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占い喫茶と神降ろしの絵  作者: 森戸玲有
第3幕 女王の死
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 ――馬鹿なことをした。


 美聖は、目の下に出来上がってしまった黒々とした隈を、手で引っ張って伸ばしながら、「アルカナ」の前に立っていた。

 普段着として愛用している青のワンピースで来たのは、やる気のなさの表れでもある。

 昨夜は一睡も出来なかったため、美聖の頭は回らなくなっていた。

 これほどまでに、自分の言動を反省したことはなかった。

 正常な神経だったら、あの場で降沢にあんなことを口走りはしなかっただろう。

 あまり深入りはしてはいけないことは、重々承知はしているけれども、別にあの場で、降沢を突き放す必要などなかったはずだ。


(絵のこと以外、適当そうに生きている降沢さんが、あそこまで歩み寄ってくれたのに)


 それに、仕事のことだって……。


(現実的に考えて、お金はあった方がいいはずじゃないの)


 一週間休んでしまったことで、金銭的に途方に暮れているくせして、自分で辞める方向に持っていってしまって、どうするのか……。

  いずれ去らなければならない時が来るとしても、それをあの場で降沢に言うべきではなかったのだ。


(子供を育てていこうという気概が感じられないわ……)


 自分の感情にだけに敏感になって、周囲が見えていなかったのだ。

 こんなに情緒不安定で、人の悩みを解決に導く占い師を名乗って良いものなのだろうか。


「うー、馬鹿だ」


 この上ない、自己嫌悪。

 降沢と別れたあの夜、一晩中、壁に頭を打ちつけながらお詫びしたいくらいに、恥ずかしい言葉の数々を悔やんだ。

 しかし、一度口に出してしまったことを、今更なかったことには出来ない。


 ――姉・映里の死の真相を知りたい。


 それは事実、美聖がプロの占い師を志した動機でもあるのだ。


(だって……)


 映里が美聖を見ているような気がするのは、事実なのだ。

 たとえ、頭がどうかしていると指摘されても、そう感じるのだから、どうしようもない。


(お姉ちゃん……。私に、一体何を言いたいの? 私のこと、そんなに嫌いなの?)


 もう行かなければ、間に合わない。

 降沢の指示通り、美聖は映里の遺品を持って来た。

 開店準備の時間まで、話が伸びてしまったら大変だ。急がなければならない。

 ――だが。


「あれ?」


 そういえば、なぜか今日は、店の前に中型のバイクが停まっている。

 たまに、食料品の一部をバイクで配達してくれる業者が、店の前に横付けしている場合はあるが、これは業務用のバイクではない。黒のネイキッドバイクだ。


(なんか、あったのかしら?)


 美聖が悶々と考えていると…………。


「また懲りずに、視たいって言うのかよ!!」

「わっ」


 何処かから、怒声が飛んできて、美聖は手で両耳を押さえた。


「な、何?」


 近くには、誰もいない。――ということは?

 声の主が室内にいるのだと、予想がついた時、再び雷のような威圧的な声が響いた。


「……ったく、救いようがない奴だな。本当に、どうなったって知らないからな」

「誰?」


 こんなに朝早くから、トウコ以外の人間が来ているなんて、初めてだ。

 いや、美聖はここまで早く来たことが初めてだから、分からないのだが……。

 いろんな逡巡を一気にすっ飛ばして、美聖は室内にあがりこんだ。


「おはようございます」


 申し訳程度の挨拶を玄関で済ませてから、ワンピースの裾をたくし上げて店内を走る。


 ――すると。

「慕情」の絵の下で、降沢、トウコを取り囲むようにして立っている見慣れない男がいた。


「貴方は……?」


 がっちりした体格の日本人離れをした彫りの深い容貌をしている男は、太い眉毛を僅かに上げて、腕組みしながら、美聖を見下ろした。

 まるで、軍隊の上官から、使える人間なのかどうか、値踏みされている心地がした。


「ああ……。おたくか」

「はっ?」

「おたくが、一ノ清美聖さんだろ?」


 ぶっきらぼうだが、嫌な気分にならない物言いをする。

 ミリタリーシャツに、ジーパン姿は、花柄シャツのトウコと並ぶと濃ゆくて仕方ない。

 店の可愛らしい内装とは真逆の外見のトウコとそれに匹敵する男の存在で、店内は朝一番から胡散臭げな空気が満ちていた。


「違うのか……?」

「あっ、いえ、そうですけど」


 トウコが男から美聖を護るようにして、間に割って入ってくれた。


「ああ、美聖ちゃん。おはよう! 驚かせちゃったわね。この男は私の腐れ縁の……」

法月(ほうつき)()(じゅん)。俺の名前……。よろしくな」

「はあ……?」


 いきなり大男の理純から、屈んで握手を求められ、美聖が無意識に応じていると、理純と隣にいる降沢の物言いたげな目と視線がぶつかった。


「あっ……」


 口元を引きつらせる美聖と、まさしく同じような表情を降沢は浮かべていた。


「どうも。一ノ清さん」

「降沢さん、おはようございます。朝早くに起こしてしまって、申し訳ありません」

「いいんですよ。君に起こされずとも、今朝はこの男に起こされる運命にあったみたいですから……」

「はあ……」

「ごめんね。むさ苦しい変な男が呼んでもないのに来ちゃって……」

 

  トウコが溜息を落としながら、説明をしてくれた。


「理純には、たまにお店が忙しそうな時に、ヘルプを頼んでいるのよ。あくまで予定が合った時にしか来ない珍獣だけど、昨日はたまたま空いていたみたいで、美聖ちゃんの代わりにこいつが入っていたのよ。それで、ちょっと美聖ちゃんのこと話しちゃったら、興味を持っちゃったみたいなの。ごめんね」


 何だ。そうだったのか……。

 アルバイトは、美聖以外雇わないという話だったが、ヘルプを頼める友人がトウコにはいたらしい。


(そうだよね……)


 対人スキルの高い、トウコさんだ。

 もしもの時の人脈もちゃんと持っている。

 美聖が心配すべきことではなかったのだ。


「法月様。この度は、私事でご迷惑をお掛けして申し訳ありません!」


 美聖が長い髪をばさりと前に落としながら、深々とお辞儀をすると、しかし、理純はそれにすぐに応じるでもなく、ややしてから豪快に笑った。

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