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本を読んでは調べてメモをとってまた本を読むことを繰り返していく。少しずつ読み進んでいきやっと数ページ分を母国語に訳した文章が完成した。まだまだ起承転結で言う起すら読み終わってはいないけれど今解読した内容によるとこの本は王朝、我が国で言う王宮で生まれた王子が臣下に降下しそこで生活していく物語だった。作者は辞書にも載っているほどの有名な女性でセシル様がいう読みやすいというのはこういうことなのかな、って思う。表紙には初巻と書かれていたから長く続いていく物語なのかな。
ミリィから少し前に聞いたセシル様のお噂では武闘派で読書家だといっていたから、もうこの本も読んでいる多くのものの中の一つなのだろう。そんなセシル様が選んでくださった本なのだから早く読み進めなきゃ、と夢中になって読んでいく。
ふと、どれくらい時間がたったのかなと思って顔を上げると、窓からは紅くなった太陽が顔を傾けている所で、私はどれくらいの間この本を読んでいたのだろうと吃驚した。
セシル様へと視線を向けると顔を紅い光に照らされその長いまつげが陰を作り、手元の本を読まれていた。その姿は一つの絵画のように美しいもので・・・――――。
って、そろそろ帰らないといけないのだった。セシル様へと固まっていた視線をぎゅっと瞼をつむることで抗い、なんとか声をかける。
「・・・あの、セシル様。お時間が・・・」
「・・・ん、?ああ、もうこんな時間か。どうだ、読めたか」
「まだ数ページしか進んでいませんが、なんとか・・・」
「そうか」
セシル様は読まれていた本を閉じるとそのまま立ち上がり受付へと行かれていってしまう。えっと声を上げた私にそれらの本を持ってくるように言われてまた足を進められていく。
広げていた紙や本を片付けて慌ててその背中を追う。今日は何度も先に行かれるなあ、と少し心の中で苦笑する。先に到着されたセシル様は数言、司書官と話されたのち従者に本を預けられてこちらへ振り向かれた。丁度そのタイミングで私はセシル様に追いつく。本を胸に抱えたままセシル様を見上げる。
「借りないのか」
「あ、いえ、借ります・・・。」
おずおずと持っていた本を司書官に手渡すといつの間にか用意されてた私専用の王宮書庫の利用カードと共に手続きを始められた。しかしふと顔を上げられた司書官は、
「申し訳ございません、セントフォーズ様。ここではお一人一冊までとなっております。」
「、え」
「これで」
戸惑う私の隣からセシル様の手がすっと伸びてきてあの選んでくださった物語の本を手渡される。勿論それを読みたいのだけれど辞書がないと読めません・・・!
そのままセシル様は受け取られソレルに手渡されていた。そしてソレルはそのまま私が持っていた紙たちも一緒に持ってくれた。それに小さく礼を言い、慌ててセシル様を見上げる。
「あ、の。セシル様、辞書がないと・・・」
「・・・とりあえずもう時間だ。帰るぞ。」
そう言われて進まれていくセシル様の背中を追いつつ私はどうしよう、と困り顔。規則で一冊しか借りられないのならどちらか選ばなきゃいけないのは当然なんだけど、それでも本は辞書がないと読むことすら出来ない。
お父様に頼んで辞書を買ってもらわなければいけないのは分かっているけれど、なんと言って買っていただければいいのか。倭国研究がしたいなんて私が言って良いのかな、それよりまずは公爵家としての知識を蓄えろと言われて許されない気がします・・・。
気づけば迎えの馬車の目の前まで来ていた。手を引かれて行きと同じく斜め対面の席に腰を下ろす。セシル様は向かい側に座られたのち足を組まれて外の景色を見ている。王宮へ向かうときの会話のある道中はなく、何故かセシル様に声をかけることが出来ず、気まずい空気が馬車の中に充満していった。
馬車の中から聞こえるのは、ただ馬の進む足音と馬車のガタゴトとなる音だけだった。我がセントフォーズ領につきあと少しで屋敷の前という時。ずっと視線を外へと奔らせていたセシル様は組まれた足を直し視線を私の方へ向けられた。
「アリシア嬢」
「、は、はい。」
「これから倭国のことを調べたいと思うか。」
静かに問われた言葉に目を見開く。通常貴族の娘は教養のために書物は読むがただそれは最低限のものだけ。それを我が国にとどまらず他国の書物を読み、その国を調べていくというのは異質と言って良いだろうことは、私ですら知っている。
セシル様は、それでいいのかな・・・?
