⑪
――西河 マリアが、詐欺罪で逮捕された。
その衝撃的なニュースに、あの場にいた全員が声をなくした。
いくらなんでも、絶妙なタイミングすぎる。
漠然としていた出来事が、形を成して、おかしいと美聖に訴えかけてくるようだった。
そして、そのショックは、二週間経った今でも確実に、美聖の中で尾を引いていた。
「……まさか、昨日今日会った人が逮捕されるなんて、びっくりなこともあるんですね。いまだに信じられませんよ」
「そうですよねえ。僕たちと会った翌日ですものね。でも、西河マリアさんは、例の縁結びのこともそうでしたけど、除霊と称して、難病の方に一回三十万円要求していたとか。これぞ、絵に描いたような詐欺罪ですよね。捕まるべくして、捕まった感じがします」
運転席で軽快にハンドルを裁きなから、降沢が淡泊に切り捨てた。
例によって「アルカナ」定休日。
美聖の占い結果を元に、 トウコの人脈を最大限に発揮して導き出した答えを手に、美聖と降沢は田園調布に向かっていた。
当のトウコは理純と所用があるということで、同行することが出来なかったが、目的地の詳細な住所をちゃんと書いてくれた。
(本当に、今までの鬱々が嘘のように、早い展開だわ)
………………美聖と降沢は、クサカベ家の別宅に向かっている最中なのだ。
「浩介が言ってましたよ。一ノ清さんの占い結果があったから、クサカベレンヤにあたりをつけることができたって……」
「いえいえ、とんでもない!」
動揺の余り、美聖の声が裏返った。
どうしたって、トウコが凄いのだ。あの程度の情報で警察でもない限り、個人を特定できるはずがない。
「私は、未熟すぎますよ。もっと頑張らないと……」
「そうでしょうか。僕は西河マリアより、はるかに君の方が占い師スキルは高いと思いますけどね?」
「まさか……」
いくらなんでも褒めすぎだ。
しかし、降沢は褒めている自覚もないらしい。
真顔で続けた。
「あの人は、確かに多少能力があったのかもしれませんが、自滅をしたんです。確か、深淵をのぞくとき、深淵もこちらを覗いているって、言葉あったでしょう?」
「そういえば、哲学者の……ニーチェの言葉だったような気がしますが?」
「ああ、そうでした。それのような……。つまり、そういうことなのだと思うのです。霊能には必ずリスクが生じます。きっと……そこをどうカバーするのかが重要なのではないでしょうか。あの人は、一ノ清さんのお姉さまの死を知らなかった。自分を万能だと過信した。そこに限界があったのだと思います。だから、自分が嵌められていることにも気づけなかった」
そこまで語ってから、降沢は自嘲気味に告げた。
「……て、これ全部、僕にとっての特大ブーメランな話がしますけどね」
「嵌められた? 西河マリアさんが……ですか?」
自然に口にしているが、それは、美聖にとっては思いがけない言葉だった。
高速道路を抜けると、降沢の口は更に滑らかになった。
「ええ……おそらく。怨恨か、お金か……。君の鑑定結果には、ほとんど女性のカードはありませんでしたよね。僕はタロットカードについてはよく知りませんが、男性的な者が君のお姉さまの死に関わっているのであれば、西河マリアも利用されていた一人なのかもしれません」
「一体、誰に?」
「それはまだ分かりませんけど、でも、西河マリアの逮捕は、絶妙なタイミングすぎますよね。僕たちが彼女に会ったことが影響していると考えるのは、こじつけ過ぎでしょうか?」
「……何だか予想以上に事が大きくなってきたような気がします」
「まったく。…………そうですよねえ。でも、浩介と理純は、織り込み済みのような感じでしたけどね。腹立たしいことに」
降沢はカーナビの画面に注目しながら、おもいっきり恨めしそうに目を細めていた。
あのニュースを見た後、理純はトウコに言い捨てたのだ。
『ほら、見たことか。ヤブヘビだっただろう』……と。
最初から、あの人達は映里の死に違和感を覚えていたのだ。
(私は、何も感じなかったな……)
映里のことだけを考えていたつもりが、いつの間にか大きな思惑に巻き込まれている感じがした。
そして、美聖のせいで降沢も首を突っ込む羽目になってしまったのだから、申し訳ないにも程があるだろう。
「一ノ清さん、もし怖いようでしたら……?」
「いえいえ! 大丈夫です。絶対に、クサカベ レンヤさんには会っておきたいんです」
毅然と前を向いた美聖を、隣の降沢がちらりと心配そうに見ている。
(怖気つかないわよ)
夢の中、階段を一足飛びで降りて行った映里のようにはなれないけど、いつまでも怖がっていても仕方ない。
――映里の死の真相を見つける。
いろんな人が協力してくれているのだ。ここまで来て、引き下がったら、意味がない。
円に胸を張って報告するためにも、映里の最期を見届けたかった。
「まあ、引き返すも何も、レンヤは政治家のご子息ですからね。アポなしで正面切って会うのは難しいと思いますけどね……」
「いいんですよ。今日はまず、敵情視察に来ただけですから」
クサカベ レンヤ=日下部連也は、大物政治家の一人息子だという話だ。
やはり鑑定結果の「皇帝」は、権力を振う政治家を意味していたらしい。
(トウコさん……。西河マリアから、政治家で探りを入れたら、すぐに連也の正体が分かったって言ってたけど)
政治家だからこそ、個人情報を得ることは難しく、別邸とはいえ住所を調べることに手を焼いたらしいが、トウコは何処から聞いつけてきたのか、大変だとぼやきなからも、一週間ちょっとで彼の居場所を突き止めてしまった。
田園調布は、全国的にも有名な高級住宅街だ。
短時間のたった一回の接触で、連也と会うことなど到底不可能だと、感じていた降沢と美聖は車を駅前の駐車場に置いて、徒歩で連也の自宅に行くことにした。
そして、駅からわずか五分程のところに連也の別邸を発見したのだった。
「地図アプリを起動させるまでもなかったですね……」
美聖は立ち眩みを覚えていた。
(ここは日本よね?)
