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占い喫茶と神降ろしの絵  作者: 森戸玲有
序章
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序章

 鎌倉では、狐ではなくて、狸に化かされるのだと聞いたことがあったが、まさしく、その通りのようであった。

 (いち)() ()(さと)は困惑していた。

 人生で一番というわけではないけれど、間違いなくベストテンに入るくらいには、記憶に残る出来事であった。


(まさか、親しくして下さった方がこんな……)


 狸……ではないものの、恰幅は良く、肩幅は広く、顔も大きい。

 サングラス越しに、薄ら見える目は垂れていて、愛嬌はあるが……。

 どう見たところで、男性だった。


「あら? 話してなかったかしら?」

「……話してはなかったですね」


 話したことはなかった。 メールやラインでやりとりをするくらいで……。

 こうして実際、この人にお目にかかるのは、初めてだったのだ。

 美聖は初めましての挨拶の後、半ば放心状態となっていたが、大男に覗きこまれたことで、やっと我に返った。


「ト、トウコさんって、男の人だったんですか?」

「…………嫌だわ。心は女よ」

「女性です……か?」


 やりとりはすべて、女言葉だった。

 更に名前が「トウコ」だったので、勝手に女だと思い込んでしまっていた。

 しかも、本人が女のつもりだったのなら、超能力者でもない限り、美聖がトウコの正体を見抜けるはずもない。


(……だけどねえ)


 結構、プライベートなことも突っ込んで話してしまった相手が、まさかメタルフレームのサングラスを掛けているだけでなく、アロハシャツまで着用している怪しげな男だったとは……。


「まあ、細かいことは良いじゃないの」

「……細かい……こと」


 そうだろうか……。

 結構、重要な問題だと思うのだが……。


「ほら、疲れちゃったんじゃない? ここまで来るの大変だものねえ」

「それは……まあ……はい」


 トウコの優しい声に、美聖も、性別のことなどどうでも良くなりそうだった。

 生温かい風に、汗ばんだ髪がふわりと待った。振り返ると、見渡す限りの緑の中だった。


 ――北鎌倉の山の中。

 住宅街の中に森があって、その中に、この築数百年の古民家がぽつんと存在していた。

 駅から歩いて行くうちに怖くなって、何度もスマホの地図を見つめ返したのは、つい先程のことだった。


「帰りは私と一緒に行きましょう。出勤も一緒だと安心かもしれないわね?」


 美聖の気持ちとは裏腹に、トウコが気安く話しかけてくる。

 むしろ、この大男と一緒にいる時間の方が緊張しそうなのだが、ここまで来てしまったら、腹を括るしか選択肢もなかった。


(お金のためよ……)


 美聖は訳あって、現在シフト制のアルバイト生活だ。

 一年前に事務職を辞めてから、コンビニバイトと電話占い師の仕事を両立しているものの、まとまった収入とは程遠い。

 電話占い師は、売上の良い時は稼げるのだが、波がありすぎる。

 困り果てていた美聖に、電話占いで一緒に働いていたトウコが良い仕事があると紹介してくれて、怪しいとは思いつつも、北鎌倉までやって来たのだ。それこそ、藁にもすがる気持ちで……。


「トウコさん、ありがとうございます。ここなら家からも近いし、助かります」

「美聖ちゃんの実家って、逗子だものね……」

「はい。電車で二駅です。遠いところは通えないので、トウコさんに紹介してもらえて良かったです。そもそも、対面鑑定の仕事ってそれほど求人ないですから」

「メインは喫茶店の給仕だから時給制。まあ、占い師にとって、ある意味、待機保証があるなんて、画期的よねえ」


 にこやかに応じるトウコは、玄関の引き戸の前に突っ立たままだった美聖を、古民家の内部に押し込んだ。


「さあさあ、入って」

「……あっ、ちょっと」


 美聖は、慌てていた。営業時間前とはいえ、客が訪れる気配をまったく感じない。


(こんな山奥で占いなんて、需要があるのかしら?)


 しかも、男性と二人で仕事をすることになるなんて、お金に目が眩んで周囲が見えてなかったとはいえ、無防備すぎるだろう。

 だが、トウコに押しやられるようにして足を踏み入れた室内は、驚くほど開放的でモダンな造りをしていた。


「すご……い」


 真新しい大きな窓からは、たっぷり陽光が差し込んでいて、また、吹き抜けがあるため、一層室内が明るく感じられた。

 壁の白一色と、家具の茶色のバランスがシンプルで、またお洒落だ。

 今、流行りの古民家カフェがテレビや雑誌の世界ではなく、現実に存在している。

 テーブルの一つ一つに活けられた、一輪のバラの花がまた美しかった。

 抜群に、センスが良い。

 その時にはもう、最初のネガティブなイメージが、美聖の中でがらりと変わっていた。


「こんな所だったら、人気が出ますよね。占いなんてやらなくても、私が客として来たくなっちゃいます」

「取材もSNSもお断りしているからね。口コミだけなんだけど、それでも常連さんは多いのよ」

「口コミでも、本当にステキなところには、人が来ますものね」


 鎌倉には、ちょくちょく遊びに来る機会もある美聖だが、こんな素敵な喫茶店があるなんて、今までまったく知らなかった。


「占いするお客さんは、あの円卓に誘導して占ってね。二十分、三千円。十分延長でプラス千円ね」


 トウコは、喫茶室のすぐ横の円卓を指差した。

 大きな丸い円卓の前には一対一で向き合うようにして、椅子が置かれている。

 機密性保持のためなのか、ビロードのカーテンで喫茶スペースから仕切ることもできるようだ。月と星がデザインされているテーブルクロスの存在は、占いめいた雰囲気が十全に発揮されていた。


