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占い喫茶と神降ろしの絵  作者: 森戸玲有
第3幕 女王の死
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「…………んーと?」


 法月 理純……。

 悪い人ではないようだが、個性が強いキャラのようだ。もっとも、アルカナに集う人自体、社会的にはみだした人ばかりなのは、ここ半年で美聖も学習していることではあったが……。


(何がそんなにおかしいのか、まるで意味が分からないわ……)


 誰も止めることも出来なかった理純だが、美聖の怪訝な眼差しに気づいたのだろう、ようやく自主的に笑いを引っ込めてくれた。


「ああ、いや……。これも何かの縁だと思ってよ」

「縁……ですか?」

「本当はな。この降沢(バカ)に、俺がいる前で、いかにも危険な物に近づかせるのは、いかがなものかと思ったんだけどよ。おたくに会って、気が変わったわ。別に、この男を利用しようなんて、気はさらさらなさそうだしな……」

「そ、そんな気は、一切ございませんよ!」


 美聖は、大声で否定した。

 どうやら、理純にまで美聖のしてしまったことが伝わってしまったらしい。


「本当に本当です。その……もしも、撤回できるのなら、姉の遺品は持って帰っても構いませんから。……だから!」


 ああ、そうだ。

 やはり、降沢の力を当てにするなんて、最低だ。

 それで、降沢が困っているだろうことを知っているくせして、自己都合で降沢の好意に甘えた美聖が悪い。

 もはや機械的な動きのように、ぺこぺこと頭を下げ続ける美聖に、降沢がぴしゃりと言い放った。


「やめて下さい、一ノ清さん。僕が言い出したことなんですから、いいんですよ。むしろ、今日、君がお姉さまの遺品を持って来ることがこの男に伝わってしまったことは、僕のミスです。申し訳ありませんでした」

「えっ、何で降沢さんが謝るんですか……」


 降沢に頭を下げられたら、かえって美聖の傷口が痛む。


(やめて下さい……。もうすべて、私が馬鹿でした……)


 いっそ、土下座してしまいたい気分だ。

 二人で恐縮しきっていると、いきなり降沢の肩に手を回した理純が、片手で彼の髪をくちゃくちゃに乱してしまった。


「ははははっ。嗤えるな。降沢……。滅多に俺には、頭なんて下げないくせしてよ。やけに素直じゃねえか」


 こういう時、降沢は負けていない。

 理純の手を振り解いて、憮然と睨み返した。


「貴方のその態度が謝罪の意志を削ぐんですけどね。僕は本当に悪いと思ったら、ちゃんと謝罪はします」

「ほう……殊勝な心がけだな。な? 本人がそう言っているんだから、いいんじゃないのか。美聖ちゃん……だっけ」

「は、はい?」

「……でさー、俺、実家が寺な訳よ。俺自身には何の力もないし、加持祈祷専門だけど、降沢のサポートくらいには、入れるかもしれないから、よろしくね」

「理純さんは、お寺の……方ですか?」


 また和風な方が、どうしてタロット占いをやっているような喫茶店にいるのだろう。

 美聖の困惑をよそに、理純は降沢をからかうことが、至上命題といわんばかりに、ぺらぺらとよく喋った。


「そうそう。そうなのよ。究極のヒッキー降沢を、気にしちゃうのも、あれだな。御仏の導きとやらだと思うぜ」

「誰も気にしてくれと頼んだ覚えはないのですが?」

「まあな。このまま、何もなく、普通に干からびていくだけなら、俺もさほど興味も持たなかっただろうけどさ、昨日浩介から話を聞いてよ。この世界が滅びそうになっても外出しなさそうな男が、自発的に髪を切りに行ったり、女に会いに行ったり……なんてさ。すごい見てみたいだろ? 俺が山にこもっている間に何があったんだってよ」

「……山にこもる?」

「坊さんになる修行よ。この男は実家を継ぐしか能がないから、仕方ないわよね」

「そっ、そうなんですね。お坊さんになるには、山で修業をすることが必要なんですね。私、知りませんでした」

「まあ、流派によって、修行の方法も違うけれどもね。この男の場合は、実家のこともあるし、必要なのよね」


(修行……か)


 ……知らなかった。

 仏教大学で資格を取れば、自然と僧侶になることが出来ると思い込んでいた。


「……ということで。まあ、降沢のブレーキ役で、今日は俺がいるんで、気になることがあるのだったら、俺が仕事に行く前に解決しようぜ」

「はあ……」


 何だか知らないが、いきなり登場した部外者に場を仕切られている。

 自分で蒔いた種には違いないが、何とも申し訳ない気がした。


「トウコさん、あの……」


 再び謝罪しようとした矢先に、察したトウコがいちはやく遮った。


「いいのよ。気にしないで。貴方がお姉さまのことを気にしてのは、私だって知っていたんだから。結果的に良い機会だと思うのよ。何の因果か、今日はこの男もいることだし、最悪何とかなると思うわ。…………でもね、一つだけ聞いいてもいい? お姉さまの遺品を見た時、美聖ちゃんは何も感じなかったの? 自分で占ってみても、結果が出なかった?」

「実は……」


 もっともな質問に、美聖は大きく頷いて肩を落とした。


「……私には何も分からないのです。遺品を見ても何も分からず、タロットで占おうとしても、しっかり、出て来ません。やはり私自身の執着が邪魔しているのかもしれません。……姉の夢すら、見ないのです」


