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「綺麗じゃないわねえ……」
「何だと?」
「絵的な話よ。いい歳したガタイの良いおっさんが二人で、並んで飲んでいても、まったく様にならないわ。なんかイヤ……」
「俺だってな、なにが悲しくて、お前と二人で、こんな小洒落た店で飲まなきゃならないのか分かんねえよ。だから、そこら辺の安い居酒屋で、焼き鳥でも食いながら、飲んでいれば良かったんだ」
行きつけのみなとみらいのバーで、法月理純と待ち合わせしたのがまずかった。
相手がこの色気のない男だと、せっかくのベイエリアの夜景もぶち壊しのような気がして、トウコはもしも用件がなかったら、そのまま回れ右をして帰りたい衝動にかられていた。大体、この男は坊主だ。もっぱら山の中で閉じこもって行をしている男を、いくらトウコの実家の近所とはいえ、デートスポットに引っ張り出してくるべきではなかったのだ。
「ああ、もう……。大衆居酒屋じゃ、込み入った話もできないと思ったんだけど、お店、間違ったわ」
「俺だって、こんな店より立ち飲み屋の方が落ち着くけどな」
その割には、目がトロンとしている。
(見事に、酔っぱらっているじゃないのよ……)
注文していたウィスキーのロックがすぐに出てきたので、トウコは理純と一つ椅子を開けて、カウンター席に座った。
平日の店内は客も疎らで、落ち着いたジャズミュージックは、密談をするには丁度良いボリュームで、少し眠くなってくる。
さすがに薄暗い店内に、サングラス姿でいるのも怪しいので、そっと外して胸ポケットに仕舞こんだ。
「……で、何だよ? オカマ偽占い師」
「その言い方、やめて頂戴よ。オカマと占い師なら、許せるけど、偽占い師と呼ばれるのは、何とも嫌な気分だわ」
「どうせ目も視えなくなりつつあるんだ。占いすらまともにできなくなるんだったら、僧侶にでもなったらどうだ? お前は俺よりむいているぞ。俺の代わりにお前があの家を継いでくれた方が親父も喜ぶ」
「勘弁してよ……。それこそ、オカマの僧侶なんて洒落にならないわ」
美聖に説明した通り、理純とは腐れ縁だ。
子供の頃、目が良すぎたトウコは、祖父に気味悪がれて、一時期寺に預けられたことがあった。
その寺こそが、理純の実家だった。
トウコと理純は決して仲が良かったわけではなかったものの、自然一緒にいる時間が長くなってしまい、寺を出ても定期的に連絡は取る仲となってしまったのだ。
(まさか、ここまで長い付き合いになるとは……)
ついには四十を過ぎた今でも、在季を通して関係が続くようになるなんて、思ってもいなかった。
(私の葬式で、この男が経を読むとしたら、絶対に成仏できないわよねえ……)
それこそ悪夢だ。
トウコは酒を飲み干すことで、漠然とした不安を打ち消した。
それを理純は、降沢のことを思っているのだと勘違いして、話を強引に進めてしまった。
「……まったくよ。何を落ち込んでいるんだか……。俺が山籠もりしているうちに、降沢が人間的になったって聞いていたから、期待したんだけどな。今回の件で益々、やさぐれているんじゃないのか? それでお前、俺に連絡して来たんだろう?」
「おおよそ想像ができているくせして、私に語らせるのね……。悪徳坊主」
「何だと? 俺が心優しき聖職者だから、こんなところまで来てやったんだろうが」
それはどうだろう?
