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占い喫茶と神降ろしの絵  作者: 森戸玲有
第5幕 神の使者
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 十二月は円の誕生月だった。


 誕生日くらいは一緒にいてあげたいと思い、休みの相談をトウコにしていた美聖に、降沢は、いつもの何てことはない口調で提案してきた。


『アルカナで、祝えばいいじゃないですか……』


 多分、適当だ。

 降沢のことだ。何も考えてはいないのだろう。

 店はどうするのか……とか、そういった現実的なことをすべて、吹っ飛ばしている発言だ。

 しかし、トウコは……


『在季にしては、珍しく、良いことを言ったわね!』


 ……と、瞳を輝かせて乗っかってしまった。


(えっ……それで、いいの?)


 何だかんだで、馬の合ったコンビなのだ。

 そんなこんなで、二人で盛り上がり、円の誕生日に合わせて店を閉めて、誕生日兼クリスマスパーティを『アルカナ』で開くことを決めてしまったのだった。


(……このお店、こんな適当で大丈夫なのかしら?)


 たまに美聖は、ものすごく心配になるのだが、トウコ曰く、冬の北鎌倉はシーズンオフで、元々お客さん自体が少ない時期らしい。 


(円も降沢さんに会いたがっていたし、良い機会なのかもしれないな……)


 開き直った美聖は、理純をパーティに呼ぶことは出来ないか、仕事の合間に、トウコに訊いたのだが……。


「ああ…………残念ね。あいつは今頃、北陸に行っているわよ」

「…………はっ?」


 最近、理純の姿を見ないと思っていたが、どうしてそんな遠い所に行ってしまったのか。


「基本的に、恵慧師って、北鎌倉にいないのよ。全国に拠点があって、気ままに移動しているって感じかしら?」

「……だったら、理純さん。行く前に、一言くらい、断ってくれたら良かったのに……」


 少し前までは、呼んでもないのに、しょっちゅう来ているイメージがあった。

 ぱたりと来なくなったので、美聖はひそかに心配していたのだ。


「いやー。多分、理純にとっても突然だったんじゃないかしら。恵慧師は、今すぐとか、明日とか、めちゃくちゃな予定を組むのが得意だから……」


 一体、何者なのだろう。

 恵慧という僧侶は……。


「どうも、恵慧師って、冬場は寒い所に行きたがるのわよね。可哀想に……。北陸でカニすら食べることなく、ひたすら凍死する寸前まで、山の中を歩いているんでしょう。まあ、あいつも恵慧師にいびられるのが趣味みたいなものだから、仕方ないわよねえ」

「…………そんな」


 美聖は頭を抱えた。


「せっかく、ちゃんとお礼を言おうと思ったのに。恵慧師にも菓子折りもって、お詫びに行こうって、考えていたんですよ」

「まあまあ……。どうせ、またふらっと帰って来るから。それに、あいつは、あいつで、在季にくだらない復讐ができて、満足していたみたいだから、お礼なんて良いんじゃないかしら?」

「復讐って、何のことです?」

「ふふふっ」


 不気味な笑いを、トウコが浮かべている。

 そんなことを、美聖の知らないところでしていたのか……。

 降沢は、一言もそんなことを話していなかった。

 他愛のない話はしょっちゅうしているが、例によって肝心な話を、美聖は彼としていないのだ。


(そうよね。私はちゃんと、降沢さんに伝えなくちゃ……)


 映里の遺言「後悔しないように……」それを実行するべく、美聖は腹を括ったものの……。

 いざ、自分の気持ちを伝えようと思うと、なかなか二人になる機会がないのが困りものだった。


 降沢とは、良い雰囲気だと……思う。

 映里のことを通して、一層、絆が深まったような気がする。

 たまに熱を帯びた視線で見つめられているような感じもしている。

 けれど、彼の気持ちの底は、普通の物差しでは測れないのだ。

 ちゃんと言葉にしなければ……。


(だけど……。告白って、どうすればいいんだろう?)