「、もちろん、知りたいとは思いますが・・・。私には・・・、」
「『知りたいのなら調べたらいい』そう、言ったつもりだが?何を危惧しているのかは知らないがやってみないことには何も始まらないだろう。」
「で、ですが・・・セシル様は良いのですか?その、婚約者が変わっていると・・・、言われるかもしれませんが・・・。」
戸惑いつつ言う私をみてセシル様は一瞬のまもなく、なんてこともなさげにおっしゃられた。
「愚問だな。他人の視線などに全てに反応していては視界を曇らせるだけ。貴女の好きなようにやれば良い。」
「、はい。」
まっすぐ伸びた視線は私の胸の奥の奥にあったなにかを貫いた。その視線はただただ真っ直ぐでどこにも揺らぎなんて感じない。私の中で何かの歯車がことり、と動き出した気がした。
なんて真っ直ぐな人なんだろう。なんて、こんなにも温かい人なんだろう。
思えば最初に会ったときから、視線こそ温度のない冷たいものだったけれど私をエスコートする手は優しかった。私の何度も詰まる会話も、少し眉をしかめられはするけれど遮ぎらずにただ静かに私の言葉を待ってくださっていた。今日だって、公爵令嬢なのに珍しいもの見たさにきょろきょろ視線を動かす私に苦言こそ呈せられるけれど次の機会に案内しようと約束をしてくださった。
表情の変わらない顔が怖かった。瞳を彩るその冷たさが怖かった。眉をしかめられてこちらを見る視線が怖かった。
そういう風に思っていたけど、でも、セシル様はいつも私に誠実で、優しかった。
ほら、今だって到着して止まった馬車から先に降りられてまだ中に残っている私に手を伸ばして私の目を見て待ってくれているじゃない。そこには面倒そうな色も嫌悪する色もない。ただ真っ直ぐに。その白銀の涼やかな瞳は透き通ってキラリと光を持っている。
今まで感じたことのない感情が私の中に生まれたような気がした。その気持ちが何なのかなんて分からないけど、温かくて穏やかで、少し胸を苦しくさせるけど、決して嫌なものなんかじゃない。
「セシル様、今日はありがとうございました。・・・その、倭国のこと、もっと調べようと思います。なので、また・・・。また、私と一緒に王宮書庫に行ってくださいますか・・・?」
地面に足がつきセシル様は私の手を離そうとなさる。その手をきゅっと握って問いかける私を見てセシル様は一瞬目を開かれてから、
「・・・ああ、また連れて行こう。」
目を緩く細められ、真っ直ぐに閉じられた口の端が少しだけ持ち上がる。
初めて見たセシル様の微笑みは、紅く染まった空と黄色く光る太陽を背に顔に陰を落とされていたけれど、私の視界にはどんなものよりも一番、美しい輝きを放っていた。
気づけば私は自室へ戻っていた。その腕の中に今日書庫で借りた本を一冊大事に抱え込んでいる。ソレルが私の後に続いて部屋に入り、そのドアを閉める。
そして今日私が書いた紙と同時に、一冊の新品の分厚い本を私に手渡してきた。何かな、と首を傾げた私はペラリとその本を捲る。そこに書いていたのは先ほど使っていた辞書とおなじもので。
驚いて、でもこれがどうしてここにあるのなんか、もう私の中で答えは出てる。でも、それを確信にしたくて。
口から出てきた声は微かに震えている。
「・・・ソレル、この本は?」
「先ほどセシル様よりお預かり致しました。これを使って本を読むように、と伝言も共にいただいております。」
ソレルは穏やかに私をみて言う。
よかったですね、と瞳が言っているようだ。
私は書庫から借りた本と共に腕の中にしまい、大事に抱え込む。
きゅぅっと私の胸が少し苦しくなる。それに少しの吐息を零すと、途端に私の心に明かりが灯ったようにぽかぽかと暖かくなる。
ああ、なんて暖かい人なんだろう。なんて、優しい人なんだろう。
セシル様は私に抱えきれないほどの暖かさを、どれくらいくれるのだろう。伝言と共に渡された辞書も、私の胸の中のこの暖かい感情も、少しの苦しみも。
私のこの世界で生きる理由も。生きる術も。
セシル様は私には眩しくて広く、そして大きい。私はこれっぽっちもセシル様には到底敵わない。何度もみたあの広い背中もあの白銀の瞳も、なにもかもが宝石のようにキラキラ輝いている。
これからも私がセシル様の婚約者でいられるように、婚約者として近くにいることを許されるように。
セシル様の抱えるすべてのものを支えようなんて大それた事は出来ないかもしれない。それでも、その一つでも私が支えられるように、明日からまた公爵家の令嬢として。
セシル様の婚約者として精一杯できることをしよう。
「…うん。」
「アリシア様?」
「ねえ、ソレル。お父様に、ご都合がいい時に時間を下さいと伝えてもらってもいい?」
「はい、それはもちろん。…ですが、いかがなさいましたか?」
「倭国のことを知りたいと。
倭国研究がしたいと、言おうと思うの。」
「…承知いたしました。」
まずは、一歩目から始めようかな。
ここまでやっと進みました。こんなに日を置かずに投稿出来たことは軌跡なのかもと思う今日この頃です。次話はまだ手を付けてないので頑張って今週中には書き上がるようにしますので、もう少々お待ちください。
悠子




