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占い喫茶と神降ろしの絵  作者: 森戸玲有
第1幕 創造主
4/67

 鎌倉の店の閉店時間は早い。

『アルカナ』も十七時閉店だった。

 終わりが早いのは、助かる。

 けれど……。

 いつもなら、真っ先に帰宅する美聖は、今日に限っては、帰るに帰れなかった。


(絶対に、問い詰めなくちゃ……)


 このもやもや感を引きずったまま、帰途につくことなどできるはずがない。

 店の営業が終了するのを待って、美聖は厨房で作業をしていたトウコを捕まえて、腹にたまっていることを、おもいっきりぶちまけた。


「トウコさん!? どうして、あんなふうに断ったのですか!? 教えてください!!」

「…………えっ、何が?」

「何がって……」


 そんなに、遠い目をしないでもらいたかった。

 つい数時間前のことである。


「……昼間の最上さん、まるで、追い出したような感じでしたよ」

「ああ、そのことね」


 まるで、今思い出したのかように、トウコが微笑んだので、美聖は更に顰めっ面になった。


「幸い、最上さんがお客さんと出くわすことなく帰って行ったので、騒ぎにはなりませんでしたけど、あの対応はまずかったような気がします」

「そうかしら……」

「普通のお客さんだったら、絶対にトウコさんは、あんな帰し方はしませんよ」

「…………確かに、そうかもしれないわね」

「そりゃあ、結果は良くなかったですけど。わざわざ北鎌倉まで来てくれたのに、あれじゃあ、ちょっと最上さん、可哀相じゃないですか?」

「あれ? 美聖ちゃんって、最上初が好みのタイプだったの。もっと違うタイプが好きだと思ってたわ」

「そういう問題じゃありませんよ!」


 そりゃあ、少しはイケメンだと思った。

 ……けれど、美聖が訴えたいのは、そういうことではないのだ。


「私に、何を秘密にしているのですか? 全部とは言いませんが、少しは教えてくれても良いのではないですか? トウコさん!」

「はいはい、美聖ちゃん。分かった。分かったわよ。理由……話すから」


 鼻息荒く、美聖がトウコに近づくと、大きな図体を引きずるようにして、彼は後退した。

 ややしてから、頬を撫でつつ、野太い声で上品に答える。


「最上初の依頼を私が勝手に断ったのは、美聖ちゃんが、骸骨(スカル)の指輪を見ていたから……よ」

「えっ?」 


 一瞬、何のことか美聖には分からないほど、それは、ささやかな感情の揺れだった。


「……なぜ? 別にあれは、深い意味なんてなかったですよ。ちょっと気になっただけで」 

「私は深い意味を感じたわ」

「確かに、ファッションで骸骨をつけているのって、余り良い意味ではない気もしますけど……。でも」

「別に、それに関しては良いのだけどねえ……」

「…………はっ?」

「髑髏だけなら、悪くないのよ。ほら、タロットカードの十三番目のカードは死神でしょう? 骸骨の頭部分が髑髏だもの。私たちにも馴染深いカードだわ。死神は大アルカナの丁度、中間点。意味は単純に『死』ではない。折り返し地点よ。再生するための『死』という意味。最悪ではないわ」

「私…………そこまで、深読みできませんけど?」


 確かに、タロットカードで『死神』を出したからといって、イコール『死』にはならない。


(じゃあ、何?)


 髑髏の指輪が何だというのだろう。

 益々意味が分からないではないか?


「えーっと、つまり、引き受けなかったのは、髑髏柄のせいではないということですか?」

「まあ……そういうことになるわね」

「でも、画家は降沢さんで、トウコさんが仕事の依頼を受けるか受けないか判断するというのは……」

「それも、私たちの仕事の一つなのよね」


 さらっと告げられた言葉の破壊力に、美聖は慄いた。

 特に『私たち』という単語には、耳を疑いたくなるほど、謎が深い。


「どういう意味ですか?」

「降沢の仕事を引き受けるか否かは、一応、私と美聖ちゃんの判断も必要なのよ」

「私もですか……?」


 美聖が問うと、トウコもこくりとうなずく。

 それは、雇用契約の条件になかった業務だ。


「…………それで、髑髏がどうして?」


 頭の上に無数のハテナマークをつけながら、美聖が呆けていると、横からひょいと背の高い男が顔を出した。



「二人で、髑髏の話題ですか?」

「降沢さん!?」

「髑髏といえば、南米などでは再生の御守りですよね。日本でも、呪術などをする際に、しゃれこうべを用いる場合があるそうですよ。しゃれこうべを『宇宙』に見立てるんだとか聞いたことがありますね」

