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爆発魔法

「とは言ったもののなあ・・・」

いつのまにかあのビキニのような鎧から、簡素な、黒いワンピースに着替えている妹が珍しくぼやいた。

勉も先ほどの、どこぞの部族かわからないような上裸の服装から一転して、革でできた高級そうな焦げ茶色のコートの下に、黒いシャツ、ベージュのズボンを彩香から貸与してもらった。男性も女性も両方着れる服があったのを思い出したらしい。ようやくまともな服装に落ち着けたことに感謝する。

エルフの森の家、その二階にある部屋に勉たちはいる。ハノがいつも寝ている部屋であるらしい。それを彼女のご意向で貸してもらっていた。

やたらと広い寝室に、なぜか相当大きなダブルベットが置いてある。いや、これをクイーンベッドと言うのだろうか。実物を見たことがない勉にとって、一体どんなサイズのベッドなのかは詳しくわからなかった。

周りを見渡せば家具が几帳面に配備されていて、どこか気品溢れる、高貴な部屋のようにも思える。

こんな家を一人で使うというのも寂しいものだろう。

そんな彼女は今、夕飯を作っている最中である。

本来であればここらでおいとまさせていただかなくてはならないのだが、何せこの世界のことがまだ全くと言っていいほどにわからないこの状況下において、夜間、暗闇の中行動するというのは非常に危険な行為である、というエルフの意見を採用して、現在はお言葉に甘えさせていただいているということである。

しかし彼女の好意とはいえ、どこか心に負担がかかるのは日本人としての性なのだろうか。

彼女の境遇を鑑みれば、来客がある、ということ自体失われた概念に近いことだ。俺たちがここに来るまでは、来客というのは、きっと王国の送り込む精鋭部隊を主に意味していた。仲間がいなくなる中、日々孤独を感じていた彼女にとっては思いがけない幸運、ということになるのかもしれない。

ただ同じように彼女の境遇を鑑みれば、朝比奈あさひな つとむという人間種がいるということが苦痛になりはしないか、そう思って俺はハノに尋ねてみたのだが、あっさりと否定された。もともと彼女は人間と友好関係を築きたいという想いがあったらしい。残虐な行為をする人間も、かつては友好的に共存していた存在。そうであるならば、彼らが今他種族を排斥するその理由は、全てそう言った政策を推し進めてきた一部の人間の間違った選民思想によるものだ。全てを毛嫌いしていては友好関係など築けない。そういう考えがあるからこそ、彼女は人間と同様には、他種族を排斥したりはしないのだと言っていた。

そんなハノに勉は、自分たちがこの世界ではないところから来たのかもしれない、と言う、普通であればきっと全く信じてもらえないであろうことを言ってみたのだが、経緯を話すにつれ、それは大変だったでしょう、と言う、悲しい表情とともに勉たちを労ってくれた。彼女はこの話に胡散臭さを感じるどころか、夕食を作るから、私にはそれぐらいしかできないが、もてなさせてくれ、と言って、今夕食を作っていると言うわけだった。


(まるで聖人じゃないか……)


エルフという種族はこういう考えが一般的なのだろうか。ただ、勉にはそう思えなかった。きっと彼女だからこそ、ここまで強い意志を持っていられるのだろう、そう思わせる何かが彼女にはある。

妹も彼女に質問していた。魔法の話など、詳しいことはわからなかったが、この邸宅の敷地に侵入した時、妹が「ミスった」と感じたのは、ハノの感知魔法と行動阻害魔法によるもので、攻撃を恐れたハノが毎朝掛け直している魔法らしい。

便利だ。

セキュリティーシステム、ひいては勉の暮らしていた世界のテクノロジーなど、魔法の前では煩雑で、幼稚なものでしかないように思える。どこかもの寂しい気持ちが心の中に芽生えた。

この世界でもプログラミングの知識が役立つ時が来ないかなあ、という感想を抱いた途端、もはやこの数時間ですっかりこの異常な環境に慣れてしまった自分の環境適応能力に少しばかり驚き、苦笑する。

