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占い喫茶と神降ろしの絵  作者: 森戸玲有
第4幕 支配者
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 ――西河 マリアが、詐欺罪で逮捕された。


 その衝撃的なニュースに、あの場にいた全員が声をなくした。

 いくらなんでも、絶妙なタイミングすぎる。

 漠然としていた出来事が、形を成して、おかしいと美聖に訴えかけてくるようだった。

 そして、そのショックは、二週間経った今でも確実に、美聖の中で尾を引いていた。


「……まさか、昨日今日会った人が逮捕されるなんて、びっくりなこともあるんですね。いまだに信じられませんよ」

「そうですよねえ。僕たちと会った翌日ですものね。でも、西河マリアさんは、例の縁結びのこともそうでしたけど、除霊と称して、難病の方に一回三十万円要求していたとか。これぞ、絵に描いたような詐欺罪ですよね。捕まるべくして、捕まった感じがします」


 運転席で軽快にハンドルを裁きなから、降沢が淡泊に切り捨てた。


 例によって「アルカナ」定休日。


 美聖の占い結果を元に、 トウコの人脈を最大限に発揮して導き出した答えを手に、美聖と降沢は田園調布に向かっていた。

 当のトウコは理純と所用があるということで、同行することが出来なかったが、目的地の詳細な住所をちゃんと書いてくれた。


(本当に、今までの鬱々が嘘のように、早い展開だわ)


 ………………美聖と降沢は、クサカベ家の別宅に向かっている最中なのだ。


「浩介が言ってましたよ。一ノ清さんの占い結果があったから、クサカベレンヤにあたりをつけることができたって……」

「いえいえ、とんでもない!」


 動揺の余り、美聖の声が裏返った。

 どうしたって、トウコが凄いのだ。あの程度の情報で警察でもない限り、個人を特定できるはずがない。


「私は、未熟すぎますよ。もっと頑張らないと……」

「そうでしょうか。僕は西河マリアより、はるかに君の方が占い師スキルは高いと思いますけどね?」

「まさか……」


 いくらなんでも褒めすぎだ。

 しかし、降沢は褒めている自覚もないらしい。

 真顔で続けた。


「あの人は、確かに多少能力があったのかもしれませんが、自滅をしたんです。確か、深淵をのぞくとき、深淵もこちらを覗いているって、言葉あったでしょう?」

「そういえば、哲学者の……ニーチェの言葉だったような気がしますが?」

「ああ、そうでした。それのような……。つまり、そういうことなのだと思うのです。霊能には必ずリスクが生じます。きっと……そこをどうカバーするのかが重要なのではないでしょうか。あの人は、一ノ清さんのお姉さまの死を知らなかった。自分を万能だと過信した。そこに限界があったのだと思います。だから、自分が嵌められていることにも気づけなかった」


 そこまで語ってから、降沢は自嘲気味に告げた。


「……て、これ全部、僕にとっての特大ブーメランな話がしますけどね」

「嵌められた? 西河マリアさんが……ですか?」


 自然に口にしているが、それは、美聖にとっては思いがけない言葉だった。

 高速道路を抜けると、降沢の口は更に滑らかになった。


「ええ……おそらく。怨恨か、お金か……。君の鑑定結果には、ほとんど女性のカードはありませんでしたよね。僕はタロットカードについてはよく知りませんが、男性的な者が君のお姉さまの死に関わっているのであれば、西河マリアも利用されていた一人なのかもしれません」

「一体、誰に?」

「それはまだ分かりませんけど、でも、西河マリアの逮捕は、絶妙なタイミングすぎますよね。僕たちが彼女に会ったことが影響していると考えるのは、こじつけ過ぎでしょうか?」

「……何だか予想以上に事が大きくなってきたような気がします」

「まったく。…………そうですよねえ。でも、浩介と理純は、織り込み済みのような感じでしたけどね。腹立たしいことに」


 降沢はカーナビの画面に注目しながら、おもいっきり恨めしそうに目を細めていた。

 あのニュースを見た後、理純はトウコに言い捨てたのだ。


『ほら、見たことか。ヤブヘビだっただろう』……と。


 最初から、あの人達は映里の死に違和感を覚えていたのだ。


(私は、何も感じなかったな……)


 映里のことだけを考えていたつもりが、いつの間にか大きな思惑に巻き込まれている感じがした。

 そして、美聖のせいで降沢も首を突っ込む羽目になってしまったのだから、申し訳ないにも程があるだろう。


「一ノ清さん、もし怖いようでしたら……?」

「いえいえ! 大丈夫です。絶対に、クサカベ レンヤさんには会っておきたいんです」


 毅然と前を向いた美聖を、隣の降沢がちらりと心配そうに見ている。


(怖気つかないわよ)


 夢の中、階段を一足飛びで降りて行った映里のようにはなれないけど、いつまでも怖がっていても仕方ない。


 ――映里の死の真相を見つける。


 いろんな人が協力してくれているのだ。ここまで来て、引き下がったら、意味がない。

 円に胸を張って報告するためにも、映里の最期を見届けたかった。


「まあ、引き返すも何も、レンヤは政治家のご子息ですからね。アポなしで正面切って会うのは難しいと思いますけどね……」

「いいんですよ。今日はまず、敵情視察に来ただけですから」


 クサカベ レンヤ=日下部連也は、大物政治家の一人息子だという話だ。

 やはり鑑定結果の「皇帝」は、権力を振う政治家を意味していたらしい。


(トウコさん……。西河マリアから、政治家で探りを入れたら、すぐに連也の正体が分かったって言ってたけど)


 政治家だからこそ、個人情報を得ることは難しく、別邸とはいえ住所を調べることに手を焼いたらしいが、トウコは何処から聞いつけてきたのか、大変だとぼやきなからも、一週間ちょっとで彼の居場所を突き止めてしまった。


 田園調布は、全国的にも有名な高級住宅街だ。

 短時間のたった一回の接触で、連也と会うことなど到底不可能だと、感じていた降沢と美聖は車を駅前の駐車場に置いて、徒歩で連也の自宅に行くことにした。

 そして、駅からわずか五分程のところに連也の別邸を発見したのだった。


「地図アプリを起動させるまでもなかったですね……」


 美聖は立ち眩みを覚えていた。


(ここは日本よね?) 


