インフィガール
一万字を超えていたので分割させていただきました・・・
インフィガールは、思わぬ出来事にほくそ笑んでいた。
彼は、この時間、この場所で、隊長として活動している自分の幸運を噛みしめる。
王国直属、四つの秘密部隊、その中の一つである火精霊の加護を受けた第一部隊の隊長として配属されたインフィガールは、補助アイテムとして、太古の火精霊が遺したとされる聖遺物を貸与されている。
真っ赤に輝くその鉱石の中心には、心臓のように規則正しく薄ぼんやりとした明かりが点滅し、インフィガールの体温よりわずかに高い温度を保ち続けていた。
これは彼の爆発魔法の効果を最大限まで高めてくれるアイテムであり、これを持っているだけでMPも消費しなければ、効果範囲も拡大、与えるダメージも増加するという、まさに聖遺物の名にふさわしいアイテムだった。
こうした聖遺物は、今なお最強と謳われている、王国から山を挟んだところに位置している魔法都市との間で秘密裏に手に入れられたものであり、その価値はインフィガールとて測り知ることはできなかった。
ただ、これを持って国を逃げ、どこか遠い地で売り払ったのであれば、きっと彼は大富豪になっていただろう、ということだけは確かである。
そうしないのは、彼の、王国に対する忠誠心の高さの現れなのだ。
スラム街で飢えと病気に苦しんでいた5歳のインフィガールを、魔法の才能がある、ということで一気に王の直属部隊まで引き抜いてくれた、たまたまスラム街に来ていたという、王国軍の大魔法使いレーラーと、スラム街の子供を、王の直属部隊とすることに反対した王をなんとか言いくるめてインフィガールの立場を守ってくれた兵士長のオルコスは自身の命以上の価値のある人物だと思っている。インフィガールは背丈こそ小さいが、その魔法に対する才能は、彼の年齢にしてはかなり優れているといって差し支えなかった。
齢にして17歳。秘密部隊の中でも最年少であり、その将来性は皆に有望視されている。
現に史上最年少での第六級魔法の到達という偉業を成し遂げた彼は、彼自身、魔法に対する才能を自負している。いずれはレーラーを超える大魔法使いになるのだ、ということも密かな彼の夢である。
青年の夢はそれにとどまることはない。
この世の中の美しい女性を何人も味わうことはまた、青年である彼にとっての重大な夢だった。
王国きっての実力者である彼は、スラム街からの出身としては異例の、ほとんど貴族と同等の立ち位置を与えられている。
そのためか生粋の貴族からは良い顔をされないものの王国内では確固たる地位がある。
個室を与えられている彼は、その部屋に城下町から連れてきた美しい女性を何人も侍らせているのだが、それでもやはり欲望はとどまることを知らなかった。
そんな中、王国の中でもかなり地位の高い貴族の、その隠された娯楽を知ったのはつい最近のことである。
それは、18年前、この森の大侵攻を行った時に捉えたエルフを性的に楽しむ、というものだった。
エルフの娼館に収容されたエルフは、どれも皆顔立ちの良い個体ばかりである。
そんなエルフとの性行為は、彼の能力と、地位があれば可能だった。
王城からやや離れた場所に位置する娼館、貴族の間では通称エルフの娼館と呼ばれる娼館は、一見するとただの娼館なのだが、暗号となる数字を受付で言うと地下に通され、そこで美しいエルフを楽しめるという仕組みだった。
彼は、ちらりとこの話を口にしていた貴族に魅了魔法を使ってその詳細を吐かせ、この情報と暗号を手にいれた。
娼館で暗号を唱え、意気揚々と地下に行き、エルフを楽しもうとしていた彼だが、どのエルフも皆元気が無く、サービス精神に欠けるものであることを知り失望する。
それもそのはずだった。
最も古いものはそれこそ18年前に捉えたエルフだったため、長年の使用のせいか皆人形のようになっており、反応も小さい。
反抗してくれればまだ楽しめるものを、という不満を抱えたのは事実である。
しかしながら、どのエルフも若さ、そして美貌という点では劣るものはいなかった。そういった意味ではエルフという種族の有用性を改めて認識したものである。
しばらく通ううちに出会ったのが、つい最近捉えたという、まだ誰も味わっていないエルフだった。
牢獄の中の鎖に繋がれ、必死に抵抗しようとするエルフは、嗜虐心をそそることこの上ない。銀色の短髪は乱れ、澄んだ緑の宝石のような目には涙を浮かべている。肉親を殺されたかのような憎悪のこもった視線を向けていた。手枷と足枷の部分には赤黒い痣ができている。そのエルフは、若々しい女の汗のかぐわしい香りを部屋中に漂わせていた。
