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占い喫茶と神降ろしの絵  作者: 森戸玲有
幕間 春
10/67

✿1✿

 新緑の眩しい季節だった。

 古都鎌倉は春と秋に一番客足が伸びるものだが、美聖は桜の散った後の萌黄色の季節が一番好きだった。

 特に、鎌倉には竹林で有名な寺もあるし、ハイキングコースも充実している。


「銭洗い弁天は、どうやって行くんですか?」


 春の遠足にやって来た子供たちに、道案内をするのはだいぶ慣れてきた美聖だが、一つ困っていることがあった。


 ――実は、この季節。


 とにかく、女子高生のお客様の来店率が高いのだ。

 鎌倉は女子高、男子校ともに学校の数が多い。

 寄り道が禁止されているところもあるが、中間テストが終わった解放感からか、口コミで騒がれている隠れ家的な占い喫茶に、興味本位で立ち寄ってみたという女子高生たちで、店内は課外学校状態と化していた。


 ――カオス。

 そんな感じだ。


 他のお客様の迷惑にならない程度に入場制限をしているが、大変な混雑状態である。


(学生プランがあるからだろうけど……)


「アルカナ」では、中高生は学生証を見せると半額になるという、お得なプランが設定されていた。

 その代わり、時間は一般客の半分で十分なのだが、特にたいした悩みもない子には、その時間で充分のようだった。

 回転率は早いが、賑やか過ぎる。

 今の時期特有のことよ……と、トウコは笑っていたが、まだバイトを始めてから、間もない美聖は、慣れない客層に対する接客で、毎日へとへとになっていた。

 ほとんど、喫茶の給仕はできず、占い席から、離れられなくなっている。


(話してばかりで、喉がカラカラだわ……)


 鑑定を終わらせた美聖は、先に占い席からお客さんが出て行ったあとで、少し休憩をしようと、カーテンを開けて外に出ようとしたが……。

 しかし、女子高生三人組と鉢合わせして、それは不可能となってしまった。


「あっ、先生! 占い、お願いします!」

「えーっと、はい、承知しました」


 こうなっては、仕方なかった。 

 いつもなら、休憩の手配を上手くトウコがしてくれているのだが、彼も忙しくて、そこまで手が回らないようだ。


(……頑張って、彼女たちまでは鑑定しよう)


 それに、彼女たちは『アルカナ』の常連であった。

 最近、ちょくちょく学校帰りに、立ち寄ってくれている。

 椅子はいらないから、三人一緒に占いたいと、自己主張のはっきりした積極的な女の子たちだ。

 三人とも制服を着崩し、茶色く染髪していて、淡い化粧もしていたが、言動はまだ幼く、悩みもそれほど深くないのが特徴だった。

『アルカナ』の学割制度が気に入ったらしく、同じような内容でしょっちゅう、占ってはいたのだが……。


「では、十分コースで見ていきましょうか」


 美聖が当然の如く、いつもの学割コースで鑑定に入ろうとしたところ……。


「いえ、恋愛運を……見てもらいたいんです。ちゃんと、二十分で」


 鬼気迫る表情で、三人が美聖に詰め寄って来た。

 謎の迫力に気圧されそうになりながらも、美聖はすかさず、営業スマイルでうなずいた。


「承知しました。恋愛運ですね」

「はいっ!」


(一体、どうしたんだろう……?)


 もっとも、たまに一般コースに乗り換える学生さんもいるので、あまり不思議なことではないのだが、どうにも挙動不審というか……なんというか……。


 そして、美聖は、彼女たちが背後の壁際席を気にかけていることを発見した。

 そこには、この混雑時に、我関せず、優雅に、マイペースを貫き、読書を続けながら、紅茶を啜っている降沢の姿があった。

 隠れ見ているようで、まったくバレバレの視線は、しかし降沢には認知されるに至っていないようだった。


(…………まさか?)


