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大学を卒業して、就職してから、姉の映里とは一度も会わなかった。
私が仕事の時に、たまに実家に顔を出していたようだが、姉と孫の幸せそうな様子を、父から後々話に聞くだけで、私は彼女たちにまったく興味を抱けなかった。
話を聞いても、苛々するだけだ。
どうして、私だけがいつも貧乏くじを引いてしまうのか?
可愛がられるのは、いつも姉ばかりだ。
亡くなった母からも、父からも、親戚からも、近所の人たちからも……。
みんな姉が母代わりとなって、私を育てたと思っていた。
苦労して進学をして、幸せな結婚をして、子供を生んで……。
絵に描いたような優等生ぶりに、いつも私は比較されて、勝手に評価を下げられた。
美聖ちゃんも、お姉さんのようにならなきゃ……なんて、どうして赤の他人から言われなくてはならないのか。
(私の人生は、常にろくでもないことばかりだ……)
もう、その頃には、占いにかけている時間も失くしていた。
大体、占いをしたところで、大きな変化が起こるわけでもないのだ。
連綿と続く日常と忙しさ。
毎日しんどくて、仕事をいくらやっても楽にならなくて……。
いつも、都合よく使われて、厄介なことばかり押し付けられるばかりだった。
年を取るごとに、底なし沼にはまっていくような感覚だった。
いっそ、のめり込むように、恋愛でも、出来たら良かった。
けれど、私は仕事とオフをさっと切り替えることができるほど、器用には生まれていなかった。
もちろん、付き合った人もいた。
だけど、すぐに別れた。
休みの日は家でじっとしていたい。
恋よりも休息を優先した愚かな結果だった。
ただの私の我儘だ。
早く眠りたい。
いつも、そう願っていた。
――もう永遠に眠ってしまいたい。
そんな物思いに浸ることが罰当たりだと知ったのは、姉の夫が亡くなったという報せを聞いた時だった。
計画通り幸せを謳歌していた姉が不幸のどん底に落ちたのを見届けるために、私は乾いた気持ちで、義兄の葬儀に参列していた。
「お姉ちゃん、大丈夫? 私に何かできることない?」
白々しいと思いながら、私は喪服の姉に声を掛けた。
義兄とは家に挨拶に来た日と、結婚式の二度しか会っていない。
安易に死を望むことはいけないと、戒めにはなったものの、義兄に対して、家族愛のようなものが生まれているはずもなく、特に悲しいと感じることができないのが本音だった。
「みっちゃんは会社で忙しいんだから、私は平気よ。あの人の保険も入ったし、当分安泰だから……」
薄ら微笑みを湛えている姉を、私は淡々と観察していた。
それが姉の強がりだなんて、見抜けやしなかった。
痩せたな……そんなことを一瞬感じたが、感想はそれだけだった。
――病んでいた。
そんな言葉では、言い訳できないほどに……。
私は重い罪を犯してしまった。
姉が本当に幸せだったのかどうか、私が深く考えさせられたのは、彼女の死後の話だ。
(あの時、あの時……)
もしも、その場に戻ることができたのなら、私は絶対に姉にしがみついてでも、頼って欲しいと懇願しただろう。
―――たった独りで、人生を終わらせることなどさせやしなかったのに。