(私……対面鑑定、初めてなんだけどな……)


 電話鑑定に関しては、慣れつつあったが、やはり対面鑑定となると、どきどきする。

 お客さんのことや、トウコさんを怪しく思っていた今までの自分を殴ってやりたかった。

 この内装で、一人も来ないということは絶対に有り得ないだろう。


「そんなに、緊張しなくても大丈夫よ。美聖ちゃんは美聖ちゃんらしくしていてくれれば良いんだから……」

「……はい……頑張ります」


 美聖は付け焼刃な笑顔を作ってみせながら、円卓の前まで歩いた。


(本当に私で、良かったのかしら?)


 疑問が尽きない。

 そもそも、対面鑑定を希望している占い師は多いのだ。

 特に、このような雰囲気のある場所で、鑑定をすることができるのなら、応募者も殺到するはずだ。


「あの……トウコさん?」


 不安をそのままに、呼びかける。

 しかし、後ろにいるはずだと思っていたトウコはいなかった。


「あれ、どこに?」


 たった今まで、存在感たっぷりに、そこにいたはずだ。


「トウコさん? どこですか?」


 きょろきょろと、周囲を見渡す美聖だったが、そうしているうちに、ふと一枚の絵に目が留まった。

 窓際の席の横に飾られている、小さな一枚の絵。

 額縁は茶色で、室内のインテリアと見事に調和しているので、今までまったく気がつかなかった。

 絵の中央に、大輪のユリの花が大きく描かれている。油絵だった。


「これは…………」


 特に、奇抜な絵でもない。


(花の絵なんて……)


 背景は黒に見えたが、それは光を際立たせるための技法だ。

 おそらく、月夜なのだろう。花弁が艶やかに白光りをしているのは、月明かりを浴びているせいだ。写実的で美しい絵画である。たった、それだけの絵なのに……。


「綺麗……なのに」


 ――怖い。

 どうして、美聖の震えは止まらないのだろう?

 そのうち、絵の中から背景の黒と、ユリの白色が同時に飛び出してくるような幻覚に襲われた。


「えっ……何で!?」 


 明らかに、この絵はおかしい。

 驚いて後退した拍子に、美聖の肩にこつんと何かが触れた。

 誰かの胸元にぶつかったらしい。

 当然、トウコだろうと思い込んで、勢いよく振り返ると、そこにいたのは、別人だった。


「きゃっ!」


 色気の欠片もない悲鳴をあげて、美聖はその人物から遠ざかった。

 男性だというのは、外見で分かったものの、長い前髪で表情がまったくうかがえない。

 白いシャツとチノパン姿は、この空間の中で異質に思えた。


(一体、いつからここにいたんだろう?)


 男性は窓から室内に入ったようだった。証拠に、大きなガラス窓は全開となっている。


「貴方は一体……?」


 おろおろと、美聖はトウコを捜すものの、一方で、男から目を離すことができない。


「あっ、合格です。一ノ清 美聖さん」


 謎の一言と共に、男が髪を掻き分けた。

 切れ長の瞳が露わとなると、美聖の視線は彼の美形に釘付けとなった。

 細面の顔に、整った鼻梁、きりりとしまった口元。

 ドラマや漫画の世界だけだと思っていた。

 素顔が明らかになると、見目麗しいなんて……。

 すっかり、その容姿に惹きつけられてしまった美聖は、その直後鳴り響いた拍手に、大仰に反応してしまった。


「ほーら、やっぱりね!」

「な、何っ?」


 どこに潜んでいたのだろう。

 トウコがすたすたとこちら向かって来る。


「だーから、言ったじゃないの!? ざまあ見なさい」

「はっ? トウコ……さん?」

「私の目に狂いはないって。美聖ちゃんは『良い目』を持っているわ」

「でも、彼女と会ったこともないって、言っていたじゃないですか?」 


 男が淡々と言い返す。

 ……が、トウコも負けてなかった。


「なめてもらっちゃ困るわよ。私だってね、まだそのくらいは分かるんだから。私が採用したのよ。勝手に合格扱いされるのも、上から目線で不愉快だわ」

「…………あのー?」


 美聖は勝手に言い争いを始めてしまった二人を見比べながら、おそるおそる口を挟んだ。


「あら、嫌だ」


 トウコは、くすくすと肩をすぼめて笑うと、お綺麗な男性を指差しで紹介したのだった。


「紹介が遅くなっちゃったけど、この人がここの店『アルカナ』のオーナーで、画家の降沢(ふるさわ) 在季(あき)


 ――画家?

 美聖は生まれて初めて『画家』と職業を持つ人物を目の当たりにしたのだった。


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