「黄金の夜」④
「なかなか意外な展開になりましたわね」
メジハから程近い、湖畔沿いの湿気た洞窟。
そこに関わる主要な顔ぶれが集められた話し合いの場で、町から訪れた金髪の令嬢は事態の推移をそう評価してみせた。
「あの日、大勢の竜が運ばれたことはメジハの人間の全員が目撃しています。その後、精霊形をとった竜の方々が講堂で身を休めていることも承知していて、その全員が強い不安を感じていたはずです。正直、パニックが起こる可能性さえ危惧していました。それで竜の方々には極力、講堂から出ないようにしてもらっていたのですが――」
「パニックどころか、いつの間にか仲良くなっちゃってたってわけですかい?」
ボサボサの白髪をしたスケルが、目尻が下がり気味の瞳を大きく瞬かせた。胸元には妖精のシィが抱きかかえられている。
「はい。あの方々が寝泊まりされるようになってから、まだ十日と経ちません。しかしその間に、竜の方々と町の人間にあった壁はほとんど無くなってしまったようです」
「一体どうしてそんなことになってんだ……。竜の連中が、なんかそういう魔法でも使ったからか? 警戒心を失くすとか、そういうアレな感じのやつを」
マギが呻く。
ルクレティアはゆっくりと頭を振った。
「もしもあの方々がそのような魔法を用いていたとしても、我々にはそれを感知することさえ出来ないでしょうね。幻惑といえば妖精族の十八番ですが、そもそも竜の方々が操る魔法は我々のそれと次元が違いすぎます。しかし、今回はそうした可能性は低いと思われます。理由は、」
「山頂の黄金竜。彼女の存在があるからか」
「その通りですわ」
肩掛けを纏った美貌のマーメイドの言葉に頷いて、
「我々が気づかなくとも、ストロフライさんが気づかないはずがありません。あの竜の方々はストロフライさんの逆鱗に触れないようにこの近くに滞在するための穏便な手段として、メジハへの逗留を希望していたはずです。実際にイエロさんという方は、竜としての力を使いたくないとはっきりおっしゃっていました。ならば、ストロフライさんから不快と取られかねない行動をとるのは理屈に合いません」
「じゃあどういうことだ? 町の人間が怯えるとか、町から逃げ出そうとするならまだしも、仲良くなるなんてありえなくないか。魔法以外ならどういう理由だってんだ」
「簡単です」
ルクレティアはあっさりと言った。
「この世界に生きる者にとって、“竜”は畏怖の象徴です。他のどんな生き物よりも圧倒的に強大な超越種族。御伽話に語られる彼らはなにより恐ろしく、また気紛れに寛大でもあり――そうした二面性もあいまって、彼らはこの世界を創ったとされる精霊と同じく、この世界で突出した神性を以って語られています。ですが、実際に目の前に現れた彼らは、我々の持つそうした印象とはまるで異なりました」
肩をすくめる。
「彼らは毎朝、町の清掃活動を行います。町人への挨拶を欠かさず、もちろん乱暴狼藉など働くわけもなく。困った相手がいれば喜んで手伝いを申し入れ、それに対してなんの見返りも求めず、畑作業まで手伝ってくれています。率直に申し上げて、彼らはとても良い方々なのです」
「だからって、田舎町の人間があっさり心を開いたってのかよ」
「リリアーヌのとこにも。なにか困ってることはないか。暇だから手伝わせて欲しいって、竜の人がやってきたみたいです。すっごくいい人達だったって、感心してました」
おずおずと手を挙げたカーラが補足した。
「あの偏屈婆さんまで懐柔されたのか? 嘘だろ……」
「お人柄、ということでしょうね。この場合、人ではなく竜ですが。特に彼らの首領――という表現が正しいのかはわかりませんが、ストロフライさんのお父様はまさに豪放磊落。一見すると恐ろしげなことは否めませんが、実際に接してみてその人柄に心酔する者は多く、最近では連日、彼のお方を囲んだ酒宴が開かれている始末です。町の人間も皆、楽しそうに参加していますわ」
「マジかよ……」
信じられずに頭を振るマギへ、令嬢が続けた。
「同時に、メジハにおけるご主人様の評判がこれ以上ない程の勢いで低下しています」
「何故!?」
「それはもちろん、お酒を飲みながらストロフライさんのお父様が色々とお話になられるからでしょう。どうしてメジハにいるのか。自分が如何にこれまで娘を愛してきたか。その娘が、なんの取り得もないような平凡な男に引っ掛かってしまってどれほど心配しているか。子を持つ親でなくとも、同情したくなるのが道理というものです」
「なるほどっ」
ぽん、とスケルが手を打った。
「ストロフライの姉御本人にはなにを言っても聞き入れてもらえないですし、力勝負でも叶いっこないとわかって、目標を切り替えたわけですね。ご主人を相手に、しかも直接暴力を振るうんじゃなく、周囲に噂を流して評判を落としてく作戦っすか。やりますねぇ」
「竜の癖にやることがセコすぎるだろっ!」