トウコの奢りだと思い込み、ご機嫌に飲んだくれている理純の姿に、悲壮感の欠片も見当たらない。
「まあね……色々あるわよ。私だって、責任感じているわ」
トウコは理純の目には構わず、大理石調のテーブルに肘をついた。
――あの日から……。
美聖が姉の遺品を持って『アルカナ』に訪れてから三日。
特段、在季と美聖に変化はない。
表向きは仲良くやっているようだ。
微笑み合う余裕もあるようだし、差支えのない雑談程度はしている。
しかし、ふとした瞬間のよそよそしさと冷たい空気が、二人が出会った頃よりも更に深く、捻じれているような気がして、変に勘働きの良いトウコは、頭痛がするほどに、精神をすり減らしていた。
「別にねえ、美聖ちゃんは、在季に対して怒っているわけでも、がっかりしているわけでもないんだけどね。でも、一度すれ違うと……なかなかかみ合わないものだから」
「いやー、あの子だって、内心がっかりしているだろう? 姉ちゃんの死の真相。降沢頼みだったんだから」
「馬鹿ねえ。在季頼みだったら、もっと早くに、まず私に協力を頼んでいたわよ。大体、そういうタイプの子だったら、私雇わないもの。……違うのよ。あの子は、誰かの力をあてにするような子じゃないの。むしろ、在季タイプよ。誰にも遠慮して、一人で全部抱えて、駄目になっちゃう方……」
小さい子供を引き取って、一人で頑張ろうと、神経張りつめて過ごしていたのに……。
いきなり、在季が中途半端に手を差し伸べて来たのだ。
混乱したのは、美聖の方だろう。
在季から、告白されたわけでもない。
恋人同士でもない、宙ぶらりんの立ち位置で、美聖を甘やかそうとする在季の真意が分からずに、在季を試さざるを得ない状況となってしまった。
……だから美聖は、かえって、これで良かったと思っているくらいなはずだ。
こんな形で、在季の力を利用するのは、彼女にとって本意ではないのだから……。
――けれども、在季は違う。
あの直後、他に遺留品はないかと美聖に詰め寄っていた。
美聖はもう十分だと言って断ったし、トウコが同調したため、在季もそれ以上深追いはしなかったが。……でも、納得がいってないようだった。
――あの日の朝、美聖が来る前に、在季は理純に言ったのだ。
『もしかしたら、閉じていた霊媒をもう一度開けることになるかもしれない……』
それで、案の定、理純から大目玉をくらっていたわけだが……。
(壊れていくなら、一途に……なのよね。昔から……)
今、在季に必要なのは、沙夜子先輩のことは過去にして、単純に美聖を好きなことを認めて、地に足をつけて、しっかりと生きて行くことなのだ。
それは彼の絵描きとしての、やり方を大きく変えることになるかもしれないが、それでも……。
今、この時に、在季は変わらなければならないのだ。
トウコの占い師としての勘が、確かにそう告げているのに……。
(……でも、簡単じゃないのよね)
好きだから、付き合うという発想自体を、在季は持っていない。
今までずっと、恋愛に対して、在季は執着したことがない。
来る者は拒まず、去る者は追わずの主義でいた。
自分の存在意識が希薄だから、相手を大切にすることもできない。
(在季だって、分かっているはずなのに……)
その先に進めないのが、辛いところだった。
「私はね……。在季に自覚を持って、誰かをちゃんと好きになって欲しかったのよ」
「もう、お前がアイツを護ることが出来ないから……か」
「私も、沙夜子先輩に縛られていたから……。この目がいろんな意味で、見えなくなっていくことは、ある種のチャンスだと思ったわけよ」
「なるほどねえ。まっ、今のところ、お前の読み通り、降沢はあの子を特別に想うようになったみたいだけど、ちょっと、お前は転がし過ぎたかな。今は見当違いの方向にいっているみたいだ」
「……だから、責任は感じてるって、言ってるじゃないの」
少し急ぎすぎた。
二人して良い雰囲気だから、正面でぶつけたら何とかなるのではないかと、お節介をしてしまった。もっと時間が必要だったのだ。
「何にしても、美聖ちゃんのお姉さんのことがどうにかならないと……駄目よね。彼女も在季と気まずいだろうし、在季も勝手に壊れちゃうだろうし……」
「まあ……降沢の代わりになるような、霊能者のも知り合いなら、いくらでもいるけど。うーん。どうもなあ……何か嫌な予感がするんだよな」
「嫌な予感?」
気がつくと、グラスが空になっていたので、トウコは二杯目を頼んだ。
理純は外人のような彫りの深い濃い顔をしているくせして、若い女の子のが飲むようなピーチのカクテルを啜っている。
「彼女の姉さんの死に方はキナ臭くないか? アイツが何も惹かれなかったっていうのも、かえって気になる。もしかしたら、ヤブヘビかもしれないぞ……」
「だけど、このままという訳にもいかないわ。美聖ちゃんを雇ったのは、私なんだから」
「…………はいはい。それで?」
長年の付き合いだ。理純の察しは良かった。
「俺は親父に何て、頼みこめばいいんだ?」