人間、すごい。

偏差値の低そうな感想が頭をよぎるのは、階下から微かに聞こえる鼻歌と共に漂うクリームシチューのような匂いのせいでもある。空腹は思考の敵であるのだ。

ぐう、という腹から響く間抜けな音を誤魔化すように咳払いし、夕食までのしばしの時間を潰すため、妹に疑問を投げかけた。

「あれだけ大見得切ってたんだから何か王を倒す策があるのかと思ってたんだが、違うのか?」

「んー……あの時は『王様なんてぶっ殺してやるー!』とか感情に任せてとっさに言っちゃったけどさ、まだ具体的な話とか全然聞いてないからわからないことも多いし……」

「わからないことといえば、なんでお前、家に入ったときむすっとしてたわけ?やっぱりあの美貌は嫉妬の対象になりうるのか?というか初対面の人に対して失礼とか思わないのか?そもそもお前はだな……」

「うるさい、クソザコお兄ちゃん。『森妖精フォレストエルフ魔導士メイジ』なんて、私がやってたゲーム内じゃ敵キャラだったわけだよ!?警戒しないなんて甘い考え、クソザコお兄ちゃんがいる限り無理だね。もし私だけだったならあそこまで警戒してないよ。お兄ちゃんを守る健気な妹という図式がお兄ちゃんにはわからないわけ?これだからクソザコお兄ちゃんって呼ばれるんだよ」

「お前そんなに毒舌だったっけ……。しかし、なるほど、あれは警戒の表情だったんだな」

「まあでも、あの話を聞いちゃったらさ、やっぱりなんか、かわいそうじゃん」


悲しげな表情を浮かべる妹。あの話は、やはり衝撃的だったのだろう。

家庭環境に不和を抱えていたとはいえ、目の前でエルフが惨たらしく殺されていくという経験はしたことのない妹である。


「だから途中からは失礼な態度だったなって反省して、きちんと話をきいたの。わかるかな、クソ兄」

「省略にしても口が悪すぎるだろ!?」

「ん、ごめんね、お兄たま」


と、急に妹の目が妖しく光る。

その瞬間、頭のどこかで、きゅうん、という効果音が聞こえた気がした。


「よーしよし、いい子だ、それでいい、そうやって乙女らしく可愛らしく育っていってくれ。好きだ、いや大好きだ、愛してる。俺と結婚してくれないか。一晩だけの関係でもいい。お前に一目惚れしたんだ」


本当は良くないのだろうが、妹がいきなり過激な発言をしたため気が動転してしまったのだろう。

いや。

なぜだ。後半の方の発言はほとんど無意識だったのである。と言うよりは、意識とは無関係に発言したとしか思えない。

それにしても結婚はまずいんじゃないか。いや、一夜限りの関係というのも相当まずいだろう。しかしそれはそれで……。

そうじゃなくて。

なぜだか目の前にいる妹が急に可愛らしく、それに少しばかりそういう興奮を誘うような存在に見えて来る。


……おかしい。


普段であればこんなことはないのである。確かに、年頃の妹と二人暮らし、勉も年頃の男子高校生である。風呂場で流れる水の音というものには興奮を隠しきれないことはままあるものの、こんな舐め腐った呼ばれ方をしてときめく理由が見当たらない。


「え、あ、その、んっと、私たちは兄妹な訳……っでえっと、あ、でも私いま夢魔サキュバスになってて、あれ、ってことはその、血は繋がってなくて、あれ?あれ?」


珍しく妹がたじろいでいる。その姿は、端的に言えば非常にかわいらしかった。彩香のこんな反応は初めてではないだろうか。新しい可能性を発見したことに感動し、咽び泣こうかというところでーーー


「はっ!!」


ーーーと、勉は勢いよく顔を上げる。


先ほどまで上気していた妹の顔を見れば、今もまだほのかに赤い。

(こいつ、こんな反応するんだ……)

勉のこの感想は純粋な感情に起因するものだった。先ほどまでの、何かに取り憑かれたかのような感覚とは違う。

では、先ほどの現象は一体なんだったのであろう。思い当たる原因の一つは、目の前の彩香こいつだ。彼女の発言を聞いてからなぜか急におかしくなった気がする。

「……彩香、お前、俺になんかした?」

「へっ!?……いやしてないしてない!ぜんっぜん!何にもしてないから!」

「したんだ……」


我が妹ながら、なぜここまで反応がアホになれるのか不思議に思った。

そういうところは純粋に可愛らしいのだが。


「で、何したんだ」

「えー……」

「ほら、情報共有は大事だろ。俺が次こういう状態になった時、俺だけで対処できるかもしれないし、何か知ってることとかあったら言ってほしい。怒らないから」


こういう場合、大抵怒られるものである。妹もそう思っているのだろう。渋りながら、しかしやがて口を開く。


「……んーとね、今お兄ちゃんに使ったのは『魅了チャーム』っていう技で、夢魔サキュバスっていう種族はMPの消費なく使える固有こゆう特技スキルなんだよね。種族を問わず、一定レベル以下の相手を魅了できる。ああえっと、魅了っていうのは、さっきの状態みたいになることで……」