「……はあ」


 固まっているトウコと、美聖を見比べて、降沢はようやく目を丸くした。


「あれ? 僕なんか間違えましたか?」

「在季は、どうして普通に登場することが出来ないのかしらね?」


 定位置と言わんばかりに、降沢が美聖の横に立っていた。

 営業が終わって、てっきり自室に戻ったのだと思っていたのだが……。

 いつも、気配なく近くにいるので、美聖の心臓に悪い。


「すいません、一ノ清さん。もしかして、驚かせてしまいましたか?」

「驚いたというか……。いつも、そんなに話さないのに、今日はよく喋るので、不思議なだけですよ」


 人形でなくて、生きていたんだな……と実感する……とまでは、店のオーナーに向かって、指摘することはできなかった。


「ああ、そうか。言われてみれば、そうかもしれませんね。すいません、今まで、ずっと話しかけたかったのですが、話すきっかけがそんなになかったものでして」

「…………そうとは思えなかったのですが?」

「ほら、見た目からして、気づきません? 僕、ものすごく人見知りなんです。だって、こんな所で、ずっと閉じこもっているんですからね。浩介以外、人と話さない生活をずっと送っているとね、人とちゃんと話すのに勇気がいるというか……。ひきこもりが外に一歩踏み出すのって、大変なことなんですよ。日本語だって忘れるし……」


 三十路の画家に、朗らかに『引きこもり』宣言をされた挙句、勇気を持って話しかけたことを、力説されてしまった。


「……で、降沢さんは、どうして外に出ないのですか?」

「出ても良いんですけど、面倒臭くて」


 訊くべきじゃなかった。


 ――何だ。それは……。


「完全なひきこもりの主張ですよね?」

「そう……だから。こんな無精な僕だから、精力的に動いちゃいないんです。モデルを引き受けてくれた方々やモチーフを貸して下さった方が僕の情報を漏らすこともないように念押して、過去の絵描きとして、ひっそりと生きていたのに、あの人……何処で僕が絵の素材を探していることを知ったのかな?」

「…………在季」


 トウコがサングラスを少しずらして、降沢に真摯な視線を向けた。


「少しは、警戒しなさいよ」

「でも、せっかく僕を訪ねて来たんです。描いてあげても良かったのに…………」


 降沢は無邪気に言い返す。


「あの髑髏……。悪くはなかった」

「……一体、どういうことなんですか?」

「まったくねえ……」


 母親のような愛情と呆れの入り混じった溜息を零して、トウコは大仰に頭を抱えた。


「この男、いわくありげな物ばかり描きたくなるのよ……」

「…………はっ?」


 ぽつりと告げられた一言に、美聖は首をひねった。


「降沢さんって、人物画を描くんじゃなかったのですか?」


 そのためのモデルなのではなかったのか?

 しかし、トウコは肩を竦めている。


「人も描くけど、物も描くわ。まあ、何でも雑食って感じかしら。何も視えないくせして、厄介な代物ばかり描きたくなるの。だけど、視えないのと、感じないのとは違う。こんなことばかりしていたら、確実に命を持っていかれるって、私は老婆心で心配してあげているのよ。……で、一応こんなんでも画家だから、せめて、悪いエネルギーのないものを選んであげたいと思って」

「じゃあ、私に占いをさせたのって……?」

「君は僕の描いた物に反応しました。多少、力を持っていると思ったので、最上の持ち物にも反応を示すかなって思ったんです」


 降沢は、あっさりと答える。

 美聖は激しく顔を横に振った。


「滅相もない! 私のは霊感とか大それたものじゃなくて、多少、ぞわっとする程度ですから。誰にだってあるものだと思います」

「ええ。だからこそ、僕にとっては都合がいいのです」

「何がどういいんですか?」

「君がもし視えすぎていたら、明らかに僕より寿命削ってしまいそうじゃないですか?」 

「………………あっ」


 そうかもしれない。

 いや、そうだろう。

 いわくつきの物ばかり描きたがる降沢の近くにいたら、とんでもない物に出くわす可能性が高いということだ。

 美聖は、占い師のくせして、スピリチュアル方面には懐疑的な目を持っているが、目に見えない世界があるということを自覚はしていた。

 霊感の強い人が、もし降沢の側にいたら、視えない降沢の恐ろしい趣向に、悲鳴を上げて逃げていくかもしれない。


「あの最上という男、ここに一人で来ることが出来ただけで、僕との縁は繋がっていたということですからね。……だったら、彼には何かいわくがあるんじゃないかと、君に視てもらいたかったんですよね」