 自分から告白したのは、いつが最後だったか……。

 その時、美聖は、こんなにも緊張していただろうか?


(もしかして、こんなにドキドキするのは、相手が降沢さんだから……?)


 そうかもしれない。

 たとえ、今現在、近い距離にいても、美聖が告白した途端、笑顔で「やっぱり、無理です」とか、普通に言われそうで怖いのだ。


(ともかく、降沢さんの、クリスマスプレゼントを用意して……)


 せっかくの機会だ。

 何かきっかけを掴もうともがいていみたものの、肝心なクリスマスプレゼントを何にしたらいいのか、美聖は悩み疲れてしまった。



 …………そして、あっという間に月日は流れていった。


 美聖は、学校帰りの円を連れて、完全なプライベートで初めて「アルカナ」にやって来た。


「へえ……。みっちゃんママは、いつもここで働いてるの?」


 余所行き用のブレザーに、チェックのズボン姿の円は、畏まった格好とは裏腹に、活発によく動き、早速、玄関に飾ってある陶器の天使の置物に触ろうとして、美聖の神経を逆撫でしてくれた。


「もうっ! 円、みっちゃんママがいつもお世話になっているところなんだから、悪戯しないようにして!」

「分かっているよ」


 しかし、悄然と頷いた次の瞬間には、美聖の手を離れて駆け出してしまった。


「一ノ清 円です! お邪魔しまーす!」

「ちょっと! 円っ」


 円は、店の奥に全力で走って行ってしまった。


(何なの……よ。子供の無尽蔵な体力って、一体どこから来るわけ?)


「ああっ、もう! すいませんトウコさん、降沢さん! 円が行っちゃいました!!」


 美聖が狼狽しながら、円を追いかけると、店内は輪飾りが幾重もつなげられていて、円くん誕生日おめでとうの横断幕まで掲げられていた。


「なんで……?」


 昨日までは、こんなふうでなかったのだから、トウコや降沢が美聖のいない時間に工夫をしたのだろう。


(もう、本当に気合入れ過ぎよ……)


 特にトウコは美聖の想像以上に、張り切りすぎていた。


「ハッピーバースディ。円くん!」


 ピンク一色のサンタ姿にグラサンを掛けているトウコは、怪しさを爆発させた外見で、両手を広げて美聖と円を待ち構えていた。

 さすがに、彼のド派手な装いに見慣れている美聖も、目を丸くしたくらいだった。

 そのコスプレ衣装は、一体何処で調達したのだろうか?


「うおっ!! 何だ、お前!?」


 円が予想通りのリアクションで、仰け反る。

 まあ、初対面でトウコの外見に、目を丸くするのは、お約束なのだが。


 ――しかし。意外だったのは、その直後に円が普通に戻っていたことだった。


「あれ? もしかして、あんたがトウコさんって人なの?」


 すぐに察しがついたのか、円は顔を上げて、冷静に聞き返した。


「あっらー。円くん、私が分かるの? 嬉しいわー。こうして、会うのは初めてよね?」

「うん。初めてだけと……。でも、前にケーキくれたでしょ。あの時は、ありがとうございましたって、言えって、みっちゃんママが……」

「こらっ!」


 まったく、余計なことばかりを言う。

 そんな美聖を、トウコが大笑いしながら見守っていた。


「美聖ちゃん、思った以上に、良いお母さん、やっているわよね」

「……そうでしょうか。もう少し、自然に注意をしたいんですけどね」

「このくらいの年頃の子を相手にするには、仕方ないわよ」


 相変わらず優しくトウコがフォローしてくれたが、美聖は疲れ切っていた。

 何だか、円の世話で、今日一日、終わってしまいそうな予感がひしひしとしている。

 今日も、降沢に告白なんてしている暇はなさそうだ。

 

「……で? トウコさん、降沢はどこにいんの?」

「ちょっと、降沢さんでしょ!」

「いでっ」


 円の頭を軽く叩くと、その音につられてきたかのように、階下からばたばたと慌てた感じで降沢が降りてきた。


「あっ、いらっしゃい。一ノ清さん……円くん」


 降沢は、素足にスリッパ―姿だ。厚手のカーディガンを羽織っているが、元々華奢な人なので、見ているだけで寒々しい。


(もっと着込んだ方がいいんじゃないかしら?)