 確かに、大理石の表札には「日下部」と流麗な文字がある。

 そして、物騒な監視カメラも、ちゃんと回っている。

 巨大な白壁のような門塀から遠く、微かに垣間見える住居は、まるで西洋の城のようではないか。


「滝とか、どっかにあるんじゃないかしら?」 

「いくら何でもそれはないんじゃ……」


 降沢に冷静に返されてしまった。


「政治家って、ここまで儲かるものなんですね?」

「元々、金満家が政治家になったということかもしれません」


 日下部家は遡ると、旧華族の血筋で、連也の父、祖父も政治家だ。これで連也が父の跡を継げば、親子三代政治家の世襲ということになる。


(お父様は、有名人だもんね……) 


 連也の父、日下部誠一は次の総理大臣候補と呼ばれている程の大物だ。

 政治に疎い美聖でも、名前だけはよく知っていた。


(つまり、将来を嘱託されていた青年が西河マリアにはまっていたわけか)


 パートナーとして、マリアからシングルマザーの映里を紹介されてしまうなんて、人生どこで誰と縁があるのかわからないものだ。 


「一体、トウコさんは、こんな情報どこから仕入れたんでしょうか? また恵慧師ですか?」

「うーん、あいつはあいつなりに、顧客にいろんな人がいますからね。浩介が得意なのは、仕事関係の相談だそうですから、アルカナで恋愛相談に乗るより、出張鑑定する率が高いみたいです。もっとも、今は目のこともあるので、自重しているようですが……」

「……トウコさん、私にそんなこと言ってませんでしたよ」


 美聖が頬を膨らませると、降沢も不機嫌そうに眉を潜めた。


「あんな奴のことなど、率先的に知らなくったっていいじゃないですか。僕だって、知りたくて知ったわけじゃないですよ。腐れ縁です」


 きっぱり「腐れ縁」と答えるとところは、トウコも降沢も、とてもよく似ている。

 それが美聖には、羨ましいのだが、指摘したら更に降沢がへそを曲げそうだったので、話題を変えることにした。


「こんな所に、連也という人は、一人で住んでいるんですか?」

「浩介情報だと、そういうことですけどね」


 ……などと言っているそばから、降沢が表札横のインターホンを押した。


「ちょっ、ちょっと降沢さん!」

「でも、聞いてみなければ、始まらないじゃないですか」


 なぜか会心の笑みだ。

 降沢は、こういう時だけ、まったく物怖じしない。

 美聖の方がひやひやものだった。


『はい……』


 やがてインターホン越しに明らかに訝しげな女性の声が響いた。

 声色からして、五十代くらい。多分、この屋敷の家政婦だろう。

 ついでに門塀に取り付けられている監視カメラが音を立てて、こちらに向いた。


「あっ、すいません。僕は一ノ清と申しますが、連也さんは御在宅でしょうか?」

『どのような御用件でしょうか?』

「一ノ清 映里の件と伝えて頂ければ、分かるはずなんですが?」

『申し訳ありませんが、連也様は、ただいまこちらにはおりません』

「じゃあ、しばらく中で待たせて頂くことってできませんか?」

『それは無理です。では、失礼いたします』


 一方的に会話を終了させた女性は、乱暴に降沢とのやりとりを切ってしまった。


(うーん。予想通りだわ……)


 居留守なのか不在なのか分からないが、端っから取り次ぐ気がなさそうだ。


「私たち、めちゃくちゃ怪しまれていますね……」

「せっかく居所が分かったんだから、何とかして会ってみたいものですけど」

「そうしたいのは、山々なのですが、あのお手伝いさんの様子からして、ここで待っていたら、通報されてしまいそうですよ」

「なら、いっそのこと、通報されてみますか?」

「…………やめてくださいよ。そんなこと」


 美聖はそこで言葉を区切って、思考を巡らせた。


「悪くはないの……かなあ」


 どうも降沢につられて、感覚がおかしくなっているらしい。

 姉の死について調べていると、警察に話したら、どうなるのだろう。

 よくあるドラマの展開的に、政治権力で抹殺されてしまうのか……。


(いや……でも、お姉ちゃんが国家権力と接触があって、命を狙われたなんて、あり得ないしなあ)


「じゃあ、せめてもう一度、インターホンを押してみましょう」

「降沢さん、童心にかえってません?」


 若干、呆れ気味の美聖だが、止める理由がない。

 今まさに、降沢の手が再びインターホンのボタンに伸びた時、背後から低い声で呼び止められた。


「ああ、貴方たちは……」


 二人同時に振り返る。


 すると、そこには……。


(もしかして、………………正義と……皇帝?)


 くだんの弁護士と、野球帽をかぶった若い男が二人並んで立っていた。

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