醜女
理恵には、これといって特技などがあったわけではなかった。勉強、運動共にそこそこの成績で、志望校には合格するであろうと言われている受験生である。趣味は歌うことだが、それは趣味の域を出ず、またこれからそれを職にしようということも無い。自分の将来は、きっと適当な人生なのだろうと検討がついていた。
昭子には、ひとつ大きな特技がある。それは歌うことで、その他勉強、運動はろくに出来ず、学校での成績は地に落ちている。受験できる高校も、山中の、ひっそりとした人気のない高校しか無い。だが、それを本人はどうとも思っていないようである。歌手になるという夢があったから。
理恵と昭子は同じ小学校からの同級生だ。そういう境遇の子は辺りを見渡せばうんざりするほどいるけれど、なぜだか彼女達は二人で居たがった。理恵には複数人ほかの女友達がいたが、昭子にはいない。開けっぴろげで大雑把で、男子とばかり仲が良いのだから、多くの女子から妬みも一手に引き受けるのは致し方ないことのように思えた。また、彼女はそれを気にも留めていなかった。
また理恵の家庭環境は良好で、両親が喧嘩などすることもなく、金銭的な苦労もない平和で穏やかな暮らしをしていた。子供は母親と父親が大好きなのが当たり前だと、彼女は思っていた。自らがそうであるから。
また昭子は、理恵とは正反対の劣悪な家庭環境にあった。家に帰れば呑んだくれた父親と母親の惨い姿が目に飛び込み、台所には腐臭が漂っている。酒と煙草の臭いも充満していた。それを全て片付けるのは彼女の役目だ。薬物でもやっているのか、幻覚を見ているのかは知らないが、実の娘の顔がわからぬ有様である。彼女は、父と母に愛されることが、決して当たり前ではないと知っていた。
二人はこれまで通りの仲の良さだった。一緒に勉強をして、遊んで、騒いで、中学生らしいといえばらしかった。けれどもその裏で、憎しみは微笑みをたたえている。
理恵は、何も気に留めない昭子のことを羨望していた。昭子になりたいとすら思った。一つでも特技があって、夢がある。そのことが羨ましく、妬ましく、そのような初めての感情を抱かせる昭子などいっそ、死んでしまえばいい。そこまで考えて、理恵は思考することをやめた。
昭子は、平々凡々な理恵のそこを好いていたし、また理恵と同じくして羨ましいと思っていた。家庭環境、人間関係の充実、それがあるだけでどれほど人生が整うか。自分には与えられない幸福を当たり前の顔で両受する理恵の幸せに満ちた顔が、苦しみで、憎しみで、そして自分に対する嫌悪で歪めばいい。昭子もまた、そこまで考えて思考することをやめた。
結局のところ、そんなもん。
※小説グループのお題で投稿しようと思ってたもの