兆候
作者に最近のアニメの知識は皆無です。
ご理解いただきますよう、宜しくお願いしたします。
「それじゃあ、行ってくるよ。」
そう言って、アンダースン少尉はベットで寝ている妻に口づけした。
妻は優しく微笑んで口づけを返し、仕事に向かう少尉を見送る。
最愛の妻である。
彼女を抱き寄せ、ベッドで眠るひと時が、少尉にとっての至福の時間であった。
少尉はアパートの地下駐車場に止めてある愛車プリウスに乗り込み、エンジンをスタートさせた。
日本が鎖国してからは当然だが、日本製品は全く入ってきていない。
このプリウスも中古で手に入れたものである。
日本の鎖国が本当だったとわかった途端、日本の製品は中古品も含めて軒並み価格が上昇したが、強いこだわりもあって購入したのだ。
その愛車は、まるで音を感じさせない様な静かな発進で駐車場から道路へと走り出し、ストレスのない加速で街中を駆け抜ける。
何気ない事であるが、それが購入してからずっと続いているのだ。
中古であるのに一度も修理に出していない。
このまま、何の故障も知らずに乗り続けられそうな安心感があった。
この安心感が日本車を、世界のトップへとしたのだろう。
しかしそれも昔の事である。
日本が鎖国してから数年は、工業界を筆頭にJLと呼ばれる大混乱が発生した。
それはそうだろう。日本は最終製品の輸出元であると共に、工作機械や各種部品、化学原料、繊維など、世界の工場を支える輸出大国であったのだから。
しかし奇妙な事に、鎖国前に契約されていた物は、鎖国が行われてからも契約通りに納入されたのだ。
誰がどうやって運んできたのか全く分からず、結局全てはHIDEYOSHIの仕業とされた。
そして、それもあって、どうにかこうにか世界は対策を取れたのである。
残った契約期間中に何とかせよ!
その号令の下、各国特に先進工業諸国は奮起し、日本の各企業との契約が切れるまでには、何とか日本製品抜きでも主要な工場を動かせるまでには到ったのである。
しかし、製品の品質は比べるまでもなく、あらゆる工業製品の質は下がってしまったのだった。
日本の技術抜きでは不可能な製品も多かった。
日本企業との契約が切れてからは、いくつもの企業が廃業を余儀なくされ、操業を停止した工場が出た。
失業した労働者達の怨嗟の声が世界中に響き、それは当然突然鎖国した日本に向かう。
軍事的に圧力をかけ、日本を再び開国させろ!
性急な軍事行動を要求する声に押され、光の壁の分析すら出来ていないから無駄だと半ば諦めながらも、国連安保理は国連軍を日本へ派遣する事を決意する。
そして案の定、何も出来ないうちに作戦は終了し、以後日本の事はアンタッチャブルとして処理されてゆく。
そんな騒動から数年が経ち、世界もどうにか落ち着きを取り戻し、落ち着いてからは以前の状態まで取り戻し、世界は再び各地で紛争が多発するようになる。
アメリカ軍は、兵器に使う日本のハイテク部品のストックが枯渇するという恐怖に耐えながらも国内企業に開発を急がせ、精度の落ちた兵器ではあったものの、JL以前と同じく世界中で紛争処理に当たっていた。
少尉は愛車で勤務先である米軍基地に入った。
彼の任務は無人攻撃機プレデターの無線操縦である。
アメリカの基地にいながらにして、世界中の紛争地帯で活動を続けるプレデターを操縦しているのだ。
それは、テレビゲームと何も変わらない、退屈な任務と化していた。
画面の向こうの惨劇など想像の埒外である。
そんな事を考えていたら任務にならないからだ。
モニターから眺める爆撃行為の非現実性と、後日何処からともなく伝わる誤爆の被害や破壊された現場の実際の画像、爆撃という任務と帰宅後の日常との落差に、PTSDを発症する同僚も多かったが、アンダースン少尉の心は平静でる。
攻撃目標を、淡々と攻撃し、破壊すればそれでいいのだ。
一刻も早く帰って妻を抱きしめたい。
それだけを心の糧に、彼は任務を続けるのだった。
今日も監視活動を続け、指示のあった破壊目標を冷静に破壊するだけのはずだった。
それが、勤務についてから数時間が経った時の事である。
プレデターに搭載されたカメラが映し出す映像を見つめていた彼の両目が驚愕に染まり、口は大きく開かれ、体は硬直した様に固まった。
操縦者の心拍数、血圧など自動で計測している機器が彼の異常を一斉に知らせる。
パイロットの状態をモニターしている本部が警告音に騒ぎ経つ中、
「ル○ズたんは俺の嫁!!!」
アンダースン少尉の絶叫が本部に響き、彼が操縦するプレデターは地上に激突し、永遠に沈黙した。
事故後の調査で、PTSDを発症したと診断された少尉が最後に見た映像。
それは破壊目標の建築物の屋根に描かれた、とても大きな人らしき絵であった。
その後の調査で、その奇妙に目の大きい、カートゥーン風に描かれた人物の正体は、日本のアニメのキャラクター、「○の使い魔」ル○ーズ・フランソワーズその人であった。
それは奇しくも、アンダースン少尉が借りていたアパートのベッドの中に、まるで添い寝するかの様に置いてあった、等身大の抱き枕の表面に描かれた絵と一致する。
後にAOSとして全世界に混乱を巻き起こす事となる、珍妙な症状を米軍が認識する事になった第一例目である。