表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
占い喫茶と神降ろしの絵  作者: 森戸玲有
幕間 秋
38/67

✿1✿

 ――妻が亡くなったのは、秋の訪れと同時だった。


 映里と美聖……二人の娘をよろしく頼むと、泣きながら死んだ彼女の二十三回忌が終わって、ほっと一息をついていた翌年の秋に、今度は映里が自ら命を絶った。


 妻よりも若い二十代の死だった。

 

 日差しは痛いくらいなのに、吹く風は何処か肌寒さを感じる。


 それが秋の始まりなのだと、私はいつも墓の前で思い出すのだ。


(妻だけでも辛いのに、この上……娘にまで先立たれるとは……)


 映里の葬儀後、二人の墓前から動くことのできない私に、美聖が明るくかけてきた言葉を私は忘れることが出来ない。


「……お父さん一人じゃ、心配だからね、私も手伝う。他でもないお姉ちゃんの子だもの。育ててみせるから」


何を言っているのだろう。


「お姉ちゃんが握っていたカードが気になるし、昔から占いって好きだから、会社を辞めて、占い師をやってみたいと思う」


 バカな子だ。


 本当は泣き虫で、打たれ弱くて、誰よりも子供でいたかったくせして、どうしてこういう時に泣かないのか……。


 ――お前が、そんなことはしなくていい。お父さんのことは放って、自分の幸せを探して欲しい。映里の死のために、占い師になるなんて、馬鹿げている。占い師になるというのなら、お父さんは家にいれないぞ。


 本当はこの時、そんなふうに、私は美聖を突き放すべきだったのだ。

 それか、もっと美聖の未来について、話し合うべきだったのだ。

 しかし、弱いのは私も一緒で、何も言うこともできないまま、だらだらと時間だけを重ねてしまった。


  ―――この日までは……。


「円の水疱瘡で、七日間も休みを取ってしまったから、もしかしたら、北鎌倉の占い喫茶は辞めることになるかもしれないんだ」


 出勤前の私に、バイト先に欠勤の電話を入れた美聖が沈んだ顔で、私に告げた。

 そんなに深刻な面持ちをされてしまうと、私もどう反応して良いか困ってしまう。 


「そりゃあ、仕方ないことじゃないか。家族の病気なんだから……」

「うん、そうだよね。お店の人も、父さんと同じことを言ってくれているんだけどね。でも、あのお店は、少人数で回しているところだから、今後こんなことがあったら、まずいと思うんだ」

「何だよ。だったら、父さん、何がなんでも休みを取ったのに……」


 悲しいことに、内心占い師バイトを反対しているくせして、娘の浮かない顔を見ると、ついそんな出来もしないことを口走ってしまう。

 美聖は、そんな私の心中を察しているのだろう。


「大丈夫! ここを辞めたとしても、ちゃんと働くから……」

 ――と、また、大丈夫でないときに使う言葉を繰り出してきて、話を終わらせるのだった。


(一体、どうしたらいいんだろう……?)


 私は、円を引き取ることに関しては、強硬だったくせして、育児と家事のほとんどを、美聖に丸投げしてしまっている。

 美聖の自由を奪っているのは、この私だ。

 このままでは、本当に定職に就くことも出来ず、結婚はおろか、彼氏すら出来やしないだろう。


 ……だったら。せめて、アルバイト先くらい、慣れ親しんだところで、長く勤めさせてやりたい。


(最悪、クビという話になったら、私が頭を下げて頼んでみるか……。いや、美聖が迷惑だと怒るだろうし……な)


 その後出勤した私は、職場でも鬱々と悩み、どんよりとした気持ちを引きずりながら、取引先から直帰した。


(美聖は明日、占い喫茶に出勤するのだろう。その前に……何か元気づけてあげる言葉があれば……)


 悶々と思考を脳内で巡らせている私は、珍しく玄関の鍵が開いている理由について、考えもしなかった。


 ――が、いつもバラバラの靴が綺麗に並べられているのを発見して、ようやく、家の異変に気付いた。


(えっ? 誰か、来ているのか?)


 知らない男性の革靴が置かれている。


「おーい、美聖。誰かいるのか!?」


 叫びながら、私は早足でリビングルームに向かった。


(どうせ、親戚の誰かだろう……)


 そんなふうに、高を括っていたのがいけなかった。


「…………あっ?」


 リビングの私の定位置。

 スーツ姿の若い男が、違和感なくそこに収まっていた。


「み、美聖……。これは、どういう?」


 私は懸命に目を擦るが、男は消えない。むしろ、こちらに近づいてくる。


「あの……お父さん、この人はね」


 まさか、夕方の時間に、私が帰宅するはずがないと、美聖も油断したのだろう。

 見事に声が裏返っていた。


「みっちゃんママの彼氏……」

「円! だから、違うって言ってるでしょう!」


 悲しいことに、美聖はこの手のことで、嘘を吐くのが下手なのだ。

 すべて、感情が顔に出ている。


(こいつ………………何者だ?)


 父として、美聖には、一刻も早く幸せになって欲しいと願っていた。

 それは本心だったはずなのに、いざ、相手が現れると、敵対心を露わにしてしまうのは、父親の悲しい性なのだろうか。

 明らかに、不快感を漲らせている私に対して、しかし、若い男は私の手前で立ち止まると、折り目正しく挨拶をした。


「はじめまして。一ノ清……美聖さんのお父様ですよね。僕は降沢在季と申します」

「降沢……?」

「北鎌倉の占い喫茶の……私の上司にあたる方よ」 


 美聖が小声で私に耳打ちをした。


「北鎌倉の……」


 占い喫茶でアルバイトをしていることは重々承知だが、上司がこんなに若い男だとは、聞いていなかった。

 ただでさえ、占い師バイトには、悪い印象しか持っていないのに、こんな若い男と仕事をしてるのかと思うと、私は益々心配になってしまう。


「その……上司の方が、わざわざ自宅まで来て下さるとは、娘に何か用がありましたか?」

「ああ、いえ……。特に用はないんです。ただ、こんなに長くお休みされたことがなかったので、心配になってしまって。つい、来てしまったんです。僕の独断です」

「つい……来てしまった? …………つい?」

「ちょっ、ちょっと、お父さん、ストップ!」


 美聖が私のワイシャツの袖を掴んでいる。

 どうも凶暴な目になった挙句、掴みがからんという間合いまで、迫ってしまったらしい。


 ――いや、待て。


 私が悪いのか。違うだろう。この男、何てことないように、へらへら笑顔を浮かべているが、今の言葉を反芻してみろ。


 ――特に用はないけれど、美聖に会いたいから、何だか来てしまった……そういうことじゃないか。


 美聖はなぜ、それに気づかないのだろうか……?


 おそらく、美聖のことだから、付き合っていないというのは、本当のことなのだろうが、この男はその気が満々ではないか……。

 こんな危険な男がアルバイト先にいたなんて、今まで私は知りもしなかった。


 美聖が楽しげにバイトに行っていたのは、好きな仕事が出来るからというのではなく、この男がいたからなのか……と。

 私はその時、初めて思い至ったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