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占い喫茶と神降ろしの絵  作者: 森戸玲有
第4幕 支配者
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◆◇◆


 「浩介くんのこと、好きだよ」

 

 そんなことを、昔から私は老若男女問わずに、よく言われたものだった。


 小中高と恋愛感情は抜きで、女の子にも好かれたし、恋愛相談で、男の子にも重宝された。

 私はいつも一線を引いたところで、彼らを眺めているのが好きだったのだ。

 近づき過ぎず遠すぎず、私の抱えている厄介な性質がばれないよう、上手い調子で、その立ち位置を崩さないように慎重に生きていく。

 男の姿でいるけれど、女心を持っているし、女の言葉遣いをしているけれど、男のすべてを失ったわけでもない。

 でも、こんな私を将来受け入れてくれる社会はないだろう。


 だからこそ……。

 私は、人とは違う自分を受け入れてくれそうな場所を探した。


 …………ある意味、不純な動機で、私は美大を選択したのだった。


 だが、実際の大学生活は、私の予想通りとはいえ、過酷だった。

 あそこに集っていた学生たちは、綺麗という概念から飛び越えて、エキセントリックだった。


 そして、子供の頃から持ち合わせていた私の特殊な能力も無駄に開花してしまい、私を苦しめる厄介な材料と化してしまった。


「あっ、おはよ。遠藤くん……。どうしたのよ? 大きな体して、また貧血?」


 お肌つるつるで、緩いパーマをかけた髪を軽く風になびかせながら、校内を闊歩しているのは、降沢沙夜子先輩だ。

 いつも元気一杯な彼女は、どんなマイナス的要因も引きつけないほど、強いエネルギーを発していた。

 正直、大学に来るまでに、だいぶ嫌なものを視てきて木陰で休んでいた私には、彼女の存在は眩しすぎて目が潰れてしまいそうだった。 


(よりにもよって、こちらが疲れきっている時に会うんだものね……)


 沙夜子先輩とは、サークル活動で知り合った。

 そんなに活発にサークル活動に精を出すつもりはなかったものの、何処にも所属しないのも寂しいと考えた私は「歴史研究会」という字面からして、地味そうなサークルに入ることにした。

 しかし、ただ歴史を勉強するだけの暇そうなサークルだと思い込んでいたのがいけなかった。このサークルこそ、私の特殊な能力を刺激する恐ろしい場所となっていたのだ。


「先輩……どうしたんですか? その箱」


 彼女のオーラは見慣れている。

 問題はそこではなかった。

 沙夜子が大切そうに抱え込んでいる小箱の中身に怖気が走り、気になって仕方なかった。


「ああ、これねえ……。先生が私に貸してくれたのよ。サークル活動に役立ててほしいって。何でも自宅の蔵にあったらしくて、江戸時代の脇差し」

「…………はっ?」


 なぜ、そんな物騒なものをよりにもよって借りてしまったのか……。


「銃刀法違反じゃ……?」

「錆びついているから、大丈夫よ。……まあ、そういうことで、一応箱に入れているしね!」

「そうなんですか」


 箱の中からもくもくと出ている黒い煙と、ざんばら頭の紋付き袴の武士が恨めしそうに、沙夜子を睨みつけている姿が私にはリアルに視えて、頭が痛い。

 しかし、沙夜子はそんな視線に気づきもせず、鼻歌を口ずさみそうなほど、上機嫌なのだ。


「楽しみだわー。こういう長い年月を経た歴史的遺物をモチーフにして絵を描いて、後世に遺していく仕事を私はしたいのよね」

「…………変わった趣味をお持ちですよねえ。先輩って……」

「何言っているのよ。趣味じゃないからね。私は将来歴史を描く画家として、名を馳せる予定なのよ。今に見てなさいよ」

「それは、将来有望ですねえ」


 寝転んでいた芝生から立ち上がり、私はさりげなく、武士の霊を取っ払って、苦笑いで彼女に手を振った。


「私も先輩の絵のファンなので、将来の画家先生として、楽しみにしていますからね。だから、お体にはくれぐれも気を付けて下さいね。無理だけはしないように……」

「遠藤くんは、優しいわね。オカマにしておくのが勿体ないくらい」

「そうですねえ、男の子だったら、先輩のこと放っておかなかったのに、もったいないわ」


 はははっと、沙夜子が快活に笑う。

 決して作った顔ではなく、心の底から楽しいと思っている。

 私は、そんな彼女の裏表のない明るさが好きだった。

 本当はこういう面倒なタイプには、関わりたくないのに、放っておけないのだ。

 純粋無垢で、優しくて、強くて、自分の信じる道を微塵も疑わない、誰よりも人に愛されて生きてきた女性。


(何でかしら……ね)


 そんな人だから、悪い物を寄せつけない。跳ね飛ばす力がある。

 別に私が祓わなくとも、あの程度の霊なら自然に退散していただろう。


 ――それでも、心配なのだ。


 どうしてか、危なっかしさを覚えてしまう。

 世間を知らない赤ん坊が吊り橋をよちよち歩きしているような恐ろしさ。

 すでに私はその時、彼女の擦れない真っ直ぐさに惹かれながらも、同時にそれが諸刃の剣であることを理解していたはずだった。


(せめて、近くにいるうちは、面倒くらい見てあげられるかな?)


 けれど、この能力のことを、永遠に彼女に話すつもりはなかった。

 面倒事はうんざりだった。

 それに、目の届く範囲であれば、彼女を見守ることくらいは、できると自惚れていた。


 もし、この頃に彼女に力のことをすべて打ち明けて、もっと早く在季と出会っていたのなら……?


 いや、どうなのだろう。


 ―――今となっては、何が正解かなんて、分からない。


 人の一生なんて、きっと、そういうことの繰り返しなのだろう。

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