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焚きつける

「ずずずっ」


「ずぞぞっ」


「「ごくり」」


二人ぶんの喉が鳴る。

勉は、その鼻を抜けたその爽やかな風味に感嘆を覚えつい感想を漏らす。


「美味しいですね!こんなの今まで飲んだことないですよ」

「本当ですか?嬉しい限りでございます」


ふふ、と、そのエルフーーーハノ、と名乗ったーーーはその美貌に微笑を浮かべながら、少しばかりお辞儀をする。上品な振る舞い方だった。勉と彩香も軽い自己紹介をする。


しかし、日本語が通じるとは思ってもみなかった。特に違和感なく会話をしているが、日本以外に日本語を使う場所がある。それも、空を飛べるような世界である。こんなところで日本語が通じるというのは不思議であった。これも何かの魔法だったりしてなあ、と勉は考える。ここが勉の知らない世界だったとしたら、この世界に特有の、言語に関する普遍的な法則があるのかもしれない。考えても答えは出なかった。だがやはりわからないことを考えるのは心躍るものだ。プログラムをより効率的にする時にも、よく頭をひねってはニヤニヤとしたものだし、自身で色々とハッキングの状況を考えては練習すると言うのもまた一興だった。

あれは楽しかったな、と勉は思い出を噛みしめる。

(この世界にパソコンはないだろうな……いやいっそのことパソコンがなくても、プログラム組んだり、走らせたりできたら言うことないんだけどな……)

などと言う、白昼のとりとめもない空想と、どうやら違う世界に来てしまったことによる若干の郷愁を感じながら、視界をぼんやりと意識に入れる。


前方、木でできた質素なテーブルを挟んだ向かい側にハノは座る。魔法使いだからなのだろうか、昔、童話の挿絵で見た魔女が着ていたようなローブを身にまとっている。彼女の後方の壁にはこれもまたよく見かける魔女の帽子が掛かっており、そして木でできたように見える杖が壁に立てかけられている。


隣にはなぜか微妙に不機嫌な妹がむすっとしながら座っていた。


「……」

「どうした彩香。確かにハノさんは美人だがお前が負けているとは誰も言っていないぞ。何だったかな、そう、お前の言葉を借りれば、のびしろがあるってやつだな」


勉が小声でそう囁くと、威力を抑え気味に放たれた超重量級エルボーがその脇腹に炸裂する。ミシリ、と言う嫌な音が聞こえた。


レベル1と言うのは非常に弱く、というか最弱で、不便極まりないものだと言うことはわかる。だがそれにしても、軽く小突いただけに見えた妹のエルボーでさえこの威力、と言うのはあまりにおかしいのではないだろうか。それとも彼女が割と本気を出してエルボーしたのだろうか。そこまで恨まれる言動だったとは考え難いのだが。日々妹を褒めて伸ばして来たタイプである。この程度の発言でむすっとされる筋合いはなさそうだ。何にせよ、妹の言う「レベル」とかいうやつを上げて抵抗力を高めなければ妹に殺される気がしてならない。自身の強化、これは勉にとって、今後の重要課題と言えるだろう。


