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占い喫茶と神降ろしの絵  作者: 森戸玲有
第2幕 聖性
15/67

◆◆◆


 その日、美聖は朝から張り切っていた。

『アルカナ』でアルバイトを始めて、今日が三か月目の節目の日だったからだ。

 トウコが念のために設けていた試用期間も終了し、美聖は晴れて本採用となった。

 色々あったものの『アルカナ』に愛着を抱きつつある美聖だ。

 未だに占い師としての在り方に悩むこともあるが、目が不自由になりつつあるトウコの為にも、占いも接客も頑張りたいと思えるようになってきた。

 いつか、この店を去る時が来るかもしれないが、とりあえず、今は今だ。


「あっ、トウコさん。今日のデザートメニューって何ですか?」


 美聖は慣れた手つきで、店の前に出す看板に、今日限定のメニューを書いて貼りつける。

 そんな日の午後。

 今にも雨が降りだしそうな、じめじめした陽気の日だった。

 その少女が来店したのは…………。


(この子、一体?)


 一人で店にやって来たセーラー服の少女は、開口一番メニューも見ずに占いを所望してきた。しかも『美聖』をご指名で……である。

 女子高生を鑑定することはあるものの、対面鑑定で、彼女のような娘を鑑定した記憶はない。

 そういえば……と美聖の脳裏に、思い当たったのは、電話占いの常連女性だった。


(あの……イニシャルKしか名乗ってくれない、女性客かな?)


 それとなく、探ってみたところ、案の定だった。


(まさか……女子高生だったとは)


 声色からして、幼いとは思っていたが、実際会ってみたら、本当に子供だった。

 着崩していないセーラー服のスカートは、きっちり膝丈で、革靴に黒ソックスだ。

 唯一、緩く一つに束ねているバレッタだけは、金色で少し目立つものだったが、それでもワンポイントである。

 いかにも真面目で、委員長タイプの少女。


(金銭感覚がしっかりしているな……て思っていたけど)


 美聖が電話占いで待機していると、必ずといって良いほど、電話をかけてきてくれたKさん。

 年上の男性との恋愛に悩みんでいた彼女は、きっかりと10分で鑑定を依頼するタイプだった。

 時間で区切っているのは、それ以上鑑定すると、料金が跳ね上がるからだ。

 最低限の金額で、求める物の答えを得ようとする傾向は、若年者と、いろんな鑑定士を試しているヘビーユーザーに多い。


(……だから、まあ、分かってはいたんだけど……)


『アルカナ』のバイト時間が増え、他にも、掛け持ちでコンビニバイトなどしている美聖は、待機していても、ひっきりなしに鑑定依頼の来ない電話占いの時間を、少しだけ減らしていた。

 それでも、少ない待機時間を惜しんでくれるお客様もいて、彼女はその中の一人だった。

 なかなか時間が合わないことを悲しまれてしまい、ついつい、対面鑑定をしていることを話してしまったのだが……。


(でも、まさか……本当に来るなんて)


 そこまで、本気の恋をしているということなのだろうか?

 美聖は紅茶をカップに注いで、人形のように硬くなっている少女のもとに運んだ。


「あっ、こちらは、サービスだから! 遥々、来店してくれて、ありがとう」


 美聖は、営業スマイルを浮かべる。

 少女が緊張していることは、話さずともびんびんと伝わってくる。

 出来ることなら、鑑定に入る前に少しでもリラックスして欲しいと、温かいお茶を用意したのだった。


(……あとで、トウコさんに紅茶のお金払っておこう)


 片思いの相手との間に何かあったのだろう。

 おおよそのお客様は、良いことが起こった時には、占い師のところには来ない。八方ふさがりとなった時に、初めてやって来るものだ。


(鑑定に入ったら、ゆっくり……丁寧に、その辺りのことを聞きだす必要がありそうだな)


 タロット占いに関しては、情報の多い方がスムーズに鑑定に入ることができる。

 霊感を持っているわけでもないのだから、多少の事情を知っておいた方が、未来を鑑定しやすいのだ。

 しかし、美聖が練っていた作戦は、最初から頓挫してしまった。


「うっ……うっ」


 少女は美聖が運んできたアッサムティーの鮮やかな赤茶色を、じっと眺めていたものの、

 …………やがて嗚咽と共に泣き始めてしまったのだ。

 零れ落ちた涙が紅茶の中に沈んでいく。

 他の客の突き刺す視線が一斉にこちらに向かっていて、美聖は背中が痛かった。


「えーっと……」


 リラックスどころか、かえって、興奮させてしまったらしい。

 本気でおろおろしている美聖を、隣の席で本を読んでいた降沢がにこにこしながら、見守っていた。


(相変わらず、むかつく……わ)