「ご主人様のお人柄の賜物ということでしょう」
ルクレティアが冷ややかに告げた。
「片や、大勢から慕われる気風の良い大人物と、片や人付き合いを嫌って洞窟から碌に出てこようともしない小物な男。どうなるかは自明の理というものです」
「そりゃしょうがないっすねー」
「フォローしろよ!」
「いやあ、ご主人。こればっかりは事実ですし」
きっぱりと断言され、ぐう、とマギは押し黙る。
周囲を見渡すと、全員から気まずそうに視線を逸らされた。ただ一人視線を逸らさなかったのはスケルの膝に乗った寡黙な妖精で、無言のまま哀れむような眼差しをマギに向けていた。
「や、やめろ。そんな目で俺を見るなっ。見るんじゃない……っ」
透明な視線から逃れようと身悶えする。
令嬢が嘆息を漏らした。
「ともかく。このような事態になった以上、様子見を続けるのは得策とは言えません。竜の方々がいつまでも留まったところでメジハの人間からは文句は上がらないでしょう。今の様子では、むしろ歓迎すらしかねませんわ」
「アホか! そんなことになったらどんな面倒事になるかわかったもんじゃないぞ!」
ですから、とルクレティアは語尾を強めた。
「ご主人様になんとかしていただかなければなりません」
マギは唇を尖らせて、
「なんとかって言ったって。いったいどうしろってんだ」
「決まっています。ご主人様がお父様とお話になってください。元々、今回の件はご主人様とストロフライさん、そしてストロフライさんのお父様の三人の、極々私的なお話に端を発しているはず。であるならば、もっとも簡単な話の終わらせ方はそれです」
マギは眉根を寄せた。
「……俺が?」
「ええ」
「……あのストロフライの父親と? サシで話をつけろって?」
「はい。お酒の席でなら、そうした機会もあるはずです」
マギはその場面を想像してみた。すぐに結果は出た。
「嫌だ!」
「ご主人、そんな子どもみたいな……」
「嫌だ! 絶対に嫌だ! 殺される! っていうか殺された! お前ら、前に俺が連中の棲家に連れていかれた時のこと知らないだろ! すっごい怖かったんだからな! もうあんな怖い思いをするのは嫌だー!!」
拭い難い過去の記憶を思い出し、頭を抱えて泣き叫ぶ。
虫を見るような視線でその醜態を見下ろしていたルクレティアが、仕方なく息を吐いた。
「そうですか。それでは仕方ありません。……カーラ、スケルさん。今夜、よろしければ町にいらっしゃいませんか?」
「いいけど、どうしたの?」
きょとんと瞬きする相手に意味ありげな笑みを浮かべて、
「今夜も宴席が開かれますから。私も顔を出すよう言われているのですけれど、せっかくですからお二人もご一緒にいかがかしら」
「――ああ! それはいいっすねえ」
なにかを察した表情でスケルが頷いた。
「そう言えば、今日は妖精さん方も森で宴会があるとか言ってませんでしたっけ。確か、地下の蜥蜴人さん達もお呼ばれしてたとかだったと思いますよ」
「え、なんだよそれ。俺はそんなの初耳だぞ」
突然の話を訝しむマギを余所に、なるほど、と呟いた美貌の魚人族も続く。
「そういうことなら、実は今日、我々も水中で催しものがあるんだ。だからちょっと、洞窟を留守にすることになる」
「あら、それは奇遇ですこと。ということは、今夜は全員、この洞窟にはいなくなってしまうことになりますわね。――ご主人様以外は、ですが」
それを聞いて、ようやくマギは相手の意図を理解した。
「……ははあ。わかったぞ。そうやって俺を町まで担ぎ出そうって魂胆だな。アホか、そんなのでノコノコ釣られるわけがないだろ。行きたいなら勝手に行けよ。こちとら古強ぼっちだぞ。一人で留守番なんて慣れきってるっての。スライムがいれば何日だって我慢して見せるわ、ばーかばーか」
「さようですか。それでは、そのようにさせていただきましょう」
話は終わりとばかりにルクレティアが席を立った。
「えっと、マスター。待ってますね」
「あんまり無理はしない方がいっすよー」
気遣わしげなカーラと、からかうような表情のスケルが続く。エリアル、リーザと地下に住む種族達もぞろぞろと移動を開始する。
ふとした不安に駆られて、マギは口を開いた。
「……シィっ」
小柄な妖精が振り返る。
真剣な表情で告げた。
「――ドラ子を置いてってくれないか」
シィは静かな眼差しを投げかけたまま、そっと息を吐き。ぷいと背を向けて歩いていってしまう。その頭の上にのったマンドラゴラの小人が屈託のない表情で手を振ってきていた。
「あっ。待てよ。お前らほんとに行くのかよ。森で宴会なんてないんだろ、知ってるぞ! ていうか宴会ならここでやればいいじゃん! そっちの方が楽しいぞ、可愛いスライム達もたくさんいるし――わかった! わかったから! 俺も行く! 俺も行くからお願いちょっと待って! お願いします一人にしないで!」