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占い喫茶と神降ろしの絵  作者: 森戸玲有
第1幕 創造主
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 店の外に造られた小さな庭園は『アルカナ』の売りの一つだった。

 古くからの常連客は、占いではなく、その景色を見に来ている人も多い。

 生前、ガーデニングが趣味だった祖母が育てていた花々。

 枯れることなく、季節の花々が綺麗に咲いているのは、きちんと手入れをしてくれている浩介と一ノ清 美聖のおかげだろう。

 今は、薔薇が見頃らしい。

 すっかり季節を忘れていた降沢は、ぼんやりと満開の薔薇の花弁を眺めていた。

 幸い、月夜ということもあって、真紅の色合いが分かる程度には、明るい。


「どうしたの?」


 振り返ると、圧迫感が増すほどに大きくて、究極にサングラスが似合ってない男、遠藤浩介が突っ立っていた。


「浩介……。夜なんですから、その似合わないサングラス……外したらどうなんですか?」

「ああ、癖になっちゃって」


 浩介は言いながらも、自ら外すことはなかった。

 意外に似合っていると、思い込んでいるのだろうか……。


「一ノ清さんは帰りましたか?」

「遅くなっちゃったし、駅まで店の車で送ったわ」

「目、大丈夫なんですか?」

「今のところはね……。そろそろ、見えなくなっていくんだろうけど」

「…………離れで、彼女、おかしなものを拾っていきませんでしたよね?」

「それくらいは、私だって、ちゃんと確認できるわよ」


 浩介が作ったような仕草で、唇を窄めた。

 大男がぶりっ子している様を目の当たりにしたところで、気分が下がるだけなので、降沢は満開の薔薇の方に視線を戻した。


「月と薔薇を同時に愛でることが出来るなんて、僕は贅沢ですね」

「ウィザードのシンボルマークも、薔薇だったわよね」


 薔薇は、キリスト教の象徴主義では、血を流して殉死したイエス=キリストを表す。

 同様に、月は女性を示唆する。

 最上が最終的に求めていたのは、栄冠を表す太陽ではなかった。


 ――月だった。


(僕は……その境地には至らないだろう)


 部屋で丁重に保管し直した骸骨の指輪に思いを馳せながら、降沢は仄暗い微笑を浮かべた。


「おそらく、あの人はあの絵を買いませんよ」

「分かっていて、描いたくせに、よく言うわよ」

「貴方だって早く……一ノ清さんを、試したかったくせに、よく言いますよね?」


 ――降沢は、知っている。


 この店にいるという時点で、遅かれ、早かれ彼女は、降沢の描く絵に触れてしまうだろう。その時、万が一のことがあったら手遅れなのだ。

 それだけ危険なことをしているということを、降沢は知っていて、浩介は身を持って分かっているはずだった。


「思った通りだったわ。今日、一か八かの賭けをしてみて、良かった。やっぱり、彼女は視えない。でも、察する力はある。それはそれで、大変なこともあるかもしれないけど、彼女の程度なら、私もカバーできるはずだわ。雇って正解ね」

「…………僕たちの都合で利用しているのに、正解も何もないでしょう。……可哀相に。一ノ清さん、震えていましたよ。彼女を生贄(スケープゴート)にするつもりですか? 分かっていて、離れに行かせるなんて自殺行為じゃないですか?」

「人聞きが悪いこと言わないでよ。このままバイトを続ける上で、貴方のことは知っておいてもらった方が良いと思ったから、離れに行かせたのよ。それが彼女の希望でもあったから……。私だって渋々だったのよ」

「浩介……。つまり、一ノ清さんは、自ら望んで離れに来たということですか? 一体、どうして?」

「当然、貴方のことが心配だったからでしょう……」

「よく……分かりませんね」


 …………分からない。

 出会って一カ月ちょっとの人間がひきこもっていようが、どうだって良いことではないのか。

 まして、彼女は降沢のことを畏怖していた。

 多少、苦手意識は薄れたようだが、それでも一ノ清美聖にとって、降沢は関わりたくない人種であることは間違いない。


(今日、触れた時だって嫌がりはしなかったけど、怯えていたようだし……)


 思わず、抱きしめたくなったのは、強がって震えている小動物を見た時の感覚に近いものだと、降沢は自分に言い聞かせている。


「心配しているの?」

「そういうわけじゃ……」

「じゃあ、あの子に辞めてほしいの?」

「………………店の経営に関しては、貴方に一任していますからね」


 話題をそらしたつもりだったりのに、浩介は降沢の意図に気づきながらも、汲んではくれなかった。


「貴方もなかなか心配性よね。大丈夫よ。美聖ちゃんは強い。引きずられないし、食われもしないわ。…………私のようにはね」

「視えないリスクも、知っているくせして、まったく、貴方は」

「視えるとか、視えないとか、関係ないわよ。視えたって、視えなくたって、堕ちる人は堕ちるわ。あの子はね、ちゃんと地に足がついているの。生きる目的をきちんと持っている。占い以外はちょっと鈍感なところもあるけれど。…………貴方と同じだけど、生き方が正反対だってことよ」

「えっ?」


 ――同じ?


「僕と?」

「ええ。彼女も肉親を亡くしているらしいわ。そのことを貴方と同じく引きずっていて、生きる目的にしている」


 初耳だった。

 目を丸くしている降沢を確認した浩介は、四角い顎を撫でつけながら、にやりと笑う。


「それにしたって、貴方が人を気にするなんて、珍しいわよね? いつだって、来る者拒まず、去る者追わず、執着しない貴方が……。女の子をねえ」

「いえ……。ちょっと、気になることあっただけですから」


 以前、占い師になった理由を訊いた時に、答えにくそうにしていた。

 降沢だって、画家になった理由を、一言で語ることなど出来ないだろう。

 ましてや、部外者には……。


(あの人も、僕と同じなのか……)


 ――あの時、室内に飛び込んできた彼女が光を纏って現れたように見えた。


 降沢が初めて描いた油絵『慕情』。

 ユリの絵を怖がりながらも、綺麗だと評した人は初めてだった。


(月なんて必要ないのに……)


 指の中にまで、入りこんでしまった絵の具の赤。

 まるで、血の色のようだ。


(僕は、ただのエゴで堕ちるだけだ)


 暖かい風に、長くなり過ぎた前髪がふわふわと揺れた。

 一ノ清 美聖が切った方が良いと言っていた前髪を、降沢は指でつまみあげる。

 普段なら、ほとんど気にしないのに、やけに気になるのは、どうしてなのだろう。


(…………そろそろ、切りに行った方が良いかな)


 そんなことを、考えてしまうのは…………。







 後日、指輪を受けとりに来た最上は、降沢の予想通り、絵を買おうとはせず、代わりに、美聖に占いを頼んで、恋愛運と仕事の方向性を鑑定して行った。

 その三か月後、今までとは違うバラード路線でソロ活動を開始した最上の新曲は『ウィザード』並みには売れなかったものの、テレビ画面で見る限り、最上からはあの時の荒々しさは、綺麗に消え失せていた。


 恋愛については、付き合っていた元彼女と再会した方が良いと、美聖はアドバイスをしたものの、彼がその通りに動いたかどうか……。

 降沢がその答えを知ったのは、もう少し先の話だ。


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