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5

   

     ※警告※


この話には残酷な描写があります。


ご注意ください。


 








 ゴツッ

 

 頭部を殴りつけるように押し当てられたスタンガン、そのスイッチが入ろうとした。


 瞬間、



「サチエッ!」



 後ろから現れた影が、スタンガンごと母さんを突き飛ばした。



「やめるんだサチエッ! もう、もうやめにしようっ!」


「―――あ、あなた」


 

 それは、父さんだった。

 息を荒立て、肩を上下させながら、倒れた母さんを見据えている。


「どうして、ここがわかったの?」

 

 母さんはフラフラと立ち上がりながら、そう問い掛けた。その手にはスタンガンが握られている。

   

「後を付けたんだ。じきに警察も来る」


 警察!? 僕は安堵より先に驚きを感じた。

 "実の母親に監禁されて、ついさっき父さんもそれを知っている事を聞かされた僕は、父さんもグルだと思っていたのに"、違うのか?

 僕の疑問が顔に出ていたのか、父さんは僕を一瞥し、語りだした。


「サトル・・・、すまない、本当にすまない。悪いのは俺だ。俺なんだ・・・。全て、俺の所為せいなんだ」


「―――とう、さん?」


「俺が、あの時、あんな気を起こさなければ、こんな事には・・・・・・全て俺の責任だ」


「な、なに言ってんのかわかんないよっ! 説明してくれよッ!」


「私が―――」


 フラリと、一歩父さんに近付きながら、母さんが言った。


「私が説明してあげるわ、サトル」


「母さん・・・・・・?」



「この男はねぇ、実の娘を抱いたのよ」



「―――――、え」


「あなたも言ってたじゃない、お姉ちゃんは男性恐怖症だったって。でもねぇ、お姉ちゃんが心を許したのは、あなただけじゃないのよ。同じ家族なんだから、お父さんにだって、そうなる資格があるってこと」


 母さんは、吹けば飛ぶようなか細い声で、続ける。

 

「あなたからお姉ちゃんの話を聞かされて、全て繋がったわ。あの日、あなたお姉ちゃんに言ったんでしょう? "いい加減ウザイ"って、そうなればあの子が、心許せる残りの男、つまりお父さんになびく事だってあるわ」


「そ――、んな――――」


 僕は絶句して父さんを見た。

 父さんは何も応えず、その顔は、本当に苦しそうで、悲しそうで、辛そうだった。

 母さんはユラユラと、左右に肩を揺らしながら続ける。


「そして、お姉ちゃんに言い寄られたこの男は、実の娘とセックスしたの・・・・・・。まったく、信じられない信じられない信じられない信じられない。有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない。気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪いッ!!」


「す、すまないサチエ。俺は―――」


「うるさい。今サトルと話してるのよ、アナタ」


 父さんの弁解を遮り、母さんは他人を見るようないつもの無表情で、僕を見る。


「それで、運悪く、私はそれを見てしまった。長年寄り添ってきた夫が、長年育ててきた娘と、裸で抱き合ってるのをッ、私は見たッ!! ・・・・・・・・・もう、何もわからなくなった、ただ、"あの子を殺さなくっちゃ"、そう思った。そして、セックスが終わった後、暢気にシャワーを浴びてる娘を、私は殺した。あなたのバットでね」


「―――――」


 僕は絶句する事しかできない。

 しばらくして、ようやく言うべき台詞が見つかり、口にする。


「なんで、僕を閉じ込めて、犯人にしようと思ったの・・・?」 


「あなたはまだ若いんだから、未来があるじゃない。人を一人殺しても、未来があるわ。でも私にはない、この年齢で、人を殺してしまったら、それは自分を殺すのと同じ・・・・・・。それに、"家族"なんだから、助け合うのは当然でしょう?」


 母親おんなは笑う、フフフフフフフフ、と、憑り付かれたように、何かを失くしたように、壊れた人形のように。

 

 ・・・・・・ずっと僕を閉じ込めて、ずっとずっと僕に言い聞かせて、僕の精神こころがおかしくなって、僕がやってもいない罪を認めるまで、自分の罪を被ってくれるまで、取り調べの真似事を続けるつもりだったのか・・・・・・。


「始めはね、この男も同意したのよ。お姉ちゃんは引き篭もりだし、あなたも無職で引き篭もりみたいなモノだから、世間には絶対バレないって、でも、ここに来てもう止めようって・・・・・・だから、やめにしましょう」


 そう言って、母さんはスタンガンを落とした。


「サチエ・・・・・・」 


 安堵したように呟いて、父さんは母さんに抱き付いた。


「すまない、サチエ。すまないすまない、本当にすまない。全て俺の所為だ。全部俺が悪いんだッ。自首しよう、自首しよう。なっ」


 母さんの背中を撫でながら、父さんは必死に繰り返す。

 

 しかし、―――ダメだよ父さん。

 

 僕はこの後どうなるか、なんとなく予想できていた。

 だって母さんはもう、コワレテしまっているんだから、コワレタ物はそれぐらいじゃ直らないんだから・・・・・・。


「――――、?」


 音はしなかった。

 ただ驚く父さんの顔を、無表情の母さんが見つめていた。

 遅れて倒れる父さん。その腹部は真っ赤に染まっていて、母さんが握る包丁も真っ赤に染まっていた。 


「そうね、全部あなたの所為よ。でも安心して、私達は家族なんだから、すぐに後を追うわ。いってらっしゃい、気を付けてね、あなた。いってらっしゃい、いってらっしゃい、イッテラッシャイ」


 そう言って母さんは、何度も、何度も。何度も何度も何度も何度も、父さんの顔を刺し続けた。

 喘ぎ声と藻掻く音が次第に聞こえなくなり、毛髪を残した頭皮が床にずり落ち、耳だけを残した顔面がドス黒く染まり、肉の削げる瑞々しい音が、骨を突付く硬い音に変わった頃、ようやく母さんはその手を止めた。


「始めから、こうするべきだったわ。それじゃあサトル、あなたも見送らなくっちゃね。お姉ちゃんも向こうで待ってるわ。待たせたら悪いから、あなたには悪いけど簡単に送らせてもらうわね」


 スタンガンを拾って立ち上がる母さん。

 その真っ赤な無表情は、瞳の部分だけが虚のようで、僕は生まれて初めて、姉貴の顔は母さんと似ていたんだなぁ、と思いながら、


「いってらっしゃい」


 電撃が身体を疾駆するのを感じた。










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