「じゃあ、降沢さんが私に求めていたのは、占いなんかじゃなくて、あの人が描くに値する人かどうかってことだったんですか。だったら、最初からそう言ってくれても」

「最初にすべてをバラしてしまったら、君はかえって萎縮してしまうタイプだと思いましたので、ごめんなさい」


  たいして、悪いと思ってないような謝罪だった。


「つまり、私はそのために『アルカナ』に雇われたってことだったんですか?」


 降沢がおかしなものを見つけて来ないために、雇われた毒見係のような存在だということなのか?


「嫌だわ。美聖ちゃん、それも理由の一つってことよ」


 慌てて、トウコが間に入った。


「余りにも危険な物が持ち込まれた場合、こいつから、それを引き離さないといけないから……。美聖ちゃんの意見が欲しかったってことなのよ。もちろん、私は美聖ちゃんの占い師としての実力も買っているし、相性も良いから上手くやっていけると思っているのよ」

「……あり……がとうございます」


 すんなりとは喜べない。


 だけど、怒る理由もなかった。

 いまだに、非現実的に話に多少違和感を覚えているというのもあるけれど……。


(まあ、はっきり、そう言われた方がしっくりくるよね……)


 何かしら裏があることは分かってはいたし、美聖は占い師で自活したいと思って、ここに来たわけでもないのだ。

『アルカナ』でバイトを始めた理由は、お金と、ある目的の為だった。


 あえて、誰にでもありそうな能力を評価して買ってくれたのなら、美聖はラッキーなのだろう。


「ごめんなさいねえ。元々は、占いの片手間に私がやっていたことなんだけどね。最近、ちょっと目を悪くしちゃったものだから、美聖ちゃんに頼んでみようと思って」

「だから、サングラスをかけていたんですか……」

「そうなの。まっ、そんなに、このヒッキ―なおっさんに絵の依頼なんてないし、いわくつきの品物なんて、そうそう有りはしないから、気にしないでね」


 とうとう、ヒッキ―なおっさん呼ばわりされている降沢だったが、特に気にしたふうでもなく、美聖をじっと眺めていた。


「タロットカードによると、彼は仕事のことではなく、もっと違うことを気にしているってふうに出たんですよね?」

「はい。……多分、小アルカナ……カップの6が出ました。過去を惜しんでいるのかもしれませんね」

「過去……か」


 降沢が髪を掻き分けた。

 切れ長の瞳がすっと細められていた。

 そんな時だけ、美聖は異性として降沢を意識してしまうから、嫌になる。


「存外、ここに来たのは、僕の絵を目当てにした訳でもないのかもしれないですね」

「他に、目的があったのでしょうか?」


 美聖も、違和感を抱いていた。

 もやもやしていたそれを、降沢は言葉にして明確に示してくれた。


「……自分の実力で、ここまで、のし上がってきたと自負している人が、無名に近い画家の絵にすがりたいと思うでしょうか?」

「それも、そうよねえ」


 トウコが首を捻る。


「僕は、彼の目的のついで……だとしたら、絵の依頼は引き受けなくて良かったのかもしれませんね。僕の描き方じゃ、途中で気が変わったって言われても、一度描き始めたら、描き終わるまで止まりませんから。…………まあ、もっとも、本当に僕と縁があるのなら、また繋がるでしょうしね」


 また意味深な言葉を繰り出してくる。

 画家先生は、優雅なものだ。

 いくらでも払うと有名人に請われたのなら、美聖だったら、依頼を引き受けていただろう。

 ちょっとした嫉妬と、羨望。

 だけど、その時の美聖は、降沢の抱えている深い闇の正体を知らなかった。


 物事が動いたのは、数日後のことだった。



 ――美聖は『ウィザード』が活動休止となったニュースを、テレビの一報で知ったのだった。

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