インフィガールの中に、もう我慢という言葉はなかった。
泣き叫ぶエルフのその美貌を、何度も思い切り殴りつけ、無抵抗になった全裸のそれを犯す。
そして彼は気づいたのだ。
劣等種を、意のままに、自分の性処理の道具にする快感に。
抵抗の意思ある者を、絶望の中へと叩き落とす快感に。
そして、自身の中にある残虐性が、密接に性的快感と関係しているという事実に。
そんな彼は秘密部隊の中でも、違った意味でエルフを求めていた。
彼の今やりたいこと。
それは自分で生きのいいエルフを捉え、それを自身の好みにあった、インフィガールだけの性処理の道具にすることである。
そうした中で、目の前に、防御の薄そうな木造の家があるという状況が訪れたことは、やはり幸運だと言わざるを得ない。
このナダ大森林にある木造の家など、エルフの家以外に考えられないのだから。
というのも、エルフは魔法を使い、人間を毛嫌いして攻撃する危険な種族だという共通認識は民衆をこの地に向かわせることはないし、そもそもこの森で取れる食材も少なければ特産品といったものもない。
木材であればわざわざ危険なエルフが住処にしているナダ大森林でなく、王都からも近く、食料も豊富で、おだやかな動物系モンスターが住んでいるエユ森林にすればいいのだ。
ただ、この森でエルフが暮らしているというのは、長いエルフ討伐の歴史の中においてはもはや珍しいくらいだった。あらかたのエルフは狩り尽くし、今や残すところわずか、という報告もされていた。
大魔法使いレーラーは、彼女にとっては簡単な情報系魔法の行使によって、この森の、今インフィガールがいるあたりに建造物らしき反応があるということまでつかめていたらしい。
それを知らされていたインフィガールだったが、その予測はやや大まかなものであり、エルフの隠れ家が見つかるかどうかは運次第、といったところだった。
エルフは幻覚魔法に優れていて、その幻覚魔法を打ち破るのは難しい。
インフィガールにとってもそれは同様で、幻覚魔法だけなら純粋にエルフの方が上である、という意味でエルフは危険な存在であった。
おそらくこの王国でエルフの幻覚魔法を見破ることができるのは、様々な幸運が重なることを条件として、レーラーか、それに近い実力者数人———その中にはインフィガールもギリギリ含まれていた———だけだろう。
おかげで、18年という長い期間、ずっとナダ大森林のエルフ討伐という仕事はなくならなかったということらしい。
隠れ家を見つけた興奮は隣にいる副隊長にも伝わったのだろう。
中年の太った男———ゲンスは、その脂ぎった、豚のような醜い顔に興奮の表情を浮かべている。
「オヒョッ!こりゃあ隊長、エルフの家に間違いありやせんぜ」
スラム街で嗅いだような汚物の匂いを口から漂わせる彼にかなりの嫌悪感を抱きながら、インフィガールは答える。
「うるっせえなあ。んなこたわかってんだよ」
あまりの不潔感に多少の苛立ちが混じる。
この少ししゃがれた声は、スラム街での闘争に依るところが大きい。
「へいへい、左様でござんすか」
「それよりゲンス、てめえ、中にいるエルフが女だったら手ェ出すんじゃねえぞ」
「わかってまさあ、隊長」
インフィガールの口の汚さは同僚と比較しても以上であるとは自覚しているが、それでも仕事の時はこの口調の方が慣れていて、仕事の効率化という意味でも口調はそのままにしている。
ゲンスという男の口調はまるで山賊か何かのようだが、その通りである。
彼は冒険者枠で部隊に配属された男で、冒険者になる前は本当に山賊をやっていたということだ。
彼曰く、「山賊なんかやるより、今の俺の強さに物言わせて冒険者になった方が金に困んねえし、待遇もいいんすよ!」ということだった。
鉄製の簡易鎧が体の各所にあるが、動きやすいように基本的には皮装備を好んでいるらしい。薄汚いもののしっかりと磨き込まれた、所々に傷のある皮装備は彼の実力をうかがわせる。
彼の武器は直剣と片手斧で、状況に応じて使い分けるそうだ。
戦士職ではないインフィガールにとっては詳細はわからないが、それでもこの秘密部隊に選抜される彼の実力は確かである。
道中、インフィガール率いる一行———といっても彼らを含めて4人であるが———は数体の夜行性モンスターに遭遇したが、全て彼の直剣の前に一刀両断され、インフィガールの出番はなかった。