 人が狼狽している様を、面白がってないで、気の利いた言葉の一つでもかけてくれたら、良いものを……。


(……て、そりゃあ、無理か。降沢さんだもんね)


 降沢が気の利いた台詞を少女に提供できるはずがない。

 かえって、昂ぶらせてしまったら、元も子もないのだ。

 途方に暮れた美聖が、キッチンの方に視線を向けると、トウコが親指を立てていた。


 ――接客は、私に任せなさい……という合図だ。


 許可を頂いたのなら、お客様の期待に応えられるように、頑張るしかない。


「あっ、せっかくだから、占い……始めようか。占いできるところがあるんだけど、あちらに……」

「もう……。ここでいいから。早く占ってもらっていいですか? 先生」

「でも、占いスペースは、すぐそこ……たけど」

「うううっ」


 何とも……。

 返事をしている余裕もないらしい。


(もう……いいのかな)


 あまり人に聞かれたくないと訴えるお客さんが多いので、個室っぽい作りで占いスペースがあるのだが、彼女はどうでも良いようだった。幸い、今日はお店も空いているので、晒し者のようにはならないだろう。


「分かった。じゃあ、ここで占おうか……。ところで、Kさん、本当のお名前は、何ていうのかしら?」

「響子……」

「きょうこ……ちゃん?」

二宮(にのみや)……響子(きょうこ)。数字の二の宮に響く子で、二宮響子」


 名前だけで良かったのに、わざわざフルネームで名乗ってくれた。

 純粋な子のようだ。

 鼻をすすりながら、顔を上げた響子は典型的な和風美人だった。

 黒々とした眉と、目鼻立ちも整っている。

 普段は、凛としていて、同級生にとっては、クールで知的な女の子なのだろう。

 そんな彼女が今、目を真っ赤にして、美聖を上目遣いに見つめていた。


「美聖先生は、好きな人に告白した方が良いって言ったけど、言う暇もなかったです。だって、もう、お別れなんだって言うから……」

「……お別れ? 一体何があったの?」


 彼女を最後に占ったのは、三か月前以上前だったはずだ。

 タロットカードは、長期のことを鑑定することも出来るが、基本的に近未来型の占いである。

 相手の感情の機微を見ることは得意であっても、状況の変化までは詳しく読み取れないこともあるのだ。

 それに……。


(私が告白をした方が良いと言ったのは、その男性が彼女の好意に気づいてなさそうだったから……)


 確か……そんなカードを引いたはずだ。

 だからこそ、女性として見てもらうためにも、一度告白した方が良いとアドバイスしたのだ。

 もし告白出来ないのであれば、自分が女性であることをアピールする。

 恋愛には、駆け引きが必要だと(美聖自身には分からないことだが)、カードがそう告げていた。


「先生……。私が占ってもらっていた年上の人なんですが……。実は学校の先生なんです」

「……えっ。そう……なんだ?」

「響子ちゃんと先生は、何歳、年が離れててるの?」

「…………十歳」

「そっか」


 なるほど。

 それじゃあ、なかなか女性としては見てもらえないはずだ。

 美聖は真摯に頷きながら、エプロンを外して、占い席の下に常備している「タロットカード」を取り出した。

 彼女の手前の椅子に腰かけると、降沢との距離がより近づいたようで、よく分からない緊張感に襲われてしまう。


「先生は彼女はいないんだったよね?」

「いないって言ってたけど、もう分かんないです。だって嘘かもしれないでしょ?」

「占い結果としては、そんな器用な人とも思えなかったけど……」

「でも……二度と会えないって言われたんです。一学期でお別れだって。産休の間の臨時の先生だから、いずれ、お別れするのは仕方ないって思ってたけど、もう会えないって、酷いと思いません? 言い方ってありますよね?」

「そっか……。先生もどうして、そんなことを、響子ちゃんに言ったんだろうね。ある意味、大人の対応じゃないような気がするかな。……ちなみに、それを言われたのは、いつの話?」

「一週間前」

「……一週間……か。響子ちゃんも、苦しかったね」


 きっと、悩み抜いた末に、彼女は北鎌倉まで、学校帰りに一人でやって来たのだ。 

 こうして、直接会えたのは良かった。

 顔が見える分、占いに必要な情報も揃いやすい。

 響子も少し落ち着いてきたのだろう。

 少しだけ表情が明るくなったような気がした。


「結構、良い雰囲気だったんだです。先生が言っていたように、告白しても大丈夫かなって思うくらい。それなのに、臨時の先生が終わったら、自分の腕をもっと磨くとか言って。……何それって?」

