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当然、脱走を企てた事もあり、その回数も一度や二度ではない。
普段は錠が掛けられた独房だ。チャンスはあの女が入ってきた時か、出て行く時に限られる。
故に、女を力尽くで押さえつけ、ドアから出ようという陳腐な作戦しか思いつかないのだが、その力尽くの部分からして、もう失敗なのだ。
あの女は常にスタンガンを持っている。
少し近付いただけで、スタンガンを取り出し、間合いに入ろうものなら遠慮なしに押し当てられ、丸一日朦朧とした意識で過ごす事になる。
今まで手を替え品を替え、様々な方法で脱出しようとアプローチを試みたのだが、残るのは身体に電撃が疾駆する痛みと恐怖だけだった。
・・・・・・まったくあの女は、イカれてる。
「・・・・・・・・・」
ところで、どういう訳か、今日はあの女が来ない。
取り調べがない日も、食事だけは運んで来たのに、・・・兵糧攻めだろうか?
ガチャン
ギイィィ
と、思っていたら今日も来た。
「・・・・・・?」
しかし、今日はいつもと様子が違う。
いつもだったら栄養管理された手作りの料理を運んで来るのに、机に置かれたのは菓子パン一つ。
塗ったくった厚化粧も、今日はスッピン。
そして何より、その顔色に浮かぶのは明らかな心労。
椅子に座って、日課の『心の健康チェックシート』を差し出す事もせず、俯いて深い溜め息を吐いた。
「・・・・・・・・・」
こっちの精神が参る前に、女の方が参っているのかもしれない。まぁ、こんな状況が長く続けば無理もない。
僕としては、この機会を逃す手はない。
「なんか顔色良くないけど、・・・どうしたの?」
出来るだけ優しく、それでいて不審にならないように問い掛けた。
「・・・・・・・・・」
女は無言でこちらに視線を寄越し、また俯いてしまった。
・・・・・・焦るのは良くない、ここは相手が口を開くまでじっと辛抱だ。
どれぐらい経っただろうか、僕は置かれた菓子パンに手を伸ばす事もせずじぃっと女を、女はその視線を受け止めようとはせず、ひたすらに俯いて、
不意に、
「今日、あなたのお父さんと話したわ」
「―――と」
父さん――!? と、出掛かった驚きを何とか飲み込んで、僕は関心のない振りをする。
「へぇ、なんて言ってた?」
「・・・・・・もう、やめにしようって」
「――――、ふ、ふぅん」
・・・・・・驚いた。父さんは知っていたのか。いや、当事者なんだから知っていて当然なんだけど、僕は全てこの女が秘密裏に行っている独断だと勘違いしてたようだ。
「そ、それで、どうするの・・・・・・?」
僕の上ずった問いに、女は、
「ええ、もう、やめにしましょうか―――」
―――母さん、疲れちゃった。
そう言って立ち上がり、スタンガンを取り出した。
「――――! つ、疲れたってなんだよッ! ぼ、僕を殺すのか!? なんで!? ふざけんなよ!! 散々こんな所に閉じ込めておいて・・・・・・」
女は聞こうともせず、危うい足取りで一歩一歩、僕に近付く。
「ま、待てよ。落ち着こうよ。だって僕、本当に姉貴を殺してないんだよ。信じてよッ、信じてくれよオォッ! 母さんッ!」
部屋に隅に追い詰められた僕は、必死に哀願の声を上げた。それに女は、
「―――ええ、知ってるわ」
素っ気無く、実に素っ気無く、そう応えた。
「は―――、な、なんだって? 知ってる? じゃあなんで・・・?」
振り上げられたスタンガンを見ながら、
「だってお姉ちゃんを殺したのは母さんだもの。ごめんねサトル」
僕は、女の言う、真実を聞いた。
ゴツッ