 美聖の心配をよそに、彼は特に気にしたふうでもなく、美聖に微笑みかけてから、円の方に目線を合わせた。


「誕生日、おめでとう。円くん! 今日は、よく来てくれましたね」

「うん」


 円はにやりと笑った。

 そして、降沢に近づくと、小声で言い放ったのだった。


「こっちこそ、ありがとう。約束、守ってくれて。……それと、ママの絵もありがとう」

「約束……?」


(例の男の約束ってやつ?)


 美聖が首をひねったものの、降沢は聞こえないふりをして、円との会話を進めていた。


「えええっと……。ママの絵、お家に飾ってくれたんですね?」

「うん……。俺の寝る部屋に、みっちゃんママが掛けてくれたんだ」


 降沢在季作の映里が最期に見た景色を描いた絵。

 これは君のものだと、降沢があまりにはっきり言うものだから、つい、美聖はもらってしまったのだが……。


(あの絵……一体、いくらするんだろう?)


 一部の筋では、有名らしい降沢の絵である。

 相当な高値に違いない。

 しかし、何度か降沢に金銭的な話をしても、そんなの貰ってしまったら、映里に怒られるの一点張りで、今に至ってしまっていた。


「……なんか、ママが近くにいるみたいで安心するんだ」

「それなら、プレゼントした甲斐がありました。良かったですよ」

「…………あのね、ママ、怖い時は、嫌だったけど……。でも、良い時もあったんだよ」


 円は唇を噛みしめながら、うつむいた。


「……円」


 たまに、円は思い出したかのように、そんなことを言う。

 皇弁護士に会ってから、一層、口に出す機会が多くなった。

 何となく、映里が悪いことをしていたような人間に思えたのだろう。

 子供ながらに映里は良い母親だったと、釈明しているのだ。

 円の頭に、降沢がそっと手を置いた。


「ええ、大丈夫。僕はよく知っていますよ。君のママは、何事にも一生懸命すぎて、ちょっと疲れていたんです。あともう少ししたら頑張ろうって、誓っていたはずですから」


 こういう時、降沢の存在は救いだった。

 家族よりも、第三者からの言葉の方が、円もホッとするらしい。


「降沢の兄ちゃんは、知ってるの?」

「知っていますよ。君の部屋にあるママの絵は、そういう声を拾って描いたんですから」

「ふーん」


 円は、唇を窄めてうなずいている。

 降沢の言葉が事実だということを、この子は分かっているのだろうか……。

 ……案の定。


「本当に、あの絵は降沢の兄ちゃんが描いたんだな。絵、描けたんだ?」

「まどかっ……」


 そこに、発想が至るらしい。


(画家であることすら、疑っていたのね……)


 降沢は苦笑しつつ、それでも、丁寧に答えた。


「まあ……一応、絵描きですからね。……むしろ、僕には、それくらいしかないくらいなんです」

「なんか、祖父ちゃんが心配してたよ。ニート画家も嫌だけど、更におかしな仕事をしているとしたら、美聖の将来が心配だって……」

「…………もうっ! バカ円っ!! ……すいません。降沢さん」 

 

 すぐさま円を叱りつけて、謝った美聖だったが……。


「一ノ清さんの怒り方って、可愛らしいですよね?」

「可愛い?」


 ――何処が?