「腕を磨くって、何の?」

「ピアノの……」

「あっ、音楽の先生なんだ?」


 こくりと、響子は首肯した。


「私、小さい頃からずっとピアノを習っていて……。先生の前で弾いたら、喜んでくれたんです。だから、放課後残って二人でレッスンしたりして……楽しかったのに」 


 放課後の音楽室で個人レッスンとは、甘酸っぱさ一杯だ。

 これぞ青春……といった光景を脳裏に浮かべた美聖は、いよいよカードのシャッフルを始めた。

 愛用のウェイト・ライダー版タロットを、テーブル一杯に展開する。

 奥行きのないテーブルで混ぜるのは、気も使う。

 肩までの髪を、緩く一つに結んだ美聖は、カードの山を三つに分けて、それを更に一つにまとめると、ヘキサグラムの方法で占うことにした。

 ケルト十字法に引き続き、タロットの占術方法で王道とも言えるヘキサグラムは、主に恋愛を鑑定する時に、美聖は好んで使っていた。

 七枚のカードを六芒星の星のように展開し、過去現在未来と、対策を導き出す方法だ。


「…………うーん」


 美聖は、慣れた手つきで、展開したカードを捲って行く。

 一枚、一枚の意味を線でつなぐように、辿っていくが、曖昧なカードが多くて、鑑定に手間取った。


(まいったな……)


 混乱しているせいか、響子の心も不安定だ。

 そもそも、先生に向けている感情が恋愛なのかどうかすら、怪しいくらいに……。


 ――特に最後の結果に『悪魔』の逆位置が出たことが、美聖を悩ませた。


 悪魔の正位置が出たとしたら、肉欲。

 セクハラ教師の烙印を押してやるところなのだが……。


(悪魔の逆位置の意味は、縁がなくなる? 不運が消える? 嫉妬? 羨望?)


 カードを直訳すれば、そういう意味になるが、それでは意味不明だ。


(……やっぱり、カード全体に強く出ているのは、先生の気持ちの方かしら?)


 美聖は言葉に気をつけながら、探るように響子に問いかけた。


「先生は、響子ちゃんが告白しようとしたら、先手を打つように『もう二度と会えない』って言ったんだよね?」

「………………はい」


 響子は、しゃくりあげながら、小さく頷いた。


(……じゃあ、この悪魔は、先生側の気持ちで決定だな)


 美聖は顎を擦りながら、カードの意味を深読みした。


「多分、先生もピアノを弾く人で、響子ちゃんの音楽に触発されたんじゃないかな。それで、腕を磨くとか言い出したんだろうけど」

「……そんなこと!」


 声を荒げてから、響子は記憶にたどり着いたのだろう。

 小声でばつが悪そうに呟いた。


「……言っていたような気もするけど。だからって、もう少し優しい言葉があったって良いじゃないですか。まるで、私が告白するのを遮るようにして、彼女いないって言っていたのに……。ひどい……」


 ――その気にさせるだけさせられて、一気に落とされた。

 響子が訴えたいのは、そこなのだろう。


「でもね。響子ちゃん……。先生は響子ちゃんのこと、意識していたと思うんだ。だからこそ、響子ちゃんに告白させたくなかったんだよ。振りたくなかったんじゃないかな」

「振りたくなかった?」

「そこで、嘘を吐けない人なんだと思う」

「……それって、先生は私のこと好き……だから?」

「それは……」


 美聖は、言葉に迷う。

 ――好き……といえば、好きなのだろう。

 しかし、好きの領域は広い。

 先生が響子に、一言で伝えきれない感情があるのは、カードから感じ取ることができる。

 けれど、ポジティブな『好き』ではない。

 カードを読む限り、この男性は、いろんな気持ちを複雑に抱いている。

 元々、とても繊細な人なのではないか?


「でも……ね。響子ちゃんのことを、好きだったとしても、先生は決してその気持ちを言わないと思う」

「何で?」

「…………それは」

「先生だから、倫理的にってこと? でも、どうせ辞めるんだし、そんなこと関係ないですよね?」

「確かに、そうだけど、先生は真面目な人のようだし……ね」


 単純だけど、残酷な質問だ。

 好きな感情にも色々とあって『好き』という感情だけで、生きていけなくなるのが年を重ねることなのだ。

 この先生は、特にその傾向が顕著な人のようだ。

 そういう複雑な思考回路を持っている人に対して、彼女の世界は『好き』か『嫌い』かのいずれかだけで成り立っている。相性というより、根本的な性格の違いなのかもしれない。


「響子ちゃん……。あのね」

「おや? 可愛らしい……髪留めですね」

「あっ……?」


 そこで、突然、降ってわいたように登場したのは、降沢だった。

 鑑定に集中していた美聖は、横からひょっこり顔を覗かせている彼の存在に、まったく気づいていなかった。

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