それに、なぜかこの場所へ来てから妹の暴力性が高まって来ているように感じる。


ーーー気のせいだといいのだが。


空気に触れて、赤黒くなった記憶が蘇りそうになって、とっさに思考を別のものにすり替えた。


情報が欲しかった俺はハノに質問することにする。


「えーっと、ハノさん、お尋ねしたいんですが」

「はい、何でも言ってください。それと私に敬語は結構ですよ。気楽に話していただけるとこちらも嬉しいですし」

「いや、でもやっぱり会ったばかりですし」

「いいんですよ。お気になさらず」

「そうですか……じゃあ、そうします……そうするよ、ハノさん」

「ハノ、とお呼びください」

「……わかった、ハノ。ハノも敬語じゃなくていいからな」

「私は生まれてこのかたこういった口調ですので、これが通常、と考えていただいて結構です」


そんな手があったのか……と思いながら勉は話を元に戻す。


「えっと、じゃあまず単刀直入に、ここはどこなんだ?」


ハノは一瞬ばかり表情を曇らせたが、答える。


「……そうですね、ここはイムベル王国の外れに位置する、かつてエルフが暮らしていたナダ大森林、ということになっています」

「イムベル……?かつて……?ということになっている……?……っていうのは、どういう?」

「そもそもこの森の名前をつけたのは人間たちなんです。20年前、この地を発見した人間の名前にちなんでつけられたそうですよ」

「なるほど」

「なんでも、その発見当初から2年後、この森に平和に暮らすエルフたちは王国精鋭部隊の夜襲に遭って、若く、顔のいいエルフは娼館送りにされたようです。働き盛りの体格の良い男性はそのまま奴隷にさせられたそうですし、年老いているエルフは皆殺しにされました。子供達は人間に服従するよう躾けられ、今頃は王国のどこかで売買されているのでしょう」


エルフの顔から表情が抜け落ちている。それはまるで人形か何かのようだった。その美貌が、異質さを上塗りしている。


「……え?」


ハノの発言に真っ先に反応したのは俺ではなく、今までむすっとしていた妹だった。その声質に先ほどまでの不機嫌さは微塵も感じられない。


「どういうことですか……どういうこと、それ」


先ほどの会話を聞いていたのだろう。妹はすんなりと敬語を使うのをやめたようで、末っ子の知恵が垣間見える。それでも一度言い間違えたのは兄妹というやつのせいなのか、それとも相手への、妹なりの気遣いか何かなのかはよくわからない。


「申し上げた通りですよ」

「……それは、噂話じゃなくって、ハノが経験したこと……だよね?」

「……そうです、アヤカさん。目の前で体を引き裂かれ内臓を四散させて死んで行った祖父とその仲間たちのことを、私は決して忘れることはありません」

「もしかして、ハノはその20年前の子供?」

「……いいえ。そうであれば私はこんなところにいることはできませんから。私はちょうどその日の前日まで、街で薬を売っていました」

「え、でも、それってたぶん王国領の街じゃ……?」

「ええ、そうです。エルフという存在は、以前までは人間たちと共に暮らしている種族でした」

「え?だとしたら何でハノたちが王国に襲われなきゃいけないわけ?」

「ちょうどその頃、先代のエレオス・サカーレン王がなくなり、今のガリザス・サカーレン王に変わったのです。彼はエリオス王の遺志である多種族共栄の理念など全く無視して、これまで積み上げて来た種族間の共栄を打ち壊しました。彼の中では人間種こそが最も優れていて、その他の種族など汚らわしいものでしかないのでしょう。その証拠に城下町から村に至るまで、人間種以外の立ち入りを厳重に禁止して、他種族との混血児は収容所にまとめて管理し、これ以降は他種族と交わることのないようにという法を制定したのです」

「ひどい話……」

「エルフを始めとして、ドワーフ、ケットシー、クーシーなど、人間に今まで友好的だった種族でさえその対象です。そして彼が王になってから2年後、今まで友好的だった人間種以外の種族は、娼館に雇ったり、奴隷として働かせるようになりました」

「そのための侵攻、ね。何その王様。めっちゃくちゃクズじゃん。クズ男はミンチにされなくちゃわからないのかなぁ」


言っている内容とは裏腹に、無機質な声の妹。

また、妹が心の中に仕舞えていたどす黒いものが蠢き、彼女を飲み込もうとしている。

慌てて俺は遮り、疑問を口にした。


「なあ、ハノ」

「なんでしょう?」

「そんな無茶苦茶な政策をする王に、一体なんで民衆は反抗しないんだ?」

「彼の、他種族を貶めるために行う演説、掲示板に掲載される数々の、事実とまったく違う作り話、自作自演の事件の責任のなすりつけ……。数えきれない嫌がらせをされた人間種でない種族たちの中に、人間種に対して敵対感情を持つものも現れます。特に、人間種と共存して来たからといって深く関わって来た、と言うわけでない種族の一部で、暴動を起こす者たちが現れました。彼らは自分たちを『革命家』と呼び、村を焼き回ったり、王族関係者の邸宅に夜襲を仕掛けたりしていたようです。それこそ私たちが最も恐れていた事態だったのです。人間種の中にも他種族を是としない者は一定数いました。そういった条件が積み重なり、日が経つにつれ人間種の多種族に対する偏見は高まり、それに伴う敵対行為が始まり、復讐の連鎖が続き、いつしか人間種は完全に他種族との共栄など頭の中から消え去ってしまったようなのです。あれほどまでに平和で、幸福だった暮らしがたったの2年で、ガリザスの、あやつのせいで、たったの2年で崩壊したのですよ!!!!!!」