 そのまさか……だった。


「ねえ、先生……。あの窓際に座っているイケメン、誰なんですか?」

「常連さんなんですか!?」

「彼女はいるんでしょうか?」


 耳に響く黄色い声に、目を回しながら、美聖は大人の余裕を何とか維持していた。


「うーんと、私にもよく分からないんだけど」


(勝手に、個人情報ばらしたら、まずいわよね……)


 彼は『アルカナ』のオーナーであるが、自らそれを客に話すことは滅多にないし、画家でもあるが『先生』と呼ばれることを極端に嫌っている節もあった。

 こんな癖のある人だからこそ、了解も得てないのに、ぺらぺら話すことなんてできなかった。


「あっ! 先生にも、分からないんだ!?」

「ミステリアスな人なんだねえ!」

「謎めいてるところに惹かれるってヤツ!」


 ああ、曖昧な答えで誤魔化したのがいけなかったのか、少女たちの目にたくさんのハートマークが浮かんでいる。


(まあ、仕方ないわよね……) 


 降沢は見目が良い。髪の毛が鬱蒼としているから、余り気づかれにくいが、よく見れば、白皙の美貌だ。

 長い睫に、手足はすらっとしていて、背も低いわけではない。

 いつも小難しい本に目を落としている姿は、頭も良さそうで、インテリっぽかった。

 女子高生たちが騒ぐのも、うなずける。


 ――し・か・し・だ。


(でもね……。あの人、見えないかもしれないけど、三十過ぎているんだよ。しかも、オーナーとはいえ、ほぼ引きこもりだし、余り喋らないし、口を開けば、なんか皮肉っぽいし、性格が悪いのか良いのか、いつも一緒にいる私ですら、分からない、つまらない人なのよ)


 ああ……。

 出来ることなら、事細かく教えてあげたい。 

 それが彼女たちのためにもなるのだ。

 でも、そんなことしたところで、恋する乙女たちを止めることは土台無理だろう。


「じゃあ、皆さん揃って、あの人との相性を見たいんですね?」

「はいっ! 誰が射止めても、恨みっこなしってみんなで話したんです」

「へえ……」


(…………降沢さんを、彼氏にすること前提なんだねえ)


 何だか、微笑ましいのか、斜め上にポジティブなのか、反応に困ってしまう。


(気が進まないな……) 


 胸が痛い。その痛みの正体を知らぬふりをしたまま、美聖はだましだまし過ごしているのだ。

 とても、彼女たちのように真っ直ぐにはなれない。


(時間とお金の無駄なような気もするけどな……)


 だからといって、お客様の鑑定内容に口を出すわけにもいかない。

 美聖はタロットカードを取りだして、シャッフルを始めた。


「えーっと、では、どなたから占いをしますか?」

「あっ、じゃあ、(ひめ)()いきなよー」

「えーーっ、私なの? 悠樹(ゆき)でいいじゃん」

「やだよー。奏子(かなこ)からにしてよ」


 なるほど、ツインテールの子が姫花で、ボブの女の子が悠樹。ショートの子は、奏子というらしい。

 それぞれ特徴があって、覚えやすい。

 彼女たちは、それぞれ押し付けあっていて、自分からという子がいなかった。


 ずっとこうしていたところで、埒が明かないので美聖は、三人組の中で一番騒がしい姫花を、最初に指名した。


「では、姫花さん……ですか。貴方から鑑定していきましょうか」

「私から……ですか?」

「お願いします」


 美聖が頭を下げると、観念したらしい。

 キャー、どきどきする……などと、叫びながら鑑定に入らせてくれた。


 ――そうして、一時間近く、三人の鑑定を行ってみたものの……。


(……もう、駄目だ)


 降沢の心情がさっぱり読めない。

 ……というか、彼女たちに手の負える人間ではないことだけは、明白に導き出されている。

 さすがに三人目ともなると、札の絵柄から感じ取るものがあるようで、各々神妙な面持ちとなっていた。


「なんか、みんなあんまり、良くなさそうだよね」


 最後の奏子が卓上に並んだカードと睨めっこをしながら、ぼやいた。


(良くないとか、それ以前の問題というか……)


