も殺されてたかもしれなかったし、正当防衛だよ!!何も悪くないじゃん!」

「あれは過剰防衛だ。殺す必要はなかったはずだ」

「だったらお兄ちゃんに何ができるって言うの!?いきなり攻撃してくるような奴らだよ!?向こうだって明確な殺意があったわけだし、なんで殺しちゃいけないの!?それにこの二人は生きたまま捕らえたんだよ!?」

「そこだよ」

「え?」

「生きたまま捕らえる術を持ちながら、なぜお前は残りの二人を殺した?あれは本当に必要な殺害だったのか?」

「……それは、情報が欲しいからで……」

「人を殺さなければ手に入らない情報ってなんだ?」

「魔法の威力とか……あ、と、あとは、この世界に来てから気づいたことなんだけど、魔法を使おうとすると大体どんな効果を与えられるかわかるってことに気づいて……」

「使おうとすれば、って言ったよな。ってことは使わなくてもいいんだろ?」

「そう、だった、かも……」


一呼吸置いて、勉は言う。


「なあ彩香。俺もハノと同意見なんだ。俺はお前にあんなことはして欲しくないんだよ」

「なんで……?」

「嫌なんだ。うまく説明できないけど、彩香があんなことをするのを見るのは」

「別に、何しようと私の勝手じゃん。それに今回に至っては私がいなかったら、皆殺されてたかもしれないでしょ。褒められこそすれなんで私が責められてるのかわかんないや」

「……いや、助けてくれたことは本当に感謝してるんだ。それはきっとハノも一緒だろ?」

「はい。アヤカさんがいなければ私は今頃、殺されるか、捕らえられて娼館に送られるか、そういった未来しかありませんでしたから……」

「なら、なんで……」

「わからないなら、それでもいい。だが、お前の兄である俺と、お前の友達であるハノが、お前にもうこれ以上、あんなことをしないで欲しい、そう言ってるんだ。それにな、彩香のその強さがあったとしても、万が一っていうこともないわけじゃない。そんな危険な目にお前を遭わせたくはないんだよ」


妹はまだ不服そうな顔をしている。だが、勉とハノの真剣な表情を見たのだろう。

しばらくの間を置いて、その黒色の前髪に表情を隠すよう俯いた彼女が、小さく呟く。


「……そっか……わかった」


表情は伺えない。どんな表情をしているのか、想像することもできなかった。


そんな妹を見て、勉も決意が固まる。


妹に、人を殺させてはいけない。

この絶対条件のもと、兄として為すべきことを考える。

妹の強さがなければ、この危機を脱することはできなかった。

そう考えると今後の課題は決まってくる。

いや、もうずっと、この世界に来る前から、これは勉の課題であったのだ。


まず、妹のようにはなれずとも、レベル、というものをあげて強くなること。

そして、もし必要に駆られた時、妹に殺人という役割を与えないこと。

この世界で、妹の次に強くなる。

そう、殺しが必要であれば勉がやればいいのだ。


妹には、殺させない。


それが、朝比奈あさひな つとむの、朝比奈あさひな 彩香あやかの兄として、為すべきことだ。

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