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今日もまた、毎日と同じように、対面の椅子に女が座り、心の健康チェックシートを差し出してきた。
「・・・・・・・・・」
いつもと同じように、僕はそれを受け取らず、無言で睨み続ける。
いつもだったら僕がそれを受け取るまで何も言わない女だが、どういう訳か、今日は口を開いた。
「あなたは、お姉ちゃんが殺されたその時、何をしてたの?」
軽い驚きを覚えながらも、応える。
「・・・・・・知ってるだろ。バイトだよ」
「バイトは何をしているの?」
「居酒屋の厨房」
「どこの居酒屋?」
「・・・・・・駅前の『金時』」
女は、そ、と素っ気無く応えると、手元のレポートをペラペラ捲って、
「それはおかしいわね。先方に確認してみたけど、あの日、あなたは居なかったって」
「―――――!」
「しかも、お姉ちゃんが殺される一週間前に辞めてるって言うじゃない」
「・・・・・・・・・」
知ってるくせに訊いてきたのか、コイツ最悪だ。
女はレポートをパタンと机に置いて、肘を置いて身を乗り出す。
「なんで嘘を付いたの?」
「・・・・・・・・・」
「あの日、本当は家に居て、お姉ちゃんを殺したからじゃないの?」
「違うッ! 僕は確かに出かけたっ! アンタ知ってるだろ!?」
それに対しては女は応えず、
「じゃあ、どうして嘘を付いたの?」
と無表情で繰り返すのだった。
僕は暫く迷ってから、
「・・・・・・言い難かったんだよ・・・・・・」
「というと?」
「・・・・・・フリーターで、ずっとバイトを点々としてたから、また辞めたって言いずらかったんだよ」
「そう・・・。それであなたはバイトに行くと嘘を付いて、一体どこに行ってたの?」
「近所の公園で、・・・時間潰してた」
「そう、夜の公園に誰か居た? 居なかったでしょう。じゃあアリバイはないのね」
「―――――!」
「あなたが家にこっそり帰って、お姉ちゃんを殺して、"近所の山林にその死体を埋めても"、おかしくはないわね」
「―――な、う、埋めたッ? どういう事だよそれ、知らないぞっ!? ふざけるなよッ! なんでそんなに僕を疑うんだよっ!? どうしても僕を犯人にしたのかよっ! おかしいだろ!? だってアンタは―――」
「今日はここまでね」
と、女は僕の台詞を最後まで待たずに立ち上がり、足早に去った。
「・・・・・・・・・・」
また、いつもと同じように独り残された僕は、机を引っくり返して、椅子を蹴り飛ばし、その場に崩れ落ちた。
だっておかしいだろ・・・・・・?
警察ではなく、何処とも知れない地下室に軟禁されて取り調べの真似事を受けるこの状況も、
まるで自分とは関係ない事のように飄々と淡々と、無表情・無感情に語るあの女も、
おかしいだろ・・・・・・どう考えても。