 降沢が彼女たちを認識しているのかすら、怪しい感じだ。


(出てくるカードがみんな小アルカナだしねえ……)


 しかも、三人共通して出てきたのは、聖杯カップの8の正位置。

 いろんな解釈が出来るこのカードを、リーディングするのはなかなか難しい。

 正位置は、おおよそ別離だとか、新しいことのために古いことを捨てるだとか、無責任だとか、置き去りとか……。

 良く解釈する占い師もいれば、悪く受け取る占い師もいるのだ。

 美聖の場合、周りのカードとの組み合わせで、総合判断していくのだが……。

 今回の場合……この流れでカップの8が出てしまったのなら、望み薄だろう。

 間違いない。早々に諦めた方が良い。やっぱり時間の無駄だ。


(……てね)


 まさか、そのまんまの鑑定結果を、正直に彼女たちに伝えるわけにはいかない。

 失望させるだけの占い師にはなりたくないのだ。

 可能性があるのなら、たとえ1パーセントでも、その対策を助言できる占い師こそが、美聖の目指すプロの姿だった。


「た、確かに、今のままでは想いは伝わりません。まずは、あの男性にちゃんと皆さんの存在を認識させることです。彼は読書をしていますし、皆さんがいらっしゃる時間は人が多くて、彼の中で皆さんの存在が希薄です。自己PRをして、彼に知ってもらいましょう。そうすれば可能性がゼロってことはないです」

「まあ……認識されたところで、全員、ふられてもねえ……」


 放心状態の奏子が呟いた。


「まあまあ……そう、落ち込まないで」


 すっかり、三人組は自信を失ってしまっている。

 たった今、鼻息荒く、美聖に突撃していた時とは真逆に、一様に肩を落としていた。


(同情しちゃうなあ……)


 次第に、美聖も他人事とは思えなくなっていた。

 きっと、美聖が自分と降沢の相性を占ったところで、同じような結果しか出てこないだろう。


(誰が相手でも、降沢さんじゃ無理なのよ)


 それを伝えたいけれど、そのためには美聖の割り切れない感情もセットになってしまう。


「大丈夫」 


 美聖は彼女たちを鼓舞するように、1オクターブ高い声で、にっこり笑った。


「可能性をゼロとと決めつけてしまっては、何も出来ないですよ。みんなは、これから! まだまだ、これからなんですよ!」


 まるで自分に言い聞かせているようだったが、彼女たちにも、それなりに効果はあったらしい。

 最終的に、頑張ってみると、前向きな言葉を引き出して、鑑定を終了させたのだった。


 そんなこんなで、多忙な一日が終わろうとしていた。


「美聖ちゃん、今日も大変そうだったね……。お疲れさま」


 閉店五分前、たまに姿を見せてくれる近所のおじいさんがお会計の時に、美聖をねぎらってくれた。

 この人は、占いはしないが、トウコの淹れる紅茶を愛してくれている大切なお客様だった。


「最近は、賑やかになってしまっていますけど」

「気にならないよ。君は毎日本当によく頑張ってるなって、感動しちゃった。また寄らせてもらうからね」

「はい、ぜひ! よろしくお願いします」


 品のあるおじいさんは、颯爽と帽子を被って『アルカナ』を出て行った。


(癒されるわー)


 美聖を見てくれている人は、ちゃんといるようだ。


「よし、頑張らなきゃ!」

「何がです?」

「ひっ!?」


 ぬっと、降沢が美聖の横を通ったので、震えあがりそうになった。


「お疲れさまです」

「ああ、一ノ清さん、お疲れさまでした」


 淡泊な挨拶だ。


(この人が、女子高生にモテるなんてねえ……)


 我知らず、降沢に三白眼を向けてしまった。


「何です?」

「いえ、何でもありません」


(まあ、いいか……。降沢さんも大人だし、脈なしだったとしても、それなりの対応をしてくれるでしょう……)


 ――しかし、事件はその翌日に起こったのだった。

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