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※警告※
この話には残酷な描写があります。
ご注意ください。
ゴツッ
頭部を殴りつけるように押し当てられたスタンガン、そのスイッチが入ろうとした。
瞬間、
「サチエッ!」
後ろから現れた影が、スタンガンごと母さんを突き飛ばした。
「やめるんだサチエッ! もう、もうやめにしようっ!」
「―――あ、あなた」
それは、父さんだった。
息を荒立て、肩を上下させながら、倒れた母さんを見据えている。
「どうして、ここがわかったの?」
母さんはフラフラと立ち上がりながら、そう問い掛けた。その手にはスタンガンが握られている。
「後を付けたんだ。じきに警察も来る」
警察!? 僕は安堵より先に驚きを感じた。
"実の母親に監禁されて、ついさっき父さんもそれを知っている事を聞かされた僕は、父さんもグルだと思っていたのに"、違うのか?
僕の疑問が顔に出ていたのか、父さんは僕を一瞥し、語りだした。
「サトル・・・、すまない、本当にすまない。悪いのは俺だ。俺なんだ・・・。全て、俺の所為なんだ」
「―――とう、さん?」
「俺が、あの時、あんな気を起こさなければ、こんな事には・・・・・・全て俺の責任だ」
「な、なに言ってんのかわかんないよっ! 説明してくれよッ!」
「私が―――」
フラリと、一歩父さんに近付きながら、母さんが言った。
「私が説明してあげるわ、サトル」
「母さん・・・・・・?」
「この男はねぇ、実の娘を抱いたのよ」
「―――――、え」
「あなたも言ってたじゃない、お姉ちゃんは男性恐怖症だったって。でもねぇ、お姉ちゃんが心を許したのは、あなただけじゃないのよ。同じ家族なんだから、お父さんにだって、そうなる資格があるってこと」
母さんは、吹けば飛ぶようなか細い声で、続ける。
「あなたからお姉ちゃんの話を聞かされて、全て繋がったわ。あの日、あなたお姉ちゃんに言ったんでしょう? "いい加減ウザイ"って、そうなればあの子が、心許せる残りの男、つまりお父さんに靡く事だってあるわ」
「そ――、んな――――」
僕は絶句して父さんを見た。
父さんは何も応えず、その顔は、本当に苦しそうで、悲しそうで、辛そうだった。
母さんはユラユラと、左右に肩を揺らしながら続ける。
「そして、お姉ちゃんに言い寄られたこの男は、実の娘とセックスしたの・・・・・・。まったく、信じられない信じられない信じられない信じられない。有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない。気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪いッ!!」
「す、すまないサチエ。俺は―――」
「うるさい。今サトルと話してるのよ、アナタ」
父さんの弁解を遮り、母さんは他人を見るようないつもの無表情で、僕を見る。
「それで、運悪く、私はそれを見てしまった。長年寄り添ってきた夫が、長年育ててきた娘と、裸で抱き合ってるのをッ、私は見たッ!! ・・・・・・・・・もう、何もわからなくなった、ただ、"あの子を殺さなくっちゃ"、そう思った。そして、セックスが終わった後、暢気にシャワーを浴びてる娘を、私は殺した。あなたのバットでね」
「―――――」
僕は絶句する事しかできない。
しばらくして、ようやく言うべき台詞が見つかり、口にする。
「なんで、僕を閉じ込めて、犯人にしようと思ったの・・・?」
「あなたはまだ若いんだから、未来があるじゃない。人を一人殺しても、未来があるわ。でも私にはない、この年齢で、人を殺してしまったら、それは自分を殺すのと同じ・・・・・・。それに、"家族"なんだから、助け合うのは当然でしょう?」
母親は笑う、フフフフフフフフ、と、憑り付かれたように、何かを失くしたように、壊れた人形のように。
・・・・・・ずっと僕を閉じ込めて、ずっとずっと僕に言い聞かせて、僕の精神がおかしくなって、僕がやってもいない罪を認めるまで、自分の罪を被ってくれるまで、取り調べの真似事を続けるつもりだったのか・・・・・・。
「始めはね、この男も同意したのよ。お姉ちゃんは引き篭もりだし、あなたも無職で引き篭もりみたいなモノだから、世間には絶対バレないって、でも、ここに来てもう止めようって・・・・・・だから、やめにしましょう」
そう言って、母さんはスタンガンを落とした。
「サチエ・・・・・・」
安堵したように呟いて、父さんは母さんに抱き付いた。
「すまない、サチエ。すまないすまない、本当にすまない。全て俺の所為だ。全部俺が悪いんだッ。自首しよう、自首しよう。なっ」
母さんの背中を撫でながら、父さんは必死に繰り返す。
しかし、―――ダメだよ父さん。
僕はこの後どうなるか、なんとなく予想できていた。
だって母さんはもう、コワレテしまっているんだから、コワレタ物はそれぐらいじゃ直らないんだから・・・・・・。
「――――、?」
音はしなかった。
ただ驚く父さんの顔を、無表情の母さんが見つめていた。
遅れて倒れる父さん。その腹部は真っ赤に染まっていて、母さんが握る包丁も真っ赤に染まっていた。
「そうね、全部あなたの所為よ。でも安心して、私達は家族なんだから、すぐに後を追うわ。いってらっしゃい、気を付けてね、あなた。いってらっしゃい、いってらっしゃい、イッテラッシャイ」
そう言って母さんは、何度も、何度も。何度も何度も何度も何度も、父さんの顔を刺し続けた。
喘ぎ声と藻掻く音が次第に聞こえなくなり、毛髪を残した頭皮が床にずり落ち、耳だけを残した顔面がドス黒く染まり、肉の削げる瑞々しい音が、骨を突付く硬い音に変わった頃、ようやく母さんはその手を止めた。
「始めから、こうするべきだったわ。それじゃあサトル、あなたも見送らなくっちゃね。お姉ちゃんも向こうで待ってるわ。待たせたら悪いから、あなたには悪いけど簡単に送らせてもらうわね」
スタンガンを拾って立ち上がる母さん。
その真っ赤な無表情は、瞳の部分だけが虚のようで、僕は生まれて初めて、姉貴の顔は母さんと似ていたんだなぁ、と思いながら、
「いってらっしゃい」
電撃が身体を疾駆するのを感じた。