確かに、大理石の表札には「日下部」と流麗な文字がある。
そして、物騒な監視カメラも、ちゃんと回っている。
巨大な白壁のような門塀から遠く、微かに垣間見える住居は、まるで西洋の城のようではないか。
「滝とか、どっかにあるんじゃないかしら?」
「いくら何でもそれはないんじゃ……」
降沢に冷静に返されてしまった。
「政治家って、ここまで儲かるものなんですね?」
「元々、金満家が政治家になったということかもしれません」
日下部家は遡ると、旧華族の血筋で、連也の父、祖父も政治家だ。これで連也が父の跡を継げば、親子三代政治家の世襲ということになる。
(お父様は、有名人だもんね……)
連也の父、日下部誠一は次の総理大臣候補と呼ばれている程の大物だ。
政治に疎い美聖でも、名前だけはよく知っていた。
(つまり、将来を嘱託されていた青年が西河マリアにはまっていたわけか)
パートナーとして、マリアからシングルマザーの映里を紹介されてしまうなんて、人生どこで誰と縁があるのかわからないものだ。
「一体、トウコさんは、こんな情報どこから仕入れたんでしょうか? また恵慧師ですか?」
「うーん、あいつはあいつなりに、顧客にいろんな人がいますからね。浩介が得意なのは、仕事関係の相談だそうですから、アルカナで恋愛相談に乗るより、出張鑑定する率が高いみたいです。もっとも、今は目のこともあるので、自重しているようですが……」
「……トウコさん、私にそんなこと言ってませんでしたよ」
美聖が頬を膨らませると、降沢も不機嫌そうに眉を潜めた。
「あんな奴のことなど、率先的に知らなくったっていいじゃないですか。僕だって、知りたくて知ったわけじゃないですよ。腐れ縁です」
きっぱり「腐れ縁」と答えるとところは、トウコも降沢も、とてもよく似ている。
それが美聖には、羨ましいのだが、指摘したら更に降沢が臍を曲げそうだったので、話題を変えることにした。
「こんな所に、連也という人は、一人で住んでいるんですか?」
「浩介情報だと、そういうことですけどね」
……などと言っているそばから、降沢が表札横のインターホンを押した。
「ちょっ、ちょっと降沢さん!」
「でも、聞いてみなければ、始まらないじゃないですか」
なぜか会心の笑みだ。
降沢は、こういう時だけ、まったく物怖じしない。
美聖の方がひやひやものだった。
『はい……』
やがてインターホン越しに明らかに訝しげな女性の声が響いた。
声色からして、五十代くらい。多分、この屋敷の家政婦だろう。
ついでに門塀に取り付けられている監視カメラが音を立てて、こちらに向いた。
「あっ、すいません。僕は一ノ清と申しますが、連也さんは御在宅でしょうか?」
『どのような御用件でしょうか?』
「一ノ清 映里の件と伝えて頂ければ、分かるはずなんですが?」
『申し訳ありませんが、連也様は、ただいまこちらにはおりません』
「じゃあ、しばらく中で待たせて頂くことってできませんか?」
『それは無理です。では、失礼いたします』
一方的に会話を終了させた女性は、乱暴に降沢とのやりとりを切ってしまった。
(うーん。予想通りだわ……)
居留守なのか不在なのか分からないが、端っから取り次ぐ気がなさそうだ。
「私たち、めちゃくちゃ怪しまれていますね……」
「せっかく居所が分かったんだから、何とかして会ってみたいものですけど」
「そうしたいのは、山々なのですが、あのお手伝いさんの様子からして、ここで待っていたら、通報されてしまいそうですよ」
「なら、いっそのこと、通報されてみますか?」
「…………やめてくださいよ。そんなこと」
美聖はそこで言葉を区切って、思考を巡らせた。
「悪くはないの……かなあ」
どうも降沢につられて、感覚がおかしくなっているらしい。
姉の死について調べていると、警察に話したら、どうなるのだろう。
よくあるドラマの展開的に、政治権力で抹殺されてしまうのか……。
(いや……でも、お姉ちゃんが国家権力と接触があって、命を狙われたなんて、あり得ないしなあ)
「じゃあ、せめてもう一度、インターホンを押してみましょう」
「降沢さん、童心にかえってません?」
若干、呆れ気味の美聖だが、止める理由がない。
今まさに、降沢の手が再びインターホンのボタンに伸びた時、背後から低い声で呼び止められた。
「ああ、貴方たちは……」
二人同時に振り返る。
すると、そこには……。
(もしかして、………………正義と……皇帝?)
件の弁護士と、野球帽をかぶった若い男が二人並んで立っていた。




