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占い喫茶と神降ろしの絵  作者: 森戸玲有
第2幕 聖性
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(何だかな……)


 鑑定を始める前の美聖は、あんなに降沢の目を意識していたのに、鑑定となった途端、降沢の存在すら忘れてしまうなんて、プロ意識が高いのか、ただの鈍感なのか分かりはしない。


「ねえ、先生……。この人一体、何なんですか?」 


 響子の方は、美聖より早く気づいていたのだろう。

 あからさまに、不快な表情を浮かべている。

 それもそうだろう。

 前髪長めの白いシャツにゆったりパンツの、およそ店の雰囲気にそぐわない男性から声を掛けられたら、普通じゃなくとも、ひくはずだ。


「ごめんね。響子ちゃん。この人は店のオーナーなのよ。怪しい人じゃないんだけど、ちょっと……」


 響子の方に顔を寄せ、懸命に詫びている美聖の努力を素知らぬふりで、降沢はまじまじと、頭上から響子の髪留めに注目していた。

 模範的な格好の割に、派手めなバレッタをしていると思ってはいたが……。


「じろじろ見ないで下さい」


 そう言って、響子は、その余りの執拗ぶりに一瞬、両手でバレッタを隠したものの……。

 すぐに何か思うことがあったのだろう。

 バレッタを、ぱっと取ると、テーブルの上に置いた。

 長い髪がばさりと、彼女の頬を覆う。

 幾何学模様に見えたそれは、よく見ると、ヒマワリの花の形を模していたもののようだ。

 金色の花が三連で繋がっているバレッタは、気品があって可愛らしいが、しかし、どこか、少しお洒落な雑貨屋に行ったら、売ってそうな代物でもあった。

 もし、美聖がそのようなバレッタをしていたとしても、降沢は興味の一つも抱かないだろうに……。


(なぜ、急に?)


 その答えは、響子が簡潔に言葉で示してくれた。


「これ……。先生に貰ったんです」

「……えっ? 先生が響子ちゃんに?」

「はい。指定はないんですけど、うちの学校、校則で髪が肩より長い場合、束ねなくちゃいけなくて。朝寝坊して、髪の毛下ろしたままで登校してしまったら、これあげるって言われたんです……」

「……ふーん。なかなか、思わせぶりな人ですね。こんな髪留め、絶対に用意していないと渡せませんよ」

「私、よく髪の毛を結う時間がなくて、おろしたまま学校に来て、購買部でゴムとか、バレッタ買ったりしていたから。先生も、前もって、これをあげようって準備していたのかもしれないです」

「君から、プレゼントを渡したりはしなかったんですか?」

「…………誕生日プレゼントに、ネクタイをあげたことがあったけど」

「じゃあ、ただ……それのお返しかもしれませんね」

「降沢さんっ!」


 いくらなんでも『ただのお返し』はないだろう。

 こちらが気を揉むほど、空気が読めない発言をする人だ。

 でも、何も視えないという話の割に、鋭い観察眼をしている。

 このバレッタを渡した相手が先生であることに、最初から気づいていたのだろうか?


「ああ……。この模様は、ヒマワリの花ですか。今が盛りで、綺麗ですよね。先生もなかなかセンスがありますね」

「そうかな……」


 降沢が先生を持ち上げたことで、響子も少し警戒心を解いたらしい。

 ぽつりぽつりと語りだした。


「でも、このバレッタ、可愛いけれど、私には似合っていないような気がするんです。どうして、ヒマワリなのかって先生に聞いても、たまたま買ったからって、はぐらかすだけで……」

「……じゃあ……これ」


 降沢は響子に何の説明もなしに、ヒマワリのバレッタを手に取ると、にやりと笑った。


「このバレッタの花を、僕に描かせてくれません?」

「はっ?」


 響子よりも、美聖の方が仰天した。


「降沢さん。響子ちゃんは、それが目的で、ここに来たわけではありませんからね?」

「でも、僕が描くことで心情に変化が起きるかもしれません」

「……バレッタを描いて、心情に変化が起こるとか、意味が分かりませんよ」

「僕は感情のこもった物を描くことが好きなのです。おそらく、この髪留めには先生の感情がこもっているのでしょう」

「でも……降沢さん、私は何も」


 ――何も感じない。

 美聖が言いかけたところで、響子が先に口を開いた。


「そんなこと……急に言われても、困ります」


 当然の返答だった。

 そんなことを突然口走る人を、信用できるはずがない


(バレッタを描かせろって、何だそれの世界よ……)


 彼女がもう少し年を重ねていたら、開口一番断っているはずだ。

 しかし、普段の降沢とは違い、彼の方もなかなか引き下がらない。


「響子……さんでしたね。ほんの数日で構いません。僕にこのバレッタ、貸して下さいませんか? 素描程度、描ければ良いのです」

「そびょ……う?」

「鉛筆とかで描く……下描きみたいなものですよ」 

「でも、待ってください、降沢さん。わたしはこのバレッタには何も……分からいんですよ」


 いわくつきの物を描くのが好きだという降沢の試金石のような存在で、美聖は採用されたのだ。

 どの程度のいわくなら、降沢が描いても良い許容範囲なのか、美聖にも分からないのだが、とりあえず、降沢が興味を抱く物に対して、報告の義務はあるはずだ。

 この業務に関しては、美聖自身、ちょっと複雑な気持ちも持っているが、お金をもらっている以上、役目は果たすつもりでいる。

 少しでも降沢の意図が読めるように、頑張ろうと、感覚を研ぎ澄まし、心眼とやらでバレッタを見てやろうとしたが、本当に何も伝わっては来なかったのだ。



「そう……ですか。一ノ清さんは、何も感じないのですね」

「はい、さっぱりです。だから、降沢さんが興味を持つ理由が分かりません」

「ええ。僕にも分かりませんが、猛烈に描きたいと思ってしまったので……」 

「はっ?」



 ……おかしい。

 いつもの覇気のなさは、何処に行ったのだろう。

 情熱が滾り、生き生きとしている。

 ここまでやる気だと、逆にその理由を知りたくなってしまう。

 仕方ない。ここまで降沢が積極的ならば、美聖は援護射撃をするしかないのだ。

 大体、何も感じないということは、きっと悪いものではないのだ。


「ごめんね。響子ちゃん、困らせちゃって。でも、降沢さん……この辺りでは有名な画家で、滅多に自分からモデルを見つけて描きたいって言わない人だから。お金をいくら積んでも描いて欲しいって言う人もいたりして……さ」

「本当に、返してくれるの?」


 不信感を抱きながらも、変化が起こるのなら、それを試したいと望む好奇心に揺さぶられているのだろう。

 降沢と共に大きく頷いた美聖を見届けた響子は、必ず返して欲しいと念を押して、バレッタを降沢に預けたのだった。

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