「ということは、さっきお前は俺にその技を使ってみた、と」

「そういうこと……かな?」


しおらしい態度を作る妹。

だが、このバカを叱る気には全くならなかった。


「わかった、ありがとう。ちなみにそれ、対策とかはできないのか?」

「うわ、意外にもお兄ちゃんがすんなり受け流してくれるなんて」

「意外だったとは失礼な。そもそもこう言った情報の少ない状況下で色々、死なない程度に検証実験を行なってみることは別に悪いことじゃないだろ?さっきのもまた実験の一環だったみたいだし、それに大して重大な被害は出さない、っていう考えがあってこそ実行したことだろ。それを責める気には一切ならないな」

「うん……お兄ちゃんに『上位魅了ハイチャーム』とかさらに上の『最上位魅了グレートチャーム』とか使ったらどうなることかわかったもんじゃないよ……使ってみないとわかんないけど……。それに、さっきよりすごい言葉聞いたら、なんかその、私が危ないし……」


後半の方はボソボソとして聞き取れなかったので、聞き流す。


「ごほん。それで『魅了』の対策法なんだけどねお兄ちゃん」

「あるのか?」

「あるにはあるんだけど、正直レベル1でサキュバスの『魅了』に対抗できるなんて話、聞いたことがないよ。だから、もしそういう特殊スキルをお兄ちゃんが持ってたら『魅了』は効かなかっただろうし、そういう検証でもあったんだよね」

「なるほど……」


やはりレベル1、というのは危険な状態なのだろう。この世界にはサキュバスという種族がいる。だが、遠くの地に暮らしているのだ、という情報を先ほどのいくつかの質問の中でハノから聞いていた勉だが、妹の話ぶりからするに『魅了』を使えるのは何もサキュバスだけではないのだろう。そうすると簡単に先ほどの状態に陥ってしまう。それは非常に危険なことに思えた。

それに、レベル1という状態では身体能力が著しく乏しい。妹のおふざけエルボーを食らった時でさえ、骨がひどくたわみ、折れそうになる程なのだ。日常生活に支障をきたすレベルとさえ言えるだろう。


「……なあ」

「ん?どしたの」

「お前のいう、そのレベルっていうのは、どうやったら上がるんだ?」

「……この世界のことはまだわからないけど、私のやってたゲームを参考にするなら、自分のレベルに対して、ある一定以上の強さのモンスターを倒すことで経験値が手に入って、それが一定値までたまるとレベルアップ。それと、相手がめちゃくちゃ強い場合、ダメージを与えただけでも稼げる時もあるし、あとはダンジョンにすっごいたまに出現する、経験値のお宝モンスターを倒しても手に入るね。最近追加された『支配者の迷宮』、で新たに追加されたモンスターなんだけどね。高レベル帯のレベル上げ救済措置、みたいな感じなのかな。運営の意図はよくわからなかったけど。そういえばそのダンジョン、攻略途中でこの世界に来ちゃったんだよね。『迷宮ダンジョン創造主マスター』っていう機械仕掛けのモンスターがボスに君臨する超高難易度ダンジョンで、レベル250ある私でさえ、同レベル帯の精鋭達と綿密な作戦を練って、クエストを進めないと進むことすら出来なかったんだよ。雑魚キャラ地帯のモンスターでさえ一発でかなりのHPを持っていかれる上に、めちゃくちゃ複雑なギミック、あれクリアするのは結構時間かかるだろうなあ……まだ『迷宮の創造主』のとこまでたどり着いてすらいないし……」


後半からはほとんど早口で何を言っているかよくわからなかったが、おそらく妹がこう言っているときは何かすごいときなのだろう、と勝手に思って勉はこれも聞き流す。

ただ、

(『迷宮の創造主』……きっとかっこいい姿をしているんだろうな……)

という感想を抱いたのは事実だ。


「なるほど、レベルを上げるにはモンスターを倒せばいい、と、そういうことだな」

「うん。もしくは、うーん、私と訓練する、とか?」

「……なるほど、高レベルのお前に一発でもダメージが入ればそれだけで経験値になるわけか」

「うん、ただ、この世界のパーティの概念がわからないんだけど、味方って攻撃できないことになってたんだよ、私のやってたゲーム。もちろん対人戦も頻発してたけど、現在パーティの仲間に対しては攻撃できなかった」

