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「お父さん! せっかく来て下さったのに、どうして威嚇モード入ってるのよ。降沢さんは、私の上司なんだから、失礼な態度を取らないでね」
「ああ、そうだったな。お前の上司だった。これは失礼した」
「いいえ。お気になさらず……」
降沢在季は、笑顔を崩すことがない。鉄壁の守りを見せていた。
美聖のことを特別に意識しているようだが、その言葉には照れがない。
私の探るような目にも、まったく堪えていないらしく、抱きついてくる円と戯れる余裕まで発揮している。
「ところで降沢さん、貴方は、その喫茶店で占い師をしているのですか?」
「……えっ?」
降沢は首を傾げた。美聖と目を合わせて、二人で無言の打ち合わせをしているかのようだった。
……気に入らない。
当たり前のことを尋ねているのに、答えられないとは何事だ。
私は怒鳴りつけてやりたい感情を抑えて、泣き落としにかかることにした。
「実はですね……降沢さん、美聖は家では、アルバイト先のことを、まったく話してくれないのです。私は親として心配で……」
「そうですよね。特殊なお仕事ですし、心配ですよね。お気持ちは分かります」
降沢は同情的に、眉を下げた。
柳のように、ゆらゆらしている。
捉えどころのない謎めいた雰囲気は、占い師特有のものなのだろうか?
「……降沢さんも、占い師なんですよね?」
「僕は占い師じゃありませんよ」
「はっ?」
……まさかの否定だった。
「そう……なんですか。では、給仕専門の社員……?」
「いずれ簡単な給仕くらいはしたいと思うのですが……。ああ、社員というわけでもないです」
「…………じゃあ、あんた、一体何なんですか?」
つい、素が出てしまったのだろう。
「もうっ!」
美聖が慌てて、二人の間に割り込んできた。
「お父さん、いい加減にしてよね! ほら、まず帰ったら、お母さんとお姉ちゃんに挨拶しているでしょ。早くしてきたら、どう?」
「んなこと、降沢さんとの挨拶が終わってからだ!」
「あははっ、一ノ清さん、なかなか熱烈なお父様じゃないですか?」
なぜ笑う?
笑うところではないだろう。
……それなのに、円も便乗して大笑しているのだ。
「そうそう、祖父ちゃんは、いつもこんな感じ」
「もう、いつもこんな感じで。困っちゃうんです。……熱烈というより、ただ疑り深いだけなんですよ」
「えっ、疑る……? 僕をですか?」
降沢がまるで、心当たりのないすっとぼけた顔を晒しているが……
「美聖、はっきり言ってしまっていいか?」
「駄目。ぜったい」
せっかく事前に断ったのに、華麗に一蹴されてしまった。
(ああ、疑っているさ。疑って、何が悪いのだ!)
私の苛々は、頂点に達していた。
美聖がぐいぐい後ろに引っ張るが、私は負けじと降沢に近づいていく。
更に近づくと、私の老眼でもこの男の美形を確認することができた。
そういえば、先日、テレビに出ていたアイドルの男に顔が似ている。
そこそこの長身に色白の肌、長い睫に、薄い唇。女と見間違えるほどの美貌。
私の若い頃とは、大違いだ。
こんな軟弱そうな男が、本気で美聖とのことを考えられるのだろうか……?
「確かに……。そうですよね。自分の娘が得体の知れない店で働いているとなったら、気になりますよね?」
「……降沢さん、貴方の店は得体が知れないっていうんですか?」
「ああ、失礼。言葉のあやですよ。占いをする以外は、普通の喫茶店です。一応、お話しいたしますと、僕はその店の家主と申しますか、喫茶スペースを貸している者なんです。……ですので、店の経営には携わっておりません。……僕自身は、ただの絵描きなんです」
「絵描き……?」
「お父さん……。降沢さんは、画家さんなのよ。すごい沢山、顧客がいるような人なのよ」
「いやいや、そんなことはありません。僕、滅多に絵を描きませんから」
「…………なっ?」
「降沢さんっ!」
なんということだ。
(許せんっ!)
――どうせ、自称画家だろう。
滅多に絵を描かないと言ったら、日中彼は何をしているのだ?
(……要は、ただのニートだろうが)
今すぐ、インターネットを使って、名前を検索したい衝動を堪えて、私はキッチンの椅子に鞄を置いた。
「ああ……っと、美聖、水をくれないか。父さんは、喉が渇いた」
「……イヤだよ。それなら、自分で」
あからさまに、拒否感を示す美聖に、私は渋い顔を向ける。
「別に取って食いはしないから、大丈夫だ。いいから、父さんに、水・を・く・れ!」
「一ノ清さん、どうかお父様の頼みを聞いてあげてください」
「降沢さん……」
美聖が一瞬、私をきつく睨んだが、降沢に頷き返されて、しゅんと肩を落とした。
「すいません。降沢さん、すぐに戻るんで……ちょっと待ってて下さい」
降沢が暢気に手を振って、美聖はぱたぱたと台所に駆けて行った。
あの勢いだと、すぐに戻ってきそうなので、私は円を引き寄せ、小声で、後でお菓子を買ってあげるから、美聖を引き留めておけと、小声で命じて、解き放った。
(これでいい……)
私はこの青年と、気を落ち着かせて、二人で話したかったのだ。
今までの私の怒りに気づいているかの、気づいていないのか、降沢は頭を下げた。
「お父様、すいません。お疲れのところに、僕が押しかけてしまって。なかなかお休みになれませんよね。僕はそろそろ退散しますので」
「まだ話が終わっていませんよ。降沢さん」
「えっ?」
「…………実際、あの子は、どうなんでしょうか?」
私の雰囲気が一変したことに、降沢も気づいたらしく、表情を引き締めた。
美聖に聞こえないよう、私は小声で話を進めた。
「降沢さん……。美聖は占い師って柄じゃないでしょう。馬鹿正直ですから……。私の勝手な先入観ですけど、テレビで見る占い師の人たちって、気が強そうで、いかにも修羅場を潜ってきましたって人ばかりじゃないですか?」
降沢は「……ああ」と速やかに頷いた。
「そうですね。一ノ清さんは優しい人だから、悪い結果が出た場合の伝え方が苦手そうですけど……。でも、彼女の占いはとても当たるんですよ」
まるで、自分のことのように、降沢は語った。
そこに、父親としての嬉しいのか、腹立たしいのか分からない、複雑な感情を覚えてしまう。
「そう……なんですか」
「占いって、結果を当てることも大切ですけど、何より、またお客さんが会いたくなる人っていうのも、重要なことだと思うんです。その点、彼女はそういう……人に好かれる才能を持っている。一ノ清さんには、彼女を好いてくれている常連さんも沢山いますし、僕も一ノ清さんが店にいないと、本当に……つまらないんです」
不器用に、朴訥に降沢ははにかみながら、語った。
「きっと、辛いこともあると思うんです。でも、一ノ清さんは、いつも笑っているんです。そういうところを、僕は心の底から尊敬しています」
「…………あり……がとうございます。そこまで、娘のことを信じてくれていて」
(どうしたものか……)
この男、とてつもなく心配なのだが、今の言葉に、嘘は見当たらないように感じた。
でも、実際はどうなのだろう?
(私は人を見抜く力がないからなあ……。映里)
「降沢さん、貴方さえ宜しければ我が家の食事に付き合ってもらってもいいですか?」
私の誘いが挑戦的だったせいだろうか……。
降沢はすぐに「是非」と、返してきたのだった。




