表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
占い喫茶と神降ろしの絵  作者: 森戸玲有
第3幕 女王の死
29/67

「やっぱり、もう少し店の手前で降ろしてもらえば良かった」


 朝の出勤時、濃霧で電車が遅れていたので、父が「アルカナ」まで送ってくれたことは有難かった。

 しかし、坂の下だったのが、まずかった。

 遅刻しそうだったから、やむを得ない処置だったとはいえ……。

 よりにもよって、ひきこもりの降沢がその場面を目撃するなんて、あり得ない偶然が重なってしまったのだ。


 まあ、いずれ発覚することは、分かっていたのだが……。

 それでも…………。


「…………疲れたなあ」


 あの後、結局残業代を払うとか、いらないとか押し問答になりながら、事の次第を降沢に説明した美聖だ。

 あれだけ微塵も、美聖に対して関心を抱かなかったくせして、子供の存在を確認した途端、降沢が美聖に説明を求めてきたのは、一体どういう了見なのだろう。


(子供がいると、不合格だったのかしら?)


 もし、そういう含みを持っているとしたら、どうしようもない。

 少し予定には早くて、中途半端な感じになるが、解雇してもらうしかなさそうだ。


「何だよ。みっちゃんママは、昨日休みだったくせして、もう疲れたのか?」


 洗い物を終えたところを見計らったように、小さな暴れん坊ことまどかが美聖に抱きついて来た。


「もう……(まどか)!」


 一ノ清 円は今年八歳になる姉・映里(えり)の子供である。

 昨年、映里が亡くなったことで、身寄りがなくなってしまった円を、父が養子として引き取ることにした。

 正直、実子にするより、戸籍をそのままにしておいた方が、手厚い社会保障を受けることが出来たようだが、父が自分の子供にすると言い張ってきかなかった。

 その決断を、美聖は責められなかった。

 姉の死に関しては、美聖自身、後悔と懺悔……様々な感情が拭えないからだ。

 円の養育について、協力したいと申し出たのは、美聖の方だ。


(あの時の選択を、私は後悔したことはない……)


 けれど……。

 今日……説明している時に、降沢の顔を直視できなかったのは辛かった。

 やましいことなど、何一つないはずなのに、後ろめたい気持ちを抱いてしまうのは、どうしてなのだろう。


(出来たら、降沢さんには知られたくなかった……なんて、都合の良い話だよね)


 美聖はそっと目をつむって、強力に抱きついている円の手を引き離した。 


「ねえ、円。もう、子供は寝る時間でしょう。ママは明日も早いんだから、とっとと寝ましょう……ね?」

「だって、祖父ちゃんだけだと、退屈だったんだもん」

「いいじゃない。今日は一日、祖父ちゃんが休みだったんだから……」


 さすがに疲れて眠ってしまった父だが、今日は会社を休んでくれて、助かった。

 そうでないと、美聖もアルバイトを休むか、学童保育に頼むか、対策に頭を悩ませただろう。


「ほらほら早く……。布団に入って」


 美聖は追いたてるように、パジャマ姿の円を奥の子供部屋へと追いやっていった。


「じゃあさ、一つだけ、占ってよ」

「占い? あんたには、まだ早いわよ」

「じゃあ、寝ないからね」

「………………分かったわよ。もう」


 甘いと思いながらも、渋々、自室から通常より一回り小さなサイズのタロットカードを持って来た美聖は、子供部屋の電気をつけて、丸テーブルの上で、カードのシャッフルを始めた。


「なんか、面白そう……」


 円が目を光らせている。

 タロットが面白い……とは、先行きが恐ろしい子供である。

 けれど、昔……。

 美聖は映里と一緒に、こんなふうに小さな丸机でタロット占いをしたことがあった。

 それを、映里の子供と同じことをするなんて、人生とは一体何が起こるか分からないものだ。


「…………では、何を占いますか? お客様?」


 美聖は占い師役になりきって、円に尋ねた。


「みっちゃんママの結婚について」

「それは、ちょっと……ね。占っても悲しくなるだけだから……さ」


 美聖は机の上に倒れかかりそうになって、何とか耐えた。

 占うまでもない。

 ……というか、そんな内容だったら、しょっちゅう自分で占ってはいる。

 おおよそ、悲しい結果だから、忘れるようにしているのだ。


「どうして? みっちやんママの年だと、結婚していてもおかしくないって聞いたんだけど。何で、みっちゃんママは結婚できないの?」

「……さあ……どうしてだろうね。性格の問題なんじゃないかな。みっちゃんママは性格がひねくれているからね」

「じゃあ、ひねくれた奴と結婚すればいいじゃん?」

「そんな単純な話ではなくてです……ね」


 苦笑いで答えながらも、美聖は内心冷や汗をかいていた


(…………ひねくれた奴って、どんな奴でしょうね?)


 ふと、降沢の顔が浮かび上がって、嫌になる。

 あんな謎だらけの男の何処が良いのか……。

 大体、子供と父親込みのアラサーなんて、条件だけですぐ弾かれる物件だ。


(降沢さんだって、選ぶ権利は十分にあるわよ)


 そんなふうに、降沢ありきで考えている自分が一番嫌だった。


「ほら、他のこと、占ってあげるからさ。円のことで……何か私に占って欲しいことない?」

「じゃあ、俺の気持ちを当ててよ」

「…………気持ちか。難しそうだけど、頑張ってみようか」


 美聖は時計回りに、タロットカードをシャッフルし、三つに山を分けてから、一つにした。それから、カードを扇状にさっと並べて、円に一枚引くようにうながした。


「ワンカードで見てみようか。一枚カードを選んで。……円」

「分かった」


 円はふざけながら、手を抜き差ししていたが、やがて、一枚のカードをそっと引いた。


「これは」


 美聖はその絵柄を見た途端、とっさに顔を蒼くした。

 タロットカード大アルカナの十二番。


「…………吊るされた男」

「何の意味?」


 円が無邪気に身を乗り出して尋ねてくる。 


「えーっと、何だろうね。もっと頑張れって意味かな」

「俺の思っていることと違うんだけど……」

「円が、みっちゃんママに思っていることなんじゃないかな?」

「…………そうかもしれない」


 そこは、否定しないらしい。

 美聖はそそくさとカードを片づけると、敷いていた布団をぱんぱんと叩いて、円を呼んだ。


「さっ、占ったんだから、もう寝よう……ね? しばらく、添い寝してあげるから」

「えーっ」

「寝ないと、明日学校に行けないよ。ママも眠いんだ」


 美聖は宥めすかしながら、円を布団に導いた。


 だけど、眠くはなかった。


 ――吊るされた男。

 意味は、困難を乗り越える。忍耐、努力などの意味を指す。

 さほど、悪い意味のように思われないカードではあるが、占い師によっては、一番厄介なカードと見なす場合もある。

 美聖が敏感に反応したのは、吊るされた男のイメージにある。

 キリストの磔を連想させるものとして「自己犠牲」という意味を持っているが、しかし、一方で、絞首台の罪人という図像のイメージも持っているのだ。


(異端の処刑……か)


 心配になった。

 降沢にもトウコにも話していない。

 美聖の姉の映里は、自ら命を絶った……とされている。

 あの時の姉の経済状況や精神状態からして、美聖もそうだろうと思ってはいる。

 ……だが、遺書はない。


 本当のところは、誰にも分からないのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