「絶対ダメージは食らってるぞ。あのエルボーですら骨がたわむ感じがしたし、それに森の中でお前に蹴り飛ばされた時、めちゃくちゃ痛かった」

「そっか。っていうことはこの世界に味方は攻撃できないっている法則はないのかもしれないね。でもお兄ちゃん、レベル1の攻撃を受けてダメージを負う自身がないなあ」

「さいですか……」


ちょっと残念に思ったが、その残念な感覚も、より一層漂う匂いの前ではどこかへ霧散した。

階下から声がかかる。


「晩御飯、できましたよー!」


ふと、その声を聞いた瞬間、心のどこかが温まるような感覚がした。

誰かにご飯を作ってもらったのは一体いつぶりだろうか。

外食は一切せず、いつも勉が、不器用な妹に変わって料理を担当していた。


「お兄ちゃん、なんか嬉しそうだね」


妹がニヤニヤしながらこちらを見てくる。こいつは単純に、腹が減って待ち遠しかったご飯がようやくできた喜びに兄が浸っているのだと思っているのかもしれない。そういう理由もあるにはあるのだが。


「待ち遠しかった飯だからな」

「ふっふっふ、お兄ちゃん、顔に全部出てるんだから。単純なお兄ちゃんだなあもう」

「そうだな」


軽く笑ってから、部屋を出て、階段を使って先ほどの食卓があった場所へ戻る。

食卓を見れば、案の定、クリームシチューのような見た目のスーブが質素な木皿に入っている。それがテーブルに3つ、そして、中央にはバスケットに入ったパンがある。

違う世界とは思えないほど、それは心を休ませてくれる光景で、また、どこか懐かしいような光景でもあった。

何よりオシャレな気がした。


「さあ、召し上がってください」


3人が揃って席に着く。妹と二人の食事に慣れてしまっていたせいか、3人いると言うことに新鮮さを覚える。


「ありがと!ハノ!」

「わざわざここまでしてくれてありがとう。助かるよ」

「いえいえ、お客さんをもてなすのは当然のことです。それに、私も久しぶりにお話できる相手ができて嬉しいのですよ」


心底嬉しそうな笑顔を浮かべるハノ。彼女の周りのふわっと花が咲いた幻覚さえ見えるような、そんな明るい表情だった。

(絶対モテるよなあ、この人……)

ハノはきっと天然でこの状態を作り出せているのだろう。少なくとも勉の通っていた高校にはこんな美人で性格が良い、なんて人間はいなかった。スカートを極限まで短くする女子もそれはそれで魅力があったのだが、こういった清純な女性にはかなわない、そんな思いを新たにした。

目の前にある食事を前に、一つ、いただきます、と軽く唱える。


「いただきます、と言うのは、一体?」


きっとこことは文化が違うのだろう。エルフは疑問を口にする。


「えっとね、ハノ、これはご飯を食べる前に、あなたの命をいただきます、って言う感謝と敬意の気持ちを表した、そうだなあ、私たちのいた世界での一つの儀式、みたいなものなんだよ」

「そうなのですか!素敵なお考えなのですね。私の知っている限り、そのような儀式をする種族、と言うのは聞いたことがありませんでした。王国の王立図書館に行けばそう言った資料もあるのでしょうが、今はそう言った状況でもないですし……」


また重い雰囲気になりそうな流れだったので、話題を変える。


「そ、それよりこれ、いただくよ」

「……はい!お口に合うかはわかりかねますが、どうぞ」


同様に食卓に置かれた木製の質素なスプーンを手に取り、その白く、優しいスープにそれを沈め、口まで運ぶ。

美味い。勉の知っているクリームシチューの味に似ていたが、少々薄味で、その代わりに香草らしい不思議な香りが鼻腔をくすぐる。見た目のように、優しい味がした。


「ハノ、これめちゃくちゃ美味いな」


ハノは安堵の表情を浮かべて答える。


「そう言っていただけると嬉しいです」

「おいしい!お兄ちゃんの作る料理も美味しかったけど、この料理はまた別のベクトルで美味しいよ!」

「ありがとう、アヤカ」


子供を見つめる母親のような表情を浮かべるハノ。もっとも、そんな表情は、勉のいた世界では画面の向こうでしか見たことはなかった。母親という人がいるとするならば、ハノみたいな人がいいな、そう思った。