———頼もしいものだ。
そんな彼はインフィガールと一つの契約をしている。
それは、エルフが見つかったらそれをインフィガールのものとする、そのための手伝いをさせること。
代わりに、女の美しい性奴隷を何人か無償で手渡すことがその対価であった。
美しい女性の性奴隷は、あまりお目にかかることはできないためそのぶん高額な値がついているが、それもインフィガールにとっては些細な問題でしかなかった。
すでに販売主との友好関係の構築は成功しており、お得意様となっている彼は、基本的にいつでも美しい女の性奴隷を用意することができるし、金銭を支払う財力もあるのである。
そわそわしたようにゲンスがいう。
「・・・とりあえず、ドア、ありやすけど、どうします?ノックしてきやしょうか?」
「・・・いや、んな悠長なことしてられっか。ここは俺がやる」
そういうや否や、インフィガールは爆発魔法の構えに入る。
爆発魔法を無詠唱化することで威力を弱め、このエルフの家に放った。
インフィガールの伸ばした手の先から幾何学模様の、円形の小さな魔法陣が、赤い光とともに浮かび上がる。
次の瞬間、家の玄関脇、壁となった部分に閃光が走ったかと思うと、心臓に響くような爆発音を出す小爆発が壁の上で起こり、爆風に伴って煙が上がった。
威力を抑えたとはいえ、聖遺物の力もある。
思いがけない高威力を見て家とその中にいるであろうエルフの安否に少々不安を感じるも、煙の中から見える、焦げ付いた壁が月明かりに照らされているのを見て安心する。
「家が壊れちまうかと思ったぜ」
「ちょっと!何やってんすか隊長!」
「ああ?うるせえな、見りゃわかんだろ。家の中にいる劣等種にお出ましいただくんだよ。ちったあビビってもらって、降参してくれりゃ儲けもんだ。劣等種に傷がつかずに済むだろうが。ああ、もちろん男とか、女でも顔面崩壊してりゃ殺すけどな」
「おっかねえすね」
「ったりめえだろ。それよか他の仲間にこの家包囲しとくよう伝えろ」
「ああ、それなら問題ありやせん。この家を発見した瞬間から奴らは家の周りに散開していきやしたから」
「そうか、頼もしいな、お前の選んだ仲間、っつーのは」
「へへ、山賊やってた時からのダチですからね。連携も密ってやつですよ」
インフィガールは王国にエルフの件に感づかれないよう、自身の仲間にはゲンスが選んだ信頼の置ける仲間を選んでいた。
それにしても、だ。
「・・・反応なし、か。もう一発打ち込んでやるか?」
「ちょっと待ってくだせえ。どうやらお出ましのようでっせ」
ドスドス、という足音の後に、勢いよく扉が開かれる音。
そこには、一人の妖艶な美少女がいた。
黒髪というのはこのあたりの人間ではないことの証明であろうが、一体どうしてこんなところに人間がいるのか不思議だった。
そんな疑問を、隣にいるゲンスが解説してくれる。
「おいおい、なんだってこんなところにサキュバスなんて・・・」
「ああ?サキュバス?あれは人間じゃないってのか?」
「その通りでっせ。よく見てくだせえ、あのケツから生えてる尻尾」
「・・・本当じゃねえか。すなわちあれもまた劣等種っつーわけだ」
「・・・にしても、可愛いっすね」
「それには同感だな」
「あれ、捕まえたら俺にくれやせんかね、隊長」
「ま、考えてやるよ」
二人して薄くニヤニヤと笑っていると、いつの間にか周囲に散開していたはずの二人の仲間が戻ってくる。
そのうちの一人、盗賊職のツンスという男が報告した。
「裏手にあった非常用脱出口と思われる箇所は塞いだ。敵は正面からしか出てくることはできないはずだ。安心して正面から戦ってほしい。適宜サポートを入れるが、掛け声は訓練通りだ」
「ああ、わかったっつの」
それじゃ、といってインフィガールは一歩前に踏み出し目の前のサキュバスに声をかける。
「おい劣等種さんよ、てめえはなんだってこんなとこにいやがんだ?てめえも他のエルフみたいに俺の玩具になりてえって言うんなら考えやるぜ?」
クスクス、と、後ろの方から仲間の笑い声が聞こえる。
それももっともな話で、夢魔という種族は基本的に弱い種族として知られているからだ。
気をつけるのは夢魔が種族として持つ『魅了』くらいのものだし、魔法も第九級が限界。どう考えても彼らの有利は揺らがなかった。
そう、彼女がレベル250というレベルによって、単なる「夢魔」ではなくなり、「蘇りし夢魔の大魔法使い」という固有種へと進化してさえいなかったのなら———