ダン!と言う、憎しみを込めて叩かれた質素な机の出す音が、木造の小屋に空疎に響く。


それは、非常に辛いことなのだろう。美貌を悔しさで歪ませ、目元に涙を浮かべている彼女を見ていれば、それがどれほど彼女にとって辛いことだったかがわかる気がした。


「その後は私たちが経験したような、奴隷化のための精鋭部隊による夜襲が続きました。彼らの強さは圧倒的、という言葉では足りなかったでしょうね。私たちでは太刀打ちなどできようはずもありませんでした。なにせ彼らは、その部隊を強化するために冒険者を雇い、ただでさえ国内で最強と謳われるほどのエリート集団が冒険者という応用力の高い戦闘のスペシャリストを雇い入れる事でより一層強大になったのです。無残に殺された祖父たちは、私たちの中では腕の立つ優秀な魔法使いとして知られていましたが、数人を救うのがやっとのようだったと聞きました。街からこの森に戻って来た時、ボロボロに傷ついた一人の魔法使いが、今森で起こっていたことを教えてくれたのです。そして、幻覚魔法で隠した隠れ家の場所をいくつか教えて、彼もまたそのまま死んでいきました。私は混乱して現状を飲み込めませんでしたが、森から響いてくる怒号と悲鳴、痛みに泣き叫ぶ声、高笑い、断末魔が、非常事態なのだと、そう教えてくれたのです。彼に言われた場所に行く間、私も戦おうとしましたが、私よりはるかに高度な魔法を使う者たちの前に、ただただ逃げるしかなかったのです。恐ろしさで足は震え、涙を流し続けていました。逃げる最中、何度も他の魔法使いや戦士に命を救われました。何人も、逃げることしか考えられなかった自分勝手な私を庇って戦ってくれました。そうして救われたうちの一人が、私、ハノ、と言うことになります」

「……なるほど。ということは、他にも生き残ってる奴がいる、ってことか?」

「いいえ、私の知る中で、この森にいるエルフは私だけです」

「え?」

「他の仲間は皆、隠れ家の幻覚魔法を、定期的に巡回にくる冒険者によって見破られ、殺されるか、奴隷にされるか、どちらかでした。昨日まで、絶望の中ではかけがえのない生きる希望として頼りにしていた仲間が、次の日には殺される。この辛さが、あなたたちにわかりますか?」


俯いた彼女の表情はわからなかったが、そこにいい表情が浮かんでいるはずはないのだろう。

絶望の中で、それでも確かな生きる希望があった。しかし、それすらも強大な力の前に奪われる。それの辛さなど、知りたいとも思わない。

しかし目の前のエルフはそれを経験したのだ。誰もいないこの木造の小屋が、どれほど空虚なことだろう。これほどまでに現実を突きつけてくる環境は、他にないのではないか。そう思わせるくらい、この部屋の虚しさは彼女が孤独であるということを物語っていた。

遣る瀬無い気持ちが、胸をチクリと刺す。

寂しい笑顔を湛えた彼女は、小さくため息をついて、言った。


「ごめんなさい。つい感情的になってしまいました」

「ううん、悪いのはハノじゃないよ。悪いのは全てその王様に決まってるじゃん」


妹はハノを庇う。


そして、にこり、と、それはまさに年齢相応の、とても可愛らしい笑顔を浮かべる妹。

この時ばかりは、それすらも違和感のないもののように思えた。



「だったらさ、その王様、私がぶっ殺してあげようか?」

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