しばしの間、パンとスープを行ったり来たりして咀嚼し、飲み込む。パンは丸かったり細長かったりしたが、これもまた香草の香りがする。エルフというのは香草が好きなのだろうか。

それより、この食材は一体どこから手に入れているのかは、勉にとって疑問だった。

あらかたの食事が終わると、ハノに質問する。


「なあハノ、この食事の材料は一体どうやって手に入れてるんだ?」

「はい、近くの村に、密かに私たちエルフと取引してくれている村があるのです。その村も王国にかなり税金を取られ、体調を崩しても薬すら買えないという状況でした。そこで私たちと、薬と食料を秘密裏に取引しよう、という約束がなされたのです。もっとも、その約束を結んだエルフはすでにこの世の人ではないですし、その村も最近になってそのことが王国に露見し、村ごと焼き尽くされたのですが……」

「ええ!?てことはこの食事、めちゃくちゃ貴重だったってこと!?」

「……ええ、ですが良いんです、アヤカさん。こうしてお食事をともにすることができて嬉しいのは私ですから」

「いや、悪いことをしちゃったな……悪かった、ハノ」

「本当に良いんです!気にしないでください!」


必死に取り繕うハノ。


王国の政治の評価が、勉の中でさらに一段階下がった。妹も同じなのだろう。やや不快げな表情を浮かべている。またもや暗くなってしまった雰囲気を、今度はエルフが変えようとした。


「……さて、では私は後片付けをしますので」

「私も手伝うよ!」

「いえいえ、お気になさらず。片付けは魔法を使ってすぐ終わりますからーーー」


そう彼女が言った瞬間、耳をつんざくような爆発音とともに、この邸宅が揺れた。


「地震か!?」


この世界に地震というのはあるのかはわからないが、それよりわからないのが今の状況だ。

エルフの方に顔を見やれば、顔が真っ青になっている。


「嘘……そんな……なんで、こんな、今日に限って……」

「どうしたの、ハノ!?」

「この音は……忘れもしません、この爆発音は、王国の精鋭部隊のひとり、インフィガールと名乗った、爆発魔法に長けた魔術師の爆発魔法による音です……」

「つまり、奴らが攻めて来たってこと!?」

「……そういうことです。そうとわかったらここにいるのは危険です。あなたたちを危険に晒すわけにはいきません。インフィガールは第六級の爆発魔法の使い手と聞いています。精鋭部隊の中では弱いと言われているらしいですが、それにしたってあなたたちの敵う相手ではありません!私が囮になって奴らを引き付けますから、あなたたちはこの家の裏手にある、非常用の勝手口から逃げてください!」


「え?第六級魔法?」


妹が微妙な声をあげる。


「はい、第六級魔法です。精鋭部隊にとっては簡単な魔法ですが、一般人にしてみれば天才の領域です。敵うはずもありません!」

「第六級魔法の爆発魔法って、『低級爆破レッサーエクスプロージョン』のことでしょ?それってすごいことなの?」

「当たり前じゃないですか!」


切迫した状況の中、多少の苛立ちを持ったエルフの声が部屋に響く。


「……そうなんだ。わかった。とりあえず外に出てみよっか」

「はい、ですから、私が正面から出ますから、敵の注目が集まっているうちに、裏の出口から出てください。あなたたちの詳しいことは存じ上げておりませんが、『飛行魔法フライ』くらいは使えますよね?相手が一人であるわけがありませんから、伏兵に気をつけて逃げてください。そこまでサポートして差し上げることができないのが心残りですが、どうか、ご無事で」


早口で述べたハノに、しかし妹は反論する。


「うん、だから、私が正面から出るの。わかる?」

「だから!」


苛立ちも頂点に達したハノが声を荒げた瞬間、妹の纏う空気が変わる。冷たい、恐怖を感じさせる空気を、妹が周囲に放射しているように感じた。その恐怖が勉の足をすくませる。それはハノも同じだったのだろう。心なしか足が震えているように見える。勉の足を見れば、それはまるで生まれたての子鹿のように震えていて、情けない気持ちでいっぱいになった。


ふっ、と、その空気を途切れさせた妹が、自信満々に言い切る。


「まあ肩慣らしみたいなもんだから。皆、心おだやかに私の勇姿を見ててね」


そう言って妹は家の扉を勢いよく開け、外に出て行った。

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