 タロット鑑定は、何度か試みたこともあるし、他の占い師のところには通ったこともあった。

 しかし、自分で鑑定しても、誰かに鑑定してもらっても、映里の内面はぼやけていた。

 大丈夫だとか、成仏しています……とか、そういう言葉を美聖は聞きたいわけではないし、映里ももっと他のことが言いたいのではないかと、もどかしい気持ちになるのだ。


「…………私がプロの占い師になろうと思ったのは、姉の死がきっかけなんです」

「ええ。そう言っていたわね」

「姉は、占い依存症でした……」

「………………なっ?」


 一斉に、丸い目が美聖に集まった。

 そうだろう。

 美聖自身、家族以外には誰にも、その話はしていない。

 今回、遺品を見せることがなければ、絶対に口外することもなかったはずだ。


「兄が亡くなった時の生命保険をつぎ込んで、いろんな占い師にジプシーしていたみたいなんです。亡くなる直前は、借金までしていたみたいで、円の世話すらちゃんと出来ていなかったらしいです」


 しんと、沈黙を迎えても、美聖はじっと耐えた。

 こんなところで泣くわけにもいかない。歯を食いしばる。

 昨夜の失敗を踏まえて、感情を昂ぶらせないように、必死になった。


「どうしましょう。先程は皆さんで何か揉めていたみたいですし、もし、何でしたら、やっぱり、持ち帰って……」

「ここまで来て、それはなしよ。美聖ちゃん」

「一ノ清さん、見せて下さい」

「降沢さん」

「僕が見たいんです」


 断固たる口調に、美聖は力なく笑った。


(降沢さんがそう言うだろうことは、分かっていたはずなのに……)


 お客様が使うテーブルに、映里の遺品を置くのもどうかと思ったので、美聖は鞄の中から取り出した透明なビニール袋の中から、包装していた紙を外し、自分の手中で、それを静かに公開した。


「えっ、これは!?」


 トウコが叫んだ。

 想像通りの反応に、美聖も頷き返す。


 ウェイト・ライダー版タロットカードの三番目。

「女帝」のカード。


 頭に十二の星を頂いた王冠の女性が野外でしどけなく座っている姿が描かれている。

 意味は「豊穣」「母性」だ。

  映里の遺品はタロットカードだった。


「亡くなった姉の手に、このカードが握られていました。あの人は、占いジプシーだったみたいですけど、自分で占いは出来なかったと思います。現に、姉の部屋を探してみましたけど、このタロットカード以外に、他のカードはありませんでした」

「女帝のカードだけ持っていたって言うのは、不思議よね」

「姉は……本当に自ら命を絶ったのでしょうか? 私には、よく分からないのです」


 映里がどの占い師に傾倒していたのか、宗教的な教えのようなものがあったのか、この一年色々と探ってはみたが、美聖には分からなかった。

 それほど、様々な占い館や電話占い、チャット占いに依存し、宗教法人が主催するような自己啓発系のセミナーまで通っていたようだ。

 プロの占い師になれば、姉の死の真相を暴くことが出来るなんて、そこまで自惚れているわけでもないが、何らかの情報を得ることが出来るのではないかという下心があったのは確かだ。


 でも、本当に美聖が知りたいのは……


 ―――生前、映里が美聖を恨んでいたのではないか……。


 それだけなのかもしれない。


「でもウェイト・ライダー版のカードなんて、沢山、流通しているから、そのカード一枚で導き出せることななんて、限られていると思うのよね」 


 トウコが腕組みをして、首を傾げた。

 美聖の視線が降沢に向かうと、理純の目もそちらに向かう。


「……俺は、タロットカードのことなんて、さっぱり分からないけれど、……で、降沢先生はどうなのよ?」


 今まで、一言も発しなかった降沢は、穴が開くほどじっとカードを眺めていたらしい。

 どのくらい時間が経ったのか分からなくなるくらいの沈黙を経て……。

 降沢は、額を押さえてがくりと頭を垂れた。


「……降沢さん!? だっ、大丈夫ですか? やはり、悪いものだったんじゃ……」

「いいえ、違います」


 慌てて駆け寄ろうとした美聖を、降沢は明らかに拒絶していた。 


「申し訳ありません。一ノ清さん」

「えっ?」


 降沢は、片手で髪をくしゃりと乱しながら、もどかしそうに告白した。


「…………僕には、そのカードの中には惹かれるものはありません」

「それは一体……」


 どういうことかと、美聖が聞き返す暇もなく、唐突に理純が降沢の頭を軽く叩いた。


「おい、何だよ。お前、まさかカードだから、描きたくないとか、そういう理由じゃないよな。浩介から聞いたぞ。髪留め一つでも描きたくなる変態なんだろ。せっかく俺がいるんだ。頑張って、感じとってみせろよ」

「他人事だと思って、適当なことを言わないでくださいよ。僕だってね、そのカードの中に、何らかの強いメッセージがあるのなら、誰かの心とモチーフのイメージがリンクして……。描きたくなるはずなんです。……でも」

「抽象的で何言っているかよく分からねえけど、要するに描けないってことじゃねえか。画家のくせして情けないなあ」

「理純……。僕は別に描けないわけではないんです。このカードの意味を咀嚼して、イマジネーションで、描くことはできると思います。でも、それは一ノ清さんの望むところではないのです。……だから」


 降沢は躊躇いながらも、じっと次の言葉を待っている美聖に視線を合わせてから、再び頭を下げた。


「…………一ノ清さん、ごめんなさい。僕は、君の力にはなれません」

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