 ただ感情だけで怒鳴ってしまっていて、保護者失格な叱り方だ。

 だけど、どういうわけか降沢がにこにこしている。


「円くんは正直ですね。むしろ、教えてくれて、有難いです。僕の話題が、僕の知らないところで、一ノ清家でされているかと思うと、なんか面白いですよ。…………どうやら、君のお父様には、改めてご挨拶に伺った方が良さそうですよね」

「…………はっ?」


 ――それって、どういう意味。

 変な噂を立てられて、迷惑なので、来てしまいました……とか。


(まさか……お父さんと、仲良くなりたいだけなんじゃ? 降沢さんって、意外に年寄りとお酒飲むのが好きだったりするの?)


 有り得なさそうで、有り得るから怖い。

 やっぱり、降沢在季の気持ちだけは、美聖にとって未知の領域だった。


 円と戯れている降沢には、訊くに訊けず、無駄に跳ね上がる心音をやり過ごしながら、美聖は御馳走の準備をしているトウコを手伝いに向かった。


「…………トウコさん、私には、降沢さんは永遠の謎です」

「えっ、そう? 慣れてくると、単純明快で、ただの馬鹿にしか見えないわよ」


 素早い返答は、感情を交えない淡泊なものだった。


(さすがトウコさん……)


 付き合いが長い分、その一言に降沢が集約されているようだった。


「私には、まだまだです。なんか惑ってばかりで……」

「うーん、じゃあ……。あの男のことは、タロットカードの愚者ぐしゃと思えばいいんじゃないかしら? そう思えば、対処法も浮かぶでしょう?」

「はっ?」

「…………愚者ね。あいつは」


 そう陽気に繰り返しながら、トウコは、サラダのトッピングの仕上げに取りかかっていた。


「…………ああ」


(そういえば……)


 映里の死を占っていた時に、何度も出てきたキーカード。


「正義」と「法皇」と「愚者」。


 正義と法皇は、皇を示していたとして、愚者については、いくら考えても、分からなかった。


(きっと……愚者は、降沢さんだったんだわ)


 タロットカード0番目のカード「愚者」。

 ゼロは、無を表す。

 ウェイト・ライダー版では、若者が崖っぷちを笑顔で旅する姿が描かれている。

 一歩先に、どう転ぶのか分からない緊迫した場面でありながら、太陽の下、若者は笑顔で前に進むのだ。

 カードの意味は、冒険、童心、自由。


「……うん、そうかも……」


 美聖は「愚者」のカードの絵柄を想像して、うなった。

 言い得て妙とは、このことかもしれない。


「愚者かあ…………」


 もはや、苦笑するしかない。愚者みたいな男って、もう、どうしたらいいんだろう。

 占い師としての美聖が「面倒臭い」としか、連呼しないのだが……。


「…………ははっ。絶対に縛れませんねえ。愚者じゃ」

「じゃあ…………やめておく? 今なら、まだ間に合うかもしれないわよ」


 トウコが片目をつむって、茶目っ気たっぷりに美聖を見返した。

 美聖は弱々しく頭を振って、うつむいた。

 首筋で光るのは、夏に美聖の誕生日プレゼントに降沢が買ってくれたエメラルドのネックレスだ。

 あまりに勿体なくて、一度も外で身につけたことがなかったのだが、今日は、気合を入れてつけてきた。


「今更ですよ。トウコさん」


 迷っても悩んでも、後悔しても……。美聖は、この道を進むと決めたのだ。


「私……占い師をやろうと決めた時も、姉の死について知りたいだけで、腰掛け程度の気持ちだったんです。降沢さんのことも……そう。何処かで、逃げようとしてました」


 美聖は、迷いの吹っ切れた満面の微笑を浮かべた。


「頑張ります。色々と」

「…………うーん、焚き付けておいて、なんだけど、…………程ほどにね」


 美聖は、トウコの心配そうな声援を背中に受けながら、食事を運ぶことに専